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第19話:暴走からくり人形と奇跡のダイブ

 昨日の過酷なフィールドワーク――強力なスキルを持つ星狩りの戦士との遭遇と、クロエとの通信が途絶えそうになった背筋が凍るような出来事――を無事に切り抜けた翌朝。


 王都の空は、今日も『星時計の魔法陣』に透かされた柔らかな陽光に包まれていた。


 私は相棒のクロエと共に、第一学術区にある『境界探査局シーカーズ』の本部へと向かっていた。


「昨日は本当にヒヤヒヤしたわ。あのままスキルの範囲に巻き込まれていたら、イヤーカフの波長が狂って、セレンとの通信が切断されていたかもしれないんだから」


 レトロな『魔導トラム』の座席で、クロエがため息をつきながら言う。


「うん……ごめんね、クロエ。でも、あの後すぐ逃げたし、お家に帰ってからのクロエのご飯もすっごく美味しかったから、結果オーライだよ!」


 私がのんびりと笑いかけると、クロエは「あなたって本当に能天気ね……」と呆れたように肩をすくめた。

 でも、その顔はどこかホッとしているようだった。


 シーカーズ本部のエントランスに到着し、私たちは受付カウンターで昨日の地質データのレポートを提出した。


「はい、これで昨日の調査報告はおしまい! 今日はのんびり資料整理でもしようかな」


 私が大きく伸びをした、その時だった。


「ふふふ……! ついに、ついに完成したわ! これで我が探査局の煩わしい書類仕事も、未整理遺物の分別も、完全自動化よ!」


 廊下の奥から、高笑いと共にカペラ局長が現れた。

 彼女の後ろには、真鍮色のピカピカした装甲に、たくさんの歯車が剥き出しになった奇妙な機械が鎮座している。


「局長、それは……?」


「よくぞ聞いてくれたわね、セレン君! これは結界内でも完璧に動く、完全ゼンマイ式の『自動お掃除&整理人形オートマタ』よ!」


 カペラ局長がバンバンと胸を叩いて自慢する。


 この絶対安全領域『星の静寂アストラル・サイレンス』の中では、いかなる魔法もチートスキルも発動しない。

 外部から持ち込んだ魔導具でさえ、出力を制限されることがある。


 だからこそ、局長は純粋な物理ギミックの塊である「からくり」に着目したらしい。


「ネジを巻くだけで、散らかった書類を分別して棚にしまい、床の埃まで掃除してくれるの! さあ、私の華麗なアナログ科学の結晶を見なさい!」


 局長が人形の背中にある巨大なネジをギリギリと力いっぱい巻き、起動ボタンを押した。


 ◇ ◇ ◇


 ガション、ガション、ジジジ……。


 からくり人形はぎこちないながらも確かな足取りで歩き出し、床に落ちていた丸まった紙屑を拾い上げてゴミ箱へと捨てた。


「おおー! すごい!」


 私がパチパチと拍手をした、次の瞬間。


 バチィンッ!!


 人形の内部から、太い金属のバネが弾けるような嫌な音が鳴り響いた。


「あ……れ? ちょっと、どうしてこんなに早く限界値が……」


 カペラ局長が顔を引きつらせた途端、からくり人形の動きが狂い始めた。

 調整不足のネジがポロポロと吹き飛び、人形は凄まじいスピードで本部内の廊下を暴走し始めたのだ。


 ギュィィィンッ!!


「わあっ!?」


 猛スピードで走り回る人形は、大事な調査資料が積まれたワゴンに激突し、紙の束を吹雪のようにまき散らす。


「ちょっと、待て! その書類はまだ未提出のやつだぞ!」

「キャー! 私のケーキが! 踏まないでー!」


 平和だったシーカーズの本部が、突如として物理的な大パニックに陥った。

 研究員や事務員たちが、頭を抱えて逃げ回る。


「おいおい、朝からなんだあのガラクタ騒ぎは!」


 廊下の奥から、騒ぎを聞きつけた大柄なオスヴァルドと、優雅な足取りのフェリクさんが駆けつけてきた。


「お二人とも、ちょうどいいところに! あいつを捕まえてちょうだい!」


 カペラ局長がすがるように叫ぶ。


「チッ、仕方ねえな! 俺の力で一瞬で……って、そうだった!」


 オスヴァルドが力強く踏み出そうとして、ハッと顔をしかめる。


 ここは結界の中。彼が誇る強力な炎系のスキル『紅星の爆炎』も、超人的な身体強化も、一切使うことはできない。


 外の世界では「泣く子も黙る殲滅部隊」として恐れられるエリートフィールドワーカーも、ここではただの「ちょっとガタイが良くて運動神経の良い人」に過ぎないのだ。


「そぉらっ!」


 オスヴァルドがからくり人形にプロレスラーのように飛びかかろうとする。

 しかし、スキルによる補正がない大柄な肉体は、暴走するからくりの素早い切り返しについていけない。


「うおっ!?」


 さらに不運なことに、床に散らばった大量の書類を見事に踏んづけてしまい、ツルッと足を滑らせる。

 ドテェッ!!


「ぐはっ……!」


 オスヴァルドは派手な音を立てて背中から転倒し、宙を舞った書類の雪崩に埋もれてしまった。


「焦っては駄目です。ここは物理的な挙動しか存在しない空間。動きの方向を予測して、先回りすれば……」


 フェリクさんが冷静に微笑みながら、人形の進路上に優雅に立ち塞がる。

 両手を広げ、完璧なタイミングで捕獲しようとした。


 しかし。


 ガガガッ! ピョーン!


「えっ」


 ゼンマイの狂ったからくり人形は、フェリクさんの予測を遥かに超える不規則なバウンドを見せ、彼の股下を綺麗にすり抜けた。


「あっ……」


 バランスを崩した彼は、そのまま未整理の遺物と本が積まれた山へと、頭から突っ込んでしまった。


「フェリク……お兄様」


 いつの間にか現れていたアリアちゃんが、本に埋もれた兄を見て無表情のまま呟いた。


 外の世界では絶望的な死地を駆け抜ける彼らが、ただのゼンマイ仕掛けの人形相手に、ゼェゼェと息を切らして大苦戦している。

 結界の中だからこそ見られる、なんともシュールで滑稽な光景だった。


 ◇ ◇ ◇


「わわっ、オスヴァルド、フェリクさん! 大丈夫!?」


 二人の惨状を見て、私は慌てて駆け寄ろうとした。

 バリアのない結界内では、私もただの運動神経の悪い、ぽんこつな女の子だ。


 急いで足を踏み出した瞬間、足元に散らばっていた分厚い歴史辞典に全く気づかず、思い切りつま先を引っ掛けてしまう。


「あわわっ!?」


 バランスを崩し、私の体が大きく宙に投げ出される。

 結界の外なら「到達拒否」が働いて地面にぶつかる前にフワッと反発してくれるけれど、ここは結界内だ。


「い、痛ぁい……」


 私は顔面から床にダイブし、情けない声を上げた。鼻の頭がじんじんと痛む。


 だが、その時。

 私が盛大に転んだ反動で、脇に抱えていた分厚いバインダーが手からすっぽ抜けて、勢いよく宙を舞った。


 ヒュルルルルッ。


 バインダーは綺麗なカーブを描き、猛スピードでこちらへ向かって暴走してきていたからくり人形の背中へと飛んでいく。


 ガコンッ!!


 バインダーの硬い角が、人形の背中にある『緊急停止ボタン』に、奇跡的なコントロールでクリーンヒットしたのだ。


 ピタッ。


 シュー……と蒸気が抜けるような音を立てて、からくり人形はその場に崩れ落ち、完全に機能停止した。


「……止まったわ!」


 クロエがホッとしたような声を上げる。

 私が転んだ偶然が引き起こした、まるでからくり仕掛けが噛み合ったような、奇跡の解決だった。


「いてて……鼻、赤くなってないかな」


 私が涙目で床にうずくまっていると、クロエが呆れた顔で駆け寄ってきた。


「はいはい、怪我はない? ほんとにあなたって子は、色んな意味で規格外ね」


 クロエはそう言いながら、私の頭を優しく撫でてくれた。

 素手で触れられるその温もりが、痛みを少しだけ和らげてくれる。


「……はぁ。やっぱり、外の世界より結界の中の方が危険なんじゃないか?」


 書類の山から這い出してきたオスヴァルドが、息も絶え絶えに呟く。

 頭に紙切れを乗せたフェリクさんも、苦笑いしながら立ち上がって服の埃を払っている。


「ご、ごめんなさい! すぐに片付けるから……!」


 カペラ局長が慌てて散らばった書類を拾い集め始め、本部は再び平和で騒がしい日常の空気を取り戻していった。


 結界の中では、いかなるチートスキルも、私を守ってくれるバリアも使えない。

 でも、だからこそ仲間とドタバタと走り回り、痛みを分け合い、温もりを直接感じることができる。


 この泥臭くてアナログな日常が、私はやっぱり大好きなのだ。痛いけど。

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