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第15話:暴走する魔力炉と1ミリの防波堤

私たちは再び足並みを揃え、『星食みの塔』のさらに深い深淵へと歩みを進めた。


周囲の空気はひんやりと冷たく、静寂の中に微かな魔力の脈動だけが響いている。

神話時代から続く巨大な環境維持装置。その中心部へと近づいている証拠だった。


「セレン、あと少しよ。この通路を抜けた先が、塔の心臓部のはず」


イヤーカフ越しに聞こえるクロエの声も、少しだけ緊張を帯びている。


やがて、巨大な石の扉を抜けた私たちの目の前に、信じられないほど広大な空間が開けた。


「……すごい」


思わず、私の口から感嘆の吐息が漏れた。


空間の中央には、見上げるほど巨大な光の結晶体が浮遊していた。

まるで一つの小さな星のように青白く輝き、周囲には無数の幾何学的な魔力回路が血管のように張り巡らされている。


古代の魔力変換炉。

空から降り注ぐ厄災の魔力を取り込み、無害なエネルギーへと変換し続ける、この遺跡のコアだ。


「ついに辿り着いたな。カペラ局長の言っていた通り、文字通り『生きているシステム』ってわけだ」


オスヴァルドが息を呑みながら、大剣を肩に担ぎ直した。


フェリクさんとアリアちゃんも、巨大な結晶体の放つ荘厳な光に目を奪われているようだった。


「よし、お仕事お仕事っと」


私はリュックからクロエ特製の計測用魔導具を取り出した。


結晶体の周囲をぐるりと歩き回りながら、壁面やコアの近くに浮遊しているデータに魔導具をかざす。

バリアのせいで指は1ミリ浮いているけれど、特注品の魔導具は私の微細な魔力に反応して、カシャッ、カシャッと順調に記録を続けてくれた。


塔内部の魔力流動と、地質の詳細なマッピング。

カペラ局長から指示されていた最重要任務だ。


「うん、これでよし。データ回収、完了したよ!」


私が振り返って報告すると、オスヴァルドたちがホッと肩の力を抜いた。


「よし、それじゃあさっさと帰るぞ。こんな不気味な場所、長居したくねえ」


「そうですね。セレンの言う通り、温かい食事が待っているはずですから」


フェリクさんが微笑み、アリアちゃんもコクリと頷いた。


任務完了。誰もがそう確信して帰路につこうとした、その時だった。


ドクンッ……!!


巨大な空間全体が、まるで心臓の鼓動のように大きく揺れた。


「な、なんだ!?」


オスヴァルドが弾かれたように振り返る。


空間の中央に浮かぶ巨大な結晶体が、突如として不気味な赤黒い光を放ち始めていた。

周囲に張り巡らされた魔力回路が悲鳴のような高周波を上げ、空気がビリビリと震え出す。


『っ、セレン! 気をつけて! コアの内部で規格外の魔力反応が急激に膨張してるわ!』


クロエの悲鳴に近い声が響く。


「どういうことだ!? トラップか!?」


「いえ、これは……蓄積されていた厄災の魔力が、私たちの干渉をきっかけに一時的に暴走し始めているんです!」


フェリクさんが珍しく声を荒げた。


神話の時代から何万年もの間、星のゴミや厄災を食べ続けてきたシステム。

その途方もないエネルギーの一部が、限界を越えて噴出そうとしているのだ。


ゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!


結晶体にヒビが入り、そこからドス黒いエネルギーの奔流が津波のように溢れ出した。

それは部屋全体を飲み込むほどの巨大な波となって、私たちに向かって押し寄せてくる。


「チィッ、来やがった!!」


オスヴァルドが前に飛び出し、『紅星の爆炎プロミネンス・フレア』を全力で解放した。

巨大な炎の渦がエネルギーの波と衝突し、凄まじい熱風が吹き荒れる。


フェリクさんも空間そのものを歪ませる『凶星の崩蝕エクリプス・ベイン』を放ち、波の威力を削ごうとする。


アリアちゃんも無表情のまま狙撃銃を構え、『極星の穿光ポラリス・スナイプ』でエネルギーの急所を的確に撃ち抜いた。


外の世界で「泣く子も黙る」と恐れられる、シーカーズのエリートたちによる全力の迎撃。しかし。


「くそっ、押し切れねぇ……! どんだけデカい質量してやがるんだ!!」


オスヴァルドが歯を食いしばる。

彼らの強力なスキルをもってしても、数万年分の厄災の魔力波は相殺しきれず、ジリジリとこちらに迫ってきていた。


このままでは、彼らの防衛障壁ごと飲み込まれ、塵一つ残らず消滅してしまう。


極限の死地。

いつもなら、私はその後ろで「怖いなぁ」と思いながらぼーっと立っているだけだった。

魔物が勝手に私に突っ込んできて、勝手に自滅するのを待っているだけ。


でも、今は違う。


私がシーカーズに入ったのは、クロエの夢のため。

そして、この温かい仲間たちと一緒に、世界の理を解き明かすためだ。


「みんな、ここは私に任せて!」


私はオスヴァルドたちの前に飛び出し、迫り来る巨大なエネルギーの津波に立ち向かった。


「ばっ、セレン! 前に出るな!」


オスヴァルドが叫ぶ。


「大丈夫! オスヴァルド、フェリクさん、アリアちゃん! あの黒い波の先っぽ、少しだけ形を崩して!」


私の意図に、三人が一瞬だけ目を丸くした。

けれど、過酷なフィールドワークを共に乗り越えてきた彼らは、私の言葉を疑わなかった。


「……いくぞ、お前ら!!」


オスヴァルドが吼え、限界まで練り上げた爆炎を一点に集中させる。


フェリクさんが波の表面の空間を脆く崩し、そこにアリアちゃんの光の弾丸が正確に突き刺さった。


ドガァァァァァンッ!!


三人の連携攻撃が、迫り来る巨大なエネルギーの波の先端に、ほんのわずかな「亀裂」を生み出した。


それで、十分だ。


私に向かって、視界を覆い尽くすほどの黒い波が雪崩れ込んでくる。

その圧倒的な質量と威圧感は、言葉通り「世界が落ちてくる」ような恐怖だった。


でも、私の目には違って見えた。


(すっごくおっきなシャボン玉みたい)


表面がパンパンに張って、今にも弾けそうな、黒くてドロドロのシャボン玉。


「それじゃあ……パチンってしとこ!」


私は両手を大きく広げ、迫り来る波の亀裂に向かって、バリアの『反発する力』を鋭く突き立てた。


ピィィィンッ!!


私の指先の1ミリ手前で、巨大なエネルギー波が絶対防壁と衝突する。

三人の攻撃で不安定になっていた波の形は、私のバリアの反発力を内側に受けたことで、完全にバランスを崩した。


まるで、針で突かれた風船のように。


パァァァァンッ!!


弾けるような音と共に、部屋全体を飲み込もうとしていたドス黒いエネルギー波が、反発力によって内側から一気に崩壊していく。

莫大な厄災の魔力は行き場を失い、細かな光の粒子となって四散し、無害なエネルギーとして塔のシステムへと優しく吸収されていった。


静寂が、戻った。


巨大なコアは再び穏やかな青白い光を取り戻し、一定のリズムで鼓動を打っている。


「……ふぅ。びっくりしたね」


私は大きく息を吐き、額の汗を拭う素振りをした。

実際にはバリアで熱も風も遮断されているから、汗なんてかいていないのだけれど。


背後を振り返ると、オスヴァルドたちが武器を下ろし、呆然と私を見つめていた。


「……お前なぁ。いくら何でも、規格外すぎるだろ」


オスヴァルドがへなへなとその場に座り込み、深くため息をつく。


フェリクさんは苦笑いしながら首を振り、アリアちゃんは無言のままトコトコと歩いてきて、私の背中の1ミリ手前にピタッと張り付いた。


『……もう、本当に心臓が止まるかと思ったわよ!』


イヤーカフ越しに、クロエの安堵と怒りが入り混じった声が響く。


「えへへ、ごめんごめん。でも、みんなのおかげで助かったよ」


私は笑って、もう一度巨大なコアを見上げた。


神話の時代から続く、巨大な空気清浄機。

そのお掃除も、無事に完了したようだ。


「さあ、お仕事はこれでおしまい! お家に帰ろっか!」


私の言葉に、仲間たちは疲れ切った顔に笑みを浮かべ、静かに頷いた。


◇ ◇ ◇


都市の端にある『境界ターミナル』。


巨大な転送陣の上に立ち、私たちは結界の外から一歩を踏み出した。

青白い光が収まると同時に、視界に広がるのは、白亜の建物と群青色の屋根が連なる王都の景色。


その瞬間、私の全身を覆っていた常時発動のバリアが、フッと息を潜めた。

絶対安全領域『星の静寂アストラル・サイレンス』の結界内に入り、スキルが強制的に無効化されたのだ。


「うわっと……!」


バリアが消えた途端、リュックに詰まった機材やデータの重みがズシッと肩にのしかかり、私は段差で思いきりバランスを崩した。


「おっと。危ねえぞ、セレン」


横から伸びてきたオスヴァルドの大きな手が、私のリュックをガシッと掴んで支えてくれた。


「あはは、ありがとう。やっぱり重力って重いね」


「外じゃあんなデタラメな真似してたくせにな。ギャップが酷すぎて頭が痛くなるぜ」


オスヴァルドが呆れたように笑い、フェリクさんとアリアちゃんも微かに口角を上げている。


外の世界では、私の体には誰も触れることができない。

けれどここでは、こうして仲間が当たり前のように手を貸してくれる。


からりとした街の空気を深呼吸すると、ようやく「帰ってきた」という実感が湧いてきた。


私たちはレトロな『魔導トラム』に乗り込み、ガタゴトと揺られながら王都の街並みを進む。

窓の外には、夕日を浴びてキラキラと光るアーチ状の水路と、家路を急ぐ人々の温かい生活の匂いがあった。


◇ ◇ ◇


「ただいまー!」


水路沿いの古いアパートの最上階。

ドアノブを回して共有のリビングに入ると、エプロン姿のクロエが待ち構えていた。


「おかえりなさい、セレン! 本当にお疲れ様!」


クロエの顔を見ると、ホッとして全身の力が抜けていく。


「ふふっ、無事に帰ってこられてよかった。少し心配したんだからね」


クロエは私の頭を優しく撫でてくれた。

その手のひらの温もりが直接肌に伝わってくるだけで、今日一日の疲れが吹き飛んでいくような気がした。


私は重い黒のコートを脱ぎ捨て、自室でゆるゆるのジャージと大きめのTシャツに着替える。外の世界の「氷の処刑人」から、ただの女の子へと戻る儀式だ。


ダイニングテーブルには、約束通り、湯気を立てる熱々のシチューと、籠いっぱいのふかふかなパンが用意されていた。


「わぁ……! いい匂い!」


私は目を輝かせて席につく。


結界の中だから、クロエの特製スプーンも、同調シートも必要ない。

私はごく普通のスプーンを手に取り、たっぷりの具材が入ったシチューをすくった。


指先からスプーンは浮かないし、口の1ミリ手前でシチューが弾かれることもない。


パクリ。


「……んんっ! 美味しい!!」


じゃがいもはホクホクで、お肉は口の中でほろりと崩れる。

温かくて優しい味が、直接舌の上に広がって、喉の奥へと滑り落ちていく。


「ふふっ、ゆっくり食べなさい。おかわりはたくさんあるから」


クロエが向かいの席に座り、幸せそうに私を見つめている。


「うん! クロエのシチュー、世界で一番美味しい!」


私は夢中でシチューを頬張りながら、窓の外の景色を見た。

天空を覆う『星時計の魔法陣』が、夜の訪れを告げるように青白く発光し始めている。


外の世界には、まだまだ見たこともない遺跡や、解き明かすべき謎がたくさん眠っている。

過酷で危険なフィールドワークは、これからもずっと続いていくだろう。


でも、どんなに遠く恐ろしい場所へ行っても、私には帰る場所がある。


「やっぱり、お家が一番だね」


私はクロエに向かって満面の笑みを浮かべ、ふかふかのパンをもう一つ、口いっぱいに頬張った。

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