第24話:地下迷宮の泥ゴーレム
神殿の地下へと続く長い石階段を降りると、そこは水路と淡く発光する古代のクリスタルが複雑に入り組んだ、巨大な迷宮だった。
地上で降り続く激しい雨音はここまで届かず、不気味なほどの静寂の中、どこかで水滴が反響する音だけが微かに聞こえてくる。
「セレン、ここから先が過去の調査員が撤退した『進捗15%』のラインよ」
右耳のイヤーカフから、クロエの冷静な声が響く。
「この『月涙の廃都』は開拓されてまだ歴史が浅く、あの入り口に転送ビーコンが設置されたのも数年前のこと。過去の報告書によれば、この先は魔力炉の暴走による強い磁場異常で、方位磁針や簡易な探知魔法が狂うらしいわ。壁の魔力回路の脈動パターンから最短ルートを割り出すわね」
「了解。ポイントごとのマッピングと、地質サンプルの採取を並行するよ」
私は淡々とした声で、いかにも『プロの調査員』っぽい専門用語を並べてみせた。
背後を警戒しながらついてくるカリナが「おお……」と感心したような息を漏らす。
(ふふん、かっこいいでしょ! ……でもクロエ、これ以上難しい専門用語は出さないでね。ボロが出ちゃうから!)
内心では恐る恐る冷や汗をかきながら、私はクールな『氷の処刑人』の表情を崩さずに、ひんやりとした地下迷宮の奥へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
迷宮の壁面には、時折淡く光る古代の遺物が埋もれている。
「あ、これ調べよっと」
私は立ち止まり、鞄を下ろしてシーカーズの本格的な調査道具一式を取り出した。
トロウェル(小型コテ)、大小のブラシ、ピンセット、メジャー、そして標本袋と専用ケースだ。
これらはすべて、結界の外で「1ミリ浮いた状態」になる私でもピッタリと操作できるように、クロエが波長を調整して改造してくれた特注品である。
私の微細な魔力の動きに反応し、指先が触れていなくても、まるで自分の手足のように動かせる魔法のツールだ。
私は壁に埋もれた石板の欠片に向かい、トロウェルで周りの硬い泥を慎重に削り落としていく。
カシャッ、ササッ。
遺物を傷つけないように、大小のブラシを使い分けて細かい溝に詰まった埃や砂を綺麗に掃き出す。
次にメジャーを当てて正確なサイズを測り、ピンセットで小さな破片をつまみ上げ、傷がつかないよう専用ケースと標本袋に丁寧に収めた。
「……なぁ」
カリナは大剣を肩に担ぎながら、私のその作業を頭をポリポリと掻いて眺めていた。
たまらずといった様子で、彼女が口を開く。
「あんた、あんなデカい魔獣の攻撃にも一切動じないし、絶対に攻撃が届かない無敵のスキルを持ってるのに……なんであんな地味で細かい調査員なんてやってるのよ」
彼女の顔には、隠しきれない「戸惑い」が浮かんでいる。
無理もない。外の世界の人間からすれば、強い力を持つ者は軍や騎士団、あるいは星狩りなどに所属し、戦場で名を馳せるのが普通だからだ。
「……私の目的は、力を誇示することじゃない」
私は作業の手を止めず、感情を交えない平坦な声で答えた。
「世界の理を解き明かす。ただそれだけのために、ここにいる」
本心ではあるが、理由はそれだけじゃない。「クロエと一緒に普通の女の子の生活をするため」だし、この地味な作業も「クロエの研究の役に立つから」なのだが、口に出すとどうしても重々しく、かっこよくなってしまう。
「……そう。変わってるのね、あんた」
カリナは呆れたように息を吐いたが、その声色には先ほどまでの恐怖とは違う、微かな敬意のようなものが混じっていた。
◇ ◇ ◇
繊細な発掘作業を終え、さらに迷宮の奥深くへと進んでいく。
入り組んだ水路を越え、開けた石室のような場所に辿り着いた。
「クロエ、大きな壁画を見つけたよ」
壁一面に、神話の時代に描かれたと思われる巨大な絵が残されていた。
そこには、空から降る星の雨と、それを大きな傘のようなもので防ぐ人々の姿。
古代の人々が、星の厄災から逃れるために巨大な結界を作ろうとした悲願の記録。
王都の『星時計の魔法陣』の成り立ちにとてもよく似ている。
「これも記録しておくね。カシャッ、と」
私が計測器で壁画のデータをスキャンしていると、背後でカリナが急に大剣を構え、鋭い声を上げた。
「……セレン、何か来るわ!」
カリナの警告と同時。
石室の奥に続く暗闇から、ズズズッ……と重い水音が響いてきた。
現れたのは、泥と水が混ざり合った巨大な人型の魔物の群れだった。
この地下迷宮の淀んだ魔力から生まれ、遺跡を守る自動防衛システムの一部なのだろう。
ぶよぶよとした巨体が、通路を塞ぐように這い出てくる。
「チィッ、やっぱりすんなりとは行かせてくれないわね!」
カリナが大剣に『変星の纏刃』で雷を付与しようとする。
神殿の地下であるここでは、外の雨の影響を受けないため、彼女の魔法剣も霧散することはない。
「ハァッ!!」
バチバチと青白い雷光を纏った大剣が、泥の魔物の一体を豪快に薙ぎ払う。
水分を含んだ泥に電撃は有効だったが、泥の魔物たちは物理的な打撃や雷撃を受けても、すぐにドロドロと融合して再生してしまう。
「くそっ、切りがないわ!」
カリナが舌打ちをした時、複数の泥の魔物が彼女の死角に回り込み、巨大な腕を振り下ろそうとした。
「危ないよ」
私はカリナの背後へスッと入り、迫り来る泥の腕にバリアを向けた。
「バリアの表面、ツルツルにして斜めにセット」
ドボォォォンッ!
泥の巨大な腕は私に触れる1ミリ手前で空振りし、勢い余って魔物同士で激突。
さらに私が反発力のベクトルを一点に誘導したことで、複数の魔物たちがそのままぐちゃぐちゃに混ざり合って、巨大な一つの泥の山として崩れ落ちた。
「今よ!」
「えっ! あ! そういうこと!」
私の声を合図に、カリナは雷光をまとった大剣を、一つにまとまった泥の山へと深く突き刺す。
「消し飛びなさいッ!!」
最大出力で放たれた電撃が、混ざり合った泥の山の内部へと一気に広がる。
逃げ場を失った高圧電流が泥の水分を沸騰させ、凄まじい内部破壊(水蒸気爆発)を引き起こした。
ボガァァァァァンッ!!
「よし、なんとか」
飛び散った泥の欠片は、カリナの魔力によって完全に炭化し、二度と再生することはなかった。
「……調査員って、ただ守られてるだけじゃないのね。息ピッタリじゃない」
カリナが大剣を肩に担ぎ直し、驚きと感賛の入り混じった笑みを浮かべる。
「……ふぅ。お仕事の邪魔はしないでほしいな」
私は平坦な声で呟きつつも、内心では(カリナさん、私の意図にすぐ気づいてくれるなんてすごい! 連携大成功!)と大喜びしていた。
広大な地下遺跡の探索は、まだ始まったばかりだ。
この厄介な魔物たちをどうやって「お掃除」しながら、最深部にあるという暴走した魔力炉のコアへ辿り着くのか。




