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第23話:雷の剣とコーンポタージュ

 月涙の廃都の奥深く。

 半分水没して崩れかけた巨大な神殿の跡地に辿り着いた私たちは、雨風を凌げる太い柱の陰に入った。


「まずはここでしばらく休もう」


 私が淡々とした声で提案すると、背後にピタリと張り付いていたカリナが、大きく安堵の息を吐き出して大剣を杖に崩れ落ちた。


「はぁっ……はぁっ……! 助かったわ……」


 彼女はガタガタと震えながら、雨に濡れた赤い髪をかき上げる。

 私のバリアの「1ミリ外側」で雨宿りしながら歩いてきたとはいえ、それまでに奪われた魔力と体温は深刻なようだ。


『グルルルルッ……!』


 しかし、休息をとる間もなく、神殿の暗がりから低い唸り声が響いた。

 姿を現したのは、透き通った水晶のような身体を持つ、三頭の巨大な猟犬クリスタル・ハウンドだった。


「チィッ……! まだ出るのね!」


 カリナが弾かれたように立ち上がり、大剣を構える。


(あーあ、早く座ってお弁当食べたいのに。)


 私が内心でそんなことを思いながら、一歩前に出ようとした、その時。


「待って。……ここは私がやるわ」


 カリナが私を制止するように前に出た。


「あんたの『傘』のおかげで、奪われていた魔力は少し回復した。ただ守られてるだけの足手まといじゃないってところを、見せてやるわ!」


 彼女は気の強い瞳で猟犬たちを睨みつけ、自身の固有スキルを発動させた。


「『変星の纏刃(ヴァリアブル・エッジ)』!!」


 カリナの叫びと共に、彼女が構えた大剣にバチバチと青白い雷光が纏い始める。


 それは、一度対象に定めた武器が物理的に破壊されるまで、その武器にのみ火や雷といった『自然の理』を加護付与できる魔法剣士のスキルだ。


「ハァッ!!」


 カリナが踏み込み、雷を纏った大剣を振り下ろす。

 しかし、猟犬に当たる直前。


 ジュゥゥゥッ……!


「なっ!?」


 横から吹き込んだ『魔力を奪う重い月の雨』の飛沫によって、剣に付与されていた雷の魔法が、一瞬にして霧散してしまった。


 ただの重い鉄の塊となった大剣。

 だが、カリナは咄嗟に歯を食いしばり、純粋な腕力と剣術だけでそのまま刃を叩き込んだ。


 ガキィィンッ!!


 凄まじい衝撃音が響き、水晶の装甲を無理やり断ち割って、一頭の猟犬を両断する。


「どう!? これが私の――きゃあっ!?」


 だが、重すぎる大剣を強引に振り抜いた直後の彼女には、回避する隙がなかった。

 仕留めたと油断した死角から、残りの二頭が同時に飛びかかってくる。


(危ない!!!)


 私は咄嗟に、カリナの真横へとスッと足を踏み出した。


「邪魔よ」


 氷のように冷たい声と共に、私は降ってくる猟犬たちに向けて、見えないバリアの反発力を『斜め』に展開した。


「そのままツルッと横滑りね」


 ガガァァァンッ!!


 カリナに直撃する1ミリ手前で、二頭の猟犬の軌道が不自然にへし折られた。

 空中で摩擦を完全に失い、横に滑らされた魔物たちは、そのまま猛スピードで神殿の分厚い石壁に激突ドーンし、自らの突進の勢いで自滅して砕け散った。


「……えっ?」


 カリナは目を丸くして、壁の染みになった魔物たちと、私を交互に見つめた。


「終わったなら、休むよ」


 私は感情を一切顔に出さず、手頃な瓦礫の上に腰を下ろした。

 本当は「魔法が消えても一頭倒すなんてすごいね!怪我なくてよかった!」と言ってあげたいけれど、初対面の人にどう接していいか分からず、どうしても無愛想になってしまう。


「……あ、ありがとう」


 カリナは気圧されたように礼を言うと、少し離れた場所にへたり込んだ。


 ◇ ◇ ◇


「よしっ、お待ちかねのランチタイム!」


 私はリュックから、クロエが用意してくれた保温容器と包みを取り出した。


「な、何してるの……?」


 カリナが怪訝な顔でこちらを見る。

 無理もない。外の世界の過酷な死地のど真ん中で、ピクニックの準備を始める人間などいないからだ。


 私は透明な『同調シート』を膝に敷き、ふかふかのタマゴサンドと、熱々のコーンポタージュを取り出した。


「……食べる?」


 私はサンドイッチを半分と、予備のカップに注いだスープを、カリナの方へとスッと差し出した。

 もちろん、私の手は容器から1ミリ浮いているけれど。


「え……私に? いいの?」


「お腹が空いていたら、動けない」


 私が淡々と答えると、カリナは恐る恐るサンドイッチとスープを受け取った。


「っ……温かい……!」


 スープを口に含んだ瞬間、カリナの目からポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 極限まで冷え切った身体に、クロエの作った優しいコーンポタージュの熱が染み渡っていくのだろう。


「美味しい……こんな美味しいスープ、初めて……」


 カリナは泣きながら、夢中でサンドイッチとスープを平らげていく。


 それを見ながら、私はクロエ特製の『同調スプーン』を使って、自分の分のスープをすくった。

 パクリ。バリアをすり抜けて、温かいスープが直接舌の上に広がる。


「……うん、美味しい」


 私が小さく呟き、少し微笑むとカリナは不思議そうな顔をした。


「……あんた、そんなバケモノみたいな力を持ってるのに。ご飯を食べる時は、年相応の普通の女の子みたいな顔をするのね」


「……」


 私は答えず、ただ黙々とサンドイッチを頬張った。

 本当は、ただの普通の女の子に戻りたいから、このフィールドワークをしているのだけれど。


 その時だった。


『セレン! 休憩中にごめんなさい、緊急事態よ!』


 右耳のイヤーカフから、クロエの切羽詰まった声が響いた。

 私はピクッと反応し、サンドイッチを食べる手を止める。


「どうしたの?」


『カリナの探していた古代財宝の正体。恐らくだけどこの神殿の地下にある、暴走した「気象制御の魔力炉のコア」よ。()()()()()()()()()()()()()()()


 クロエの言葉に、私は思わず目を見開いた。


『依頼主の()()()()は、最初からカリナを捨て駒にする気だったのよ。そんなものを素人が触れば大爆発を起こす。運良くコアを回収できれば儲けもの、爆発しても証拠隠滅になるっていう計算ね。そもそもそんなものを回収できるなんて考えていること自体が恐れ知らずの話ね』


「なるほどね」


 私は残りのサンドイッチをパクリと一口で食べ終えると、ゆっくりと立ち上がった。

 広大な地下遺跡の探索。どうやら、今日のお仕事は長引きそうだ。


 私はカリナを見下ろし、冷徹な声で言い放った。


「あんたはここでお留守番。足手まといは要らない」


 本当は「地下はもっと危ないから、安全なここで休んでてね」という意味なのだけれど。

 いつもなら、私の氷のような威圧感に怯えて引き下がるはずだ。


 けれど、カリナは大剣を杖にして、フラフラと、しかし力強く立ち上がった。


「待って。……私も行くわ」


「……」


「神殿の内部なら、あの厄介な雨の影響は受けない。私の魔法も霧散することはないわ。それに……」


 カリナは少しだけ視線を逸らし、照れ隠しのように言葉を続けた。


「こんなに美味しいスープをもらったんだもの。そのお礼もしたい。絶対に足手まといにはならないって約束するわ」


 強い意志を宿した瞳。

 私は少しだけ驚き、そして内心で思い切りガッツポーズをした。


(やったー! こんな薄暗くて広い地下遺跡、一人で歩くのちょっと心細かったんだよね。カリナさん、絶対すっごくいい人だ!)


 内心では大喜びしながらも、私は顔の筋肉を一切動かさず、くるりと背を向けた。


「……好きにすれば。けど死んでも自己責任ね」


「ええ、望むところよ」


 カリナが力強く頷く気配がした。


『……相変わらず、致命的に不器用ね、セレン』


 イヤーカフ越しにクロエの呆れたようなため息を聞きながら。

 私は頼もしい(?)傭兵のお姉さんを引き連れて、果てしなく深い神殿の地下階段へと歩みを進めた。

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