第17話:Aランク星狩りと優雅なティータイム
結界の外に広がる、荒涼とした岩場が続く危険地帯。
Aランクの『星狩り』として名を馳せる男、ガランは、絶望に顔を歪めていた。
星狩りとは、外の世界で魔物を狩り、未知の素材や古代遺跡の遺物を探索する冒険者たちの総称だ。冒険者と呼ばれることもある。
彼らの中には、結界内の探査局と友好的に協力する人格者も多い。
だが、ガランたちのような力至上主義の者たちは、魔法一つ使えない結界内の人間を「温室育ち」と見下していた。
王都の学者たちから『星屑拾い』と皮肉交じりに呼ばれることへの、反発心もあった。
しかし今、彼らは自分たちの傲慢さを思い知らされていた。
「くそっ……! なんでこんな場所に、厄災指定の『四ツ目群狼』が這い出してきてやがる!」
強靭な装甲と凶悪な牙を持つ魔物の群れに完全に包囲され、パーティの魔力も体力も既に底をついていた。
一斉に飛びかかってくる群狼の牙が、ガランの喉笛に迫る。
(ここまでか……!)
ガランが死を覚悟し、ぎゅっと目を閉じたその時だった。
「……」
無言のまま、悠然と戦場を歩いてくる一つの影があった。
漆黒のスリットコートを翻し、美しい銀髪のボブカットを風に揺らす、一人の少女だ。
「おい、あんな死地に一人で……自殺志願者か!?」
ガランは思わず叫んだが、すぐに息を呑んだ。
一切の感情を感じさせない、氷のように冷たく鋭い瞳。
死の極限状態にありながら、その佇まいには微塵の隙もない。
「間違いない……。境界探査局の、『氷の処刑人』だ……!」
◇ ◇ ◇
(あー、早くお弁当食べたいなぁ……)
周囲で冒険者のおじさんたちが騒いでいる中、私、セレン・アークライトの頭の中は、今日のお昼ご飯のことでいっぱいだった。
数日前の休日に、開発区でクロエにアップデートしてもらった新装備。
今日はその「特注スプーン」の実戦テストも兼ねたフィールドワークなのだ。
お弁当の入ったリュックを揺らさないように慎重に歩いているため、自然と無口で無表情になってしまう。
『グルルルルルッ!!』
私の匂いに釣られたのか、数頭の大きな狼が標的をこちらに変え、一斉に飛びかかってきた。
「邪魔だなぁ」
私は立ち止まることもせず、コートに意識を向けた。
「表面のツルツル、もっと滑るようにするね」
クロエが調整してくれたコートのコーティングに、バリアの反発力を乗せる。
狼たちの鋭い爪と牙が私に直撃する、その1ミリ手前。
ツルンッ!!
摩擦を完全にゼロにされた狼たちは、勢いを殺すことができず、見えない壁の上を面白いくらいにスライドしていった。
空中で軌道を逸らされた狼たちは、そのまま猛スピードで互いに激突したり、岩壁に頭から突っ込んだりして、自らの突進力で次々と自滅していく。
◇ ◇ ◇
「なっ……!?」
ガランは、目の前で起きている惨劇に戦慄した。
あの少女は、ただ真っ直ぐ歩いているだけだ。
視線すら向けず、手も足も動かさずに、迫り来る魔物の攻撃をすべて不可視の力で『ベクトル操作』して逸らしている。
「なんて残酷で、完成された力だ……。結界外の常識が、あいつの周囲だけ通用しねぇ……!」
魔物の群れは、少女に触れることすら叶わず、自らの牙で同士討ちをしてあっという間に全滅してしまった。
静寂が戻った凄惨な死骸の山の中で、少女はおもむろに手頃な岩を見つけ、そこに透明な『同調シート』をランチョンマットのように敷いた。
そして、小さな保温容器と、一本の銀色のスプーンを取り出した。
(わぁ……! クロエのコーンポタージュだ!)
セレンの内心は歓喜に沸いていた。
クロエが特別に波長を合わせてくれた特注スプーンで、スープをすくう。
ゆっくりと口元に運び……パクリ。
(……美味しいっ!!)
結界の外で、一滴もこぼさずに温かいスープが飲める。
その感動に、セレンは頬がとろけそうになるのを必死に堪えて、ゆっくりとスープを味わった。
しかし、ガランたちからの見え方は全く異なっていた。
「正気かよ……」
血の海と化した死骸のど真ん中で、返り血一つ浴びていない少女が、一切の感情を交えずに琥珀色の液体を口に運んでいる。
俺たちが必死で守ろうとした命が、彼女にとってはティータイムの余興に過ぎないというのか。
「あんな化け物が、何でシーカーズの遺跡調査員なんかやってんだよ……」
あまりの格の違いと、底知れない狂気。
ガランたち星狩りは、完全に戦意を喪失し、武器を捨ててその場にへたり込んでいた。
◇ ◇ ◇
(ふぅ……ごちそうさまでした!)
特製スプーンの性能テストは大成功だ。
私は満足して容器をリュックにしまうと、立ち上がって服の埃を払った。
「あ、あの……!」
ふと見ると、血まみれでボロボロの冒険者のおじさんが、震えながらこちらに近づいてこようとしていた。
(うわっ、血がついてる。服が汚れたらクロエに怒られちゃう!)
私は焦って、先日アリアちゃんがやっていた「ぺちぺち」という動作を思い出し、無意識に手首をパタパタと振ってしまった。
「あっち行ってー」という、軽い気持ちのジェスチャーのつもりだった。
しかしガランの目には、それが『お前たちなど路傍の石だ。近寄るな』という、虫を払うような冷徹な拒絶の仕草に映った。
「ヒッ……! す、失礼しました!!」
ガランは顔面を蒼白にして、仲間たちと共に慌てて後ずさりした。
「……?……ま、いっか。 なんだかよく分からないけど、お弁当も美味しかったし」
私は小さく首を傾げると、いつもの言葉を呟いた。
「お腹いっぱい。」
私は彼らに背を向け、颯爽と(実際は次の調査地点に遅れそうになって少し慌てて)その場を後にした。
後日。
外の世界の星狩りたちの間で、『氷の処刑人は、救った命にすら微塵の興味を示さない、孤高の深淵歩きである』という恐ろしい伝説がまた一つ増えることになるのだが、私がそれを知る由もない。
『ちょっとセレン! お弁当食べてカッコつけてないで、早く調査データ送りなさいよ!』
「あわわ、ごめんなさい! 今やるね!」
私はイヤーカフから響く相棒のオカン気質な怒声に平謝りしながら、今日も元気にフィールドワークを続けるのだった。
「てか、そもそもスキルのおかげで血とかつかないよね?申し訳ないことしちゃったよ」




