第14話:フィールドワーカーたちの矜持
分断の罠を乗り越え無事に合流を果たした私たちは、再び『星食みの塔』の奥へと足を進めていた。
壁面には無数の古代文字や、幾何学的な魔力回路が脈打つように発光している。
私はリュックから、小さな計測用の魔導具を取り出した。
この結界の外では、あらゆる事象が私の「1ミリ手前」で弾かれてしまう。
当然、ただの道具を持とうとしてもツルッと滑り落ちてしまうのだけれど。
「カシャッ、と」
私の指先は魔導具のボタンから1ミリ浮いたままだけれど、クロエが特別に作ってくれたこの特注品は、私の微弱な魔力の動きを読み取って正確に作動し、壁のデータを記録してくれた。
「相変わらず、お前の相棒の作る魔導具はイカれてるな」
大柄なオスヴァルドが、呆れ半分、感心半分といった様子で息を吐く。
「えへへ、クロエは天才だからね」
私が自慢げに胸を張ると、イヤーカフの向こうで『仕事に集中しなさい!』と少し照れたような声が響いた。
◇ ◇ ◇
安全そうな少し開けた通路に出たところで、私たちは小休止をとることになった。
昨晩のフカフカな寝袋(というプラシーボ効果)のおかげで私だけはすっかり元気だけれど、他の三人は常に魔力を使い続けているため、疲労が溜まっているのだ。
「ふぅ……。皆さんは、この仕事は変わらず楽しいですか?」
水筒の水を飲みながら、フェリクさんがふと、穏やかな微笑みを浮かべて問いかけた。
「そりゃあな。面倒なことも多いが、悪くねえよ」
オスヴァルドが壁に背を預けて呟く。
彼は触れたものを一瞬で灰にする強力な炎系スキルを持っているが、結界の外に広がる傲慢な力至上主義の階級社会をひどく嫌っていた。
誰もが平等に知恵を絞って生きる、王都のアナログで泥臭い平和。
それを守るために、彼はシーカーズで過酷なフィールドワークを続けているのだ。
フェリクさんとアリアちゃんも、彼に同意するように小さく頷いた。
ルーメン兄妹は、両親を除く親族のほとんどが結界の外に広大な領地を持つ、高名なエリート貴族だという。
彼らもまた、外の世界で「泣く子も黙る」と恐れられるほどの実力者だが、他者を見下し、スキルを見せびらかすような傲慢な社会が性に合わなかったらしい。
だからこそ、魔法が使えない平和な街でのんびり過ごすことを選び、この探査局にいるのだ。
アリアちゃんは無表情のまま、私の隣の空気を定位置にするように、1ミリ手前にピタッと張り付いている。
「セレンはどうですか?」
フェリクさんに話を振られ、私は少しだけ昔のことを思い出した。
◇ ◇ ◇
私は元々、結界の外に広がる限りない謎や神秘、そして美しい大自然の風景に憧れていた。
でも、15歳の成人の儀で、この『孤星の絶対距離』が発現してしまった。
誰にも触れられず、お祝いの温かいスープすら1ミリ手前でこぼれ落ちてしまう。
世界から自分だけが切り離されたような孤独な牢獄。
そのあまりの出来事に心が壊れそうになって、私は自分の感情にフタをし、悲しみを隠すために無理やりに無表情を作るようになった。
以降。周りから「感情を持たない氷の処刑人」と呼ばれるようになったのは、それが原因だ。 結界の中に入れば、すべてのスキルは強制的に無効化される。
でも、それは「一生、あの王都の結界の中でしか生きられない」ということを意味していた。
他の国の人と触れ合うことも、外の世界で美味しいご飯を食べることも、未来永劫できないのだと、深く絶望していた。
そんな暗闇に落ちていた私を救ってくれたのは、クロエだった。
「セレンを絶対に一人ぼっちにさせない」
彼女はそう言って、私が外の世界でも生きていけるように、口に入れる瞬間だけ同調してバリアを透過する特注のスプーンや、どんな死地でも声が届く通信用イヤーカフを、寝る間も惜しんで作ってくれた。
もし、クロエのあのハズレスキルと、それを応用する天才的な技術がなかったら。
私は今頃、結界の外に出ることすらできず、本当の孤独の中で心を死なせていたかもしれない。
「……私はね、クロエに恩返しがしたいの」
私は、昔を懐かしむように静かに口を開いた。
「クロエが『一緒に色んな世界を見よう』って言ってくれたから。だから、いつかこのスキルの理を完全に解き明かして……クロエと素手で手を繋いで、いろんな場所を歩きたいんだ」
そのためには、もっと外の世界の遺跡やシステムを知らなきゃいけない。
けどそれ以上にクロエの技術者の夢もかなえてあげたい。
彼女の後を追い、私がシーカーズで調査員になったのは、そんなささやかで切実な目的のためだ。
「……ま、いっか。今はとりあえず、無事に帰って温かいシチューが食べたいな」
◇ ◇ ◇
私がいつものように平坦な声で(内心では本当にシチューのことで頭がいっぱいだったのだけれど)呟くと。
オスヴァルドは呆れたように笑いながら、「本当に良い相棒を持ったな」と目を細めた。
フェリクさんも優しく微笑み、アリアちゃんは無言のまま私の腰の1ミリ手前の空気に、ギュッと抱きついてきた。
みんなの温かい心遣いが、見えないバリアを越えてじんわりと伝わってくるような気がした。
その時、イヤーカフから普段より少し大きな声が響いた。
『ち、ちょっと、照れるようなこと言わないでよ! ほら、休憩終わり! 次のフロアよ!』
「あはは、照れてる」
顔を真っ赤にして怒っているクロエの顔が目に浮かんで、私は思わず吹き出した。
「さあ、みんな、行こっか!」
神話時代から続く、巨大で冷たい古代遺跡の奥深く。
私は絶対的な孤独のバリアに守られているけれど、決して一人じゃない。
最高の仲間たちと共に、私たちはさらに『星食みの塔』の最深部へと歩みを進めた。




