第22話:水上スライダー
ドドギュルルルルッ!!
私が女性傭兵の前に飛び出したのとほぼ同時。
魔獣の口から、鋼鉄の防壁すらぶち抜くような超高圧のウォーターカッターが放たれた。
一直線に私たちを狙う、必殺の激流。
私は迫り来る水流の圧力に対し、迷うことなくバリアの反発力を『斜め上』へと向けた。
ツルツルに摩擦をなくした見えない壁の斜面を作る。
「はい、そのまま水上スライダー」
ドバババババッ!!
私と傭兵を両断するはずだったウォーターカッターは、私の1ミリ手前で綺麗なカーブを描いて上空へ跳ね上がった。
そして、そのまま見事なループを描き、滝のような勢いで魔獣自身の頭上へと降り注いだ。
『ギシャァァァァァッ!?』
自分自身が全力で放った規格外の水圧を脳天からモロに浴び、魔獣の頭蓋がメキリと嫌な音を立てて砕ける。
巨大な水しぶきを上げて水没した魔獣は、そのまま二度と浮かび上がってくることはなかった。
「……」
私は表情を変えず、ただ静かに足元の水溜まりを見下ろした。
無事に倒せてホッとしたけれど、初対面の人の前で気を抜いた姿は見せられない。
私は知らない人の前では、いつもこうして感情にフタをしてしまう癖があるのだ。
「あ……え……?」
背後で、泥水に塗れた女性傭兵が呆然と声を漏らしていた。
私がゆっくりと振り返ると、彼女は私の無傷な姿と、一滴も雨に濡れていない異常性に気づき、息を呑んだ。
「……怪我はない?」
私が極力感情を排した平坦な声で尋ねると、彼女はビクッと肩を震わせた。
「な、ない……。助けてくれて、感謝するわ。私はフリーの傭兵で、カリナ・ストラテスっていうの」
カリナと名乗った彼女は、大剣を杖代わりにしてフラフラと立ち上がった。
警戒と困惑の入り混じった目で私を見ながら、彼女はここに来た理由を話し始めた。
「私は、結界外の領地を治めるある貴族から依頼を受けてここに来たの。『月涙の廃都』に眠る古代財宝を回収してこい、ってね」
「古代財宝……」
私が呟くと、カリナは悔しそうに顔を歪めた。
「ええ。でも、廃都の環境や魔物についてのまともな情報なんて一切渡されなかった。いざ来てみれば、この『魔力を吸い取る重い雨』のせいで身体強化もロクに維持できない。本来の戦い方なんて、できやしないわよ」
それを聞いて、私の右耳のイヤーカフからクロエの怪訝そうな声が響いた。
『……セレン、おかしいわ』
クロエの通信は、私にしか聞こえない。
『シーカーズの過去の文献にも、この廃都に古代財宝が眠っているなんて記録は一切ないわ。それに、もし本当に貴重な財宝が目的なら、こんな死地に、まともな情報も与えずに傭兵をたった一人で派遣するはずがない』
(……つまり、どういうこと?)
『……最初から、生きて帰す気がないのよ。体よく、死地への捨て駒として処理されたってことね』
クロエの冷酷な、しかし的確な分析を聞いて、私は胸の奥で静かな怒りが湧き上がるのを感じた。
(ひどい……。そんな自分勝手な理由で、この人をこんな土砂降りの廃都に放り込んだの?)
いくら私がマイペースでも、他人の命を道具のように扱う理不尽を許せるほど薄情じゃない。
私はカリナを真っ直ぐに見据えた。
その瞳は、怒りによっていつも以上に鋭く、氷のように冷たく澄み切っていた。
「……あんた、何者なの?」
私の冷徹な眼差しに射抜かれ、カリナが後ずさりする。
「私は『境界探査局』の調査員。セレン・アークライト」
私が名乗ると、カリナはハッとして目を見開いた。
銀髪のボブカット。あらゆる攻撃を弾く無敵の防壁。そして、シーカーズの調査員。
「まさか……あんたが、噂に聞く『氷の処刑人』……!?」
カリナの顔が恐怖に引きつる。
結界外の無法地帯で、血も涙もない感情を持たないバケモノだと恐れられている存在。
「ここから先の調査は、私が引き継ぐ。きっと財宝なんてガラクタは存在しないよ」
私は淡々とした声で言い放った。
カリナに、これ以上無意味で危険な依頼を続けさせないためだ。
「なっ……! 冗談じゃないわ! 依頼を放り出したら、私は違約金で追放されるのよ!」
カリナが食ってかかるが、彼女の足元はおぼつかず、今にも倒れそうだった。
(このまま一人で帰らせたら、途中で雨に体力を奪われて死んじゃうな……)
そう判断した私は、冷たい表情を崩さずに、カリナに背を向けた。
「……目的の方向は同じ。勝手に死なれると寝覚めが悪い。ついてきなさい」
それは「一人だと危ないから、一緒に行こう」という私なりの最大限の優しさだったのだけれど。
「ひっ……!」
感情の読めない冷酷な声色と、逆らえば殺されるかもしれないという威圧感に、カリナは小さく悲鳴を上げた。
またやってしまった。
初対面の人にはどうも冷たく当たってしまう。本当はそんなつもりはないのだけれど、スキルのせいか、心にも壁があるのだろう。
結界内で会うことがあれば、ガラリと印象が変わってくれるのだろうな。
「わ、わかったわよ……。ついていけばいいんでしょ……!」
プライドも恐怖も、生存本能には勝てなかったのだろう。
カリナはフラフラとした足取りで、私の背中を追いかけてきた。
そして彼女は、私を覆う見えない壁の「1ミリ外側」――雨が弾き飛ばされて雨脚が弱まっている、影のような安全地帯にピタリと張り付いて歩き始めた。
(よし。これなら、カリナさんも雨に濡れずに体力を回復できるね)
私は内心でホッと胸を撫で下ろした。
後ろをトコトコとついてくる足音が、なんだか迷子のカルガモみたいでちょっと可愛らしい。
「前方の広場を抜けたら、昔の神殿の跡地がある。そこで休む」
(早く雨風が凌げそうな場所を見つけて、サンドイッチ食べよっと。カリナさんにも、少し分けてあげようかな)
頭の中はお弁当のことでいっぱいになりながら、私は怯える傭兵を引き連れて、月涙の廃都の奥深くへと歩みを進めた。




