第20話:ロマンとお茶
暴走したからくり人形が私の偶然のダイブによって機能停止し、シーカーズ本部の廊下は嵐が去った後のような静寂に包まれていた。
「ああ……私の最高傑作が……。やっぱりゼンマイの巻きすぎでトルクが限界を越えちゃったのね……」
散乱した書類の真ん中で、カペラ局長がへたり込み、ひん曲がった人形のバネを握りしめて涙ぐんでいる。
だが、その隣で、全く違う感情を爆発させている人物がいた。
「局長!」
私の相棒であるクロエが、目をキラキラと輝かせながらからくり人形の内部構造を覗き込んでいた。
「この歯車の連動と、関節部への動力伝達……素晴らしい設計です! でも、ここのカム機構を少しイジって魔力伝導率の低い特殊合金に替えれば、もっと効率化できます! 局長、どうか私にこの子を直させて……いえ、開発させてください!」
エンジニアとしてのオタク気質(血)が完全に騒いでしまっているらしい。
カペラ局長は一瞬キョトンとした後、同じ技術者としてパァッと顔を輝かせた。
「ええ、もちろんよ! さあクロエ君、一緒に地下の開発区へ行きましょう!」
「はいっ!」
意気投合した二人は、壊れたからくり人形を台車に乗せ、猛ダッシュで廊下の奥へと消えていってしまった。
「あーあ、行っちゃった」
一人残された私は、足元に散らばったままの書類の山を見下ろした。
オスヴァルドたちも自分の持ち場へ戻ってしまったので、これをお片付けするのは私しかいない。
「……ま、いっか。じゃあ、私は書類の整理と、次のお仕事の予習でもしてようかな」
◇ ◇ ◇
私は書類の束を抱え、本部内にある静かな『資料室』へとやってきた。
古い羊皮紙とインクの匂いが漂う、薄暗くて落ち着く空間。
私は集めた書類を種類ごとに分類し、ついでに歴史や考古学の分厚い文献をいくつか書架から抜き出した。
「よっと……うわっ、重たい」
両手に山ほどの本を抱えて机に向かおうとした瞬間。
重力に負けて足元がふらつき、私はお約束のようにバランスを崩した。
「おっとっと……あわわっ!」
ドサドサドサッ!!
ドドテェッ!
結界の中での私は、本当にただの運動神経が悪いドジっ子だ。
本を盛大にぶちまけ、私自身もお尻から床に転がってしまった。
「い、痛ぁい……」
私は涙目で腰をさすりながら、散らばった本を拾い集める。
机に本を並べ、静かな資料室で一人、お勉強タイムに入ることにした。
◇ ◇ ◇
ページをめくる音が、静かな部屋に心地よく響く。
私が開いたのは、この『星導国家アストライア』と、外の世界の成り立ちについて記された古代の歴史書だ。
(どうして、外の世界はあんなに過酷で、魔物がたくさんいるのかな)
ずいぶん前に学んだはずだが、改めて問い直すと忘れていることが多いもの。
その答えは、神話の時代にまで遡るらしい。
文献によると、この世界でははるか昔から、宇宙から『星の欠片』と呼ばれるものが降り注ぎ続けているそうだ。
それはキラキラした流れ星なんかじゃなく、大地を汚染し、魔物を生み出す「過剰で凶悪な魔力や厄災」の塊。
王都の上空を覆っている巨大な『星時計の魔法陣』は、その宇宙から降ってくる星の厄災から人々を守るために、古代の人々が作り上げた「超巨大な傘」なのだという。
「なるほどぉ……」
私は難しい理系用語や古代語を、自分なりに分かりやすく頭の中で変換していく。
「お空から降ってくるピリピリした悪い星を、王都の大きな傘で防いでるんだ。で、防ぎきれずに外に落ちて溜まっちゃった星のゴミを、あの『星食みの塔』みたいな遺跡が、大きな空気清浄機みたいにお掃除してくれてるってことかぁ」
点と点が繋がり、私の頭の中で壮大な世界の仕組みが、なんだかとてもシンプルで優しいものに思えてきた。
◇ ◇ ◇
いつもなら、活字を読むとすぐに眠くなってしまう私だけれど、今日は違った。
ページをめくる手が止まらない。
自分が生きているこの世界がどうやって成り立っているのか、かつての古代人たちがどんな想いでこの「傘」を作ったのかを知るのが、純粋に面白いと感じていた。
思えば、私は昔からこういうお話が大好きだった。
15歳の時に『孤星の絶対距離』という呪いのようなスキルが発現し、誰にも触れられなくなる前。
私は図書室でこういう本や冒険譚を読んで、まだ見ぬ結界の外の世界に強く憧れる、ただの女の子だった。
スキルをもらった直後は、「もう一生、結界の中でしか生きられないんだ」と絶望したけれど。
クロエのおかげで外に出られるようになり、シーカーズに入った今、毎日がワクワクすることばかりだ。
怖い魔物もいるけれど、それ以上に、世界は見たこともないような神秘とロマンに満ちている。
(勉強は苦手だけど、嫌いじゃないな)
私は本から顔を上げ、窓の外の青空を見つめた。
クロエは私が外の世界でも温かいご飯を食べられるように、寝る間も惜しんで研究を続け、一流の技師を目指している。
(だったら、私も頑張らなきゃ)
クロエが一流の技師を目指すなら、私はまず、一流の学者になる。
遺跡の仕組みを解き明かし、世界中のデータを集めて、クロエの研究を全力で手伝うんだ。
そしていつか、このスキルの理を完全に解き明かすことができたら。
その時は、クロエと素手でしっかりと手を繋いで、二人で一緒に、あの広くて面白い外の世界をのんびり探検するのだ。
そんなささやかで、でも絶対に叶えたい夢を抱きながら、私はふわりと微笑んだ。
「お待たせ、セレン!」
バンッ、と勢いよく資料室の扉が開き、少し煤で顔を汚したクロエが笑顔で立っていた。
「終わったわよ! 私と局長の完璧なチューンナップを見なさい!」
彼女の後ろには、先ほど暴走していたからくり人形が控えていた。
しかし、その動きは洗練され、無駄な音が一切なくなっている。
それどころか、人形の腕はお盆を器用に持ち、そこには湯気を立てる二つのティーカップが乗っていた。
「お掃除のついでに、お茶まで淹れてくれる仕様にしたわ!」
「わぁ……! クロエ、本当にすごい!」
私は目を輝かせ、からくり人形が差し出してくれたカップを受け取った。
結界の中だから、バリアに弾かれることなく、温かい紅茶の香りが直接鼻先をくすぐる。
一口飲むと、ホッとするような優しい甘さが口いっぱいに広がった。
「ふふっ、お勉強は捗った?」
隣の席に座ったクロエが、私の広げたままの文献を見て微笑む。
「うん。外の世界って怖いことも多いけど、すっごく面白いね。私、もっともっと色んなことを知りたいな」
私が素直な気持ちを伝えると、クロエは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「そうね。だから私たちが、この手で調べるのよ」
コツン、と。
クロエのティーカップと私のティーカップが、軽い音を立ててぶつかり合う。
宇宙から降る星の謎と、二人で思い描くささやかな未来の夢。
静かな資料室には、知的好奇心と、温かい紅茶の香りがいつまでも漂っていた。




