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第18話:ノイズの恐怖

誤ってエピソードを削除してしまいました。

「まあ、気を取り直して。お仕事、お仕事っと」


 手元の計測器で地質のデータを集めながら進んでいく。

 この辺りは神話時代の遺物の残骸が埋まっているらしく、岩肌のあちこちに不自然な金属片が突き出していた。


 ズガァァァァンッ!!


 突然、前方から空気を震わせるような激しい轟音が響き渡った。


「うわっ、なに!?」


 私は慌てて手近な巨大な岩の陰に隠れ、そっと顔を出して下を覗き込んだ。


 すり鉢状になった岩場の底で、凄まじい死闘が繰り広げられていた。


 相手は、全身を分厚い金属の装甲で覆い、バチバチと青い雷を纏った巨大な魔物だ。


 過去の資料で見たことがある。

『鋼殻の雷獣』と呼ばれる、非常に厄介で危険な魔物だ。


 そして、その強敵をたった一人で相手にしているのは――黒い軽装の防具に身を包んだ、銀髪の鋭い目つきの青年だった。


「あれ……あの人、どこかで見たことあるかも」


『……シオンね。外の世界で名を知られる、Aランクのローグよ』


 イヤーカフ越しに、クロエがわずかに緊張を含んだ声で教えてくれた。


 ローグ。それは単純な戦士ではなく、合法的(?)に危険な罠を解除したり、裏の情報屋として立ち回る技能職のプロフェッショナルだ。

 盗みの技術も持っているが、あくまで依頼を完遂するための手段として使うスペシャリストである。


「本来は正面からあんな大型の魔物と戦うような職じゃないはずだけど……単独でやり合ってるってことは、あの魔物か、その近辺に何か彼にとって重要な目的があるのね」


「へぇー、そうなんだ」


 私は感心しながら、岩陰からその戦いを見守った。


 シオンの動きは、一切の無駄がなく冷徹だった。

 魔物が放つ落雷を紙一重で躱し、ワイヤーや短剣を使って的確に魔物の関節の隙間を狙っていく。


「うわぁ、凄い動き……。なんだかアクションの舞台を見てるみたい」


 ドゴォン!


 魔物の突進で岩が砕け、拳大の破片がこちらに飛んできた。

 しかし、それは私の顔の1ミリ手前で見えない壁に当たり、ポロリと足元に落ちた。


 バリアのおかげで、私は完全に安全な特等席(VIP席)からハラハラしながら観戦を楽しんでいた。


 しかし、戦況は徐々にシオンにとって厳しくなっていた。

 彼の攻撃は的確だが、魔物の金属装甲が分厚すぎて、決定打を与えられていないのだ。


『シオンが動くわ。セレン、気をつけて見てなさい』


 シオンが魔物の突進を大きく躱し、距離を取った。

 そして、彼の手のひらに赤黒い光が灯る。


 彼が自身の固有スキルを発動した、まさにその瞬間だった。


『ザザッ……! ピーーーッ!』


「ひゃっ!?」


 突然、私の右耳につけているイヤーカフから、耳をつんざくような激しいノイズが鳴り響いた。


『セレン! 今すぐその場から離れて!!』


 ノイズの向こう側から、かつてないほど焦ったクロエの怒声が飛んできた。


「えっ? クロエ、どうしたの!?」


『あの男のスキルの範囲に入ったらマズい!! 早く!!』


 クロエのただ事ではない様子に、私は慌てて岩陰から身を引っ込め、姿勢を低くした。


 眼下では、シオンがそのスキル――『磁星の収奪マグネティック・グリード』を解放していた。


 メキメキメキッ!!


 魔物の全身を覆っていた金属の装甲が、まるで目に見えない巨大な手に引っ張られるように、ベリベリと強引に剥がされていく。

 さらに、魔物が纏っていた青い雷の光が不自然に捻じ曲がり、パツンと弾けて消えてしまった。


 特定の金属や魔力波長をピンポイントで吸い寄せたり、狂わせたりする能力。

 装甲を失い、雷も出せなくなった魔物は、シオンの短剣にあっけなく急所を貫かれて倒れた。


 ◇ ◇ ◇


「……はぁ、はぁ。クロエ、ここまで来れば大丈夫?」


 私は岩場を這うようにして、戦場から遠く離れた場所まで必死に逃げてきていた。

 大きな岩の裏にへたり込み、息を整える。


『……ええ。ノイズも消えたわ。無事でよかった』


 イヤーカフから聞こえるクロエの声は、すっかりいつものクリアな音質に戻っていた。

 彼女が深く安堵のため息をつくのがわかる。


「びっくりしたぁ……。私、あんな風にクロエに大声出されたの初めてかも。あの人のスキル、そんなにヤバかったの?」


『ええ。セレンにとって、相性最悪の天敵みたいなスキルよ』


 クロエの言葉に、私は首を傾げた。


 私の『孤星の絶対距離』は、外から向かってくる物理攻撃や魔法を、いかなるものであっても1ミリ手前で完全に拒絶して弾き飛ばす。


『でも、あの男のスキルは「向かってくる攻撃」じゃないわ。対象の持ち物を強い磁石みたいに外側へ引っ張る力や、目に見えない通信の道筋を狂わせる力よ』


「あ……」


 私はハッとして、右耳のイヤーカフにそっと手を触れた(実際は1ミリ浮いているけれど)。


『私の作った魔導具は、セレンのバリアを透過できるように特別な波長を合わせているわ。でも、さっきのスキルでその波長を狂わされたら……バリアの隙間を抜けられなくなって通信が切断されるか、最悪の場合、イヤーカフごと外に引き剥がされて奪われてしまうかもしれない』


 それを聞いて、私は背筋がスッと冷たくなるのを感じた。


 もし、このイヤーカフを取られてしまったら。


 私はまた、あの15歳の時に感じた、世界から完全に切り離されたような孤独な暗闇の中に取り残されてしまう。

 クロエの声が届かなくなり、誰の温もりも感じられない、冷たい牢獄に。


「……そっか。どんなに無敵に見えるバリアでも、やっぱり弱点や、相性が悪いものってあるんだね」


『ええ。いくら攻撃が届かないとはいえ、油断は禁物よ。』


「うん。いくら敵の攻撃が効かなくても、クロエとお話しできなくなっちゃうのは絶対に嫌だもん。未知の場所や、ああいう特殊な力を持った人間が相手の時は、本当に油断大敵だね」


 私は深く反省し、パンパンと服の埃を払って立ち上がった。


 幸い、シオンはこちらの存在には全く気づいていないようだった。

 彼は彼で目的があって魔物を倒しただけで、私を狙ったわけではないのだ。


「よし。これからはもっとこっそり、誰にも見つからないようにお仕事しよっと!」


 私はポンコツなりに気を引き締め直した。


 結界外の世界は広大で、まだまだ私の知らない恐ろしい力を持った人たちがたくさんいる。

 無敵のバリアに胡坐をかかず、慎重にフィールドワークを進めなければ。


「ねえクロエ、この辺りの地質データ取ったらお家に帰るね!」


『ええ、気をつけてね。夕飯の支度して待ってるから』


 温かいクロエの声に安心しつつ、私は再び地道な調査作業へと戻るのだった。

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