第12話:古代の重力プレスと空気の拓本
「ふぁ〜あ……よく寝たー!」
翌朝。塔の中腹にある安全地帯のフロアで、私は思いっきり伸びをした。
昨晩はクロエが持たせてくれた一番フカフカの寝袋(というプラシーボ効果)のおかげで、ぐっすりと眠ることができたのだ 。
一方、私の目の前では、大柄なオスヴァルドがげっそりとした顔で壁にもたれかかっていた 。
美しい銀の装備に身を包んだフェリクさんとアリアちゃんもどこか疲労の色が濃い。
外の世界の夜は、彼らのようなエリートでさえ、寝る間も惜しんで魔力を消費し続けなければ命を落とす死地だからだ 。
「……こいつのどこが『氷の処刑人』だよ」
オスヴァルドが恨めしそうな目で私を見ながら、深くため息をついた。
「ま、いっか。みんな、朝ごはん食べよ!」
私はクロエ特製の保存食を取り出し、元気よく今日の調査をスタートさせた 。
◇ ◇ ◇
『星食みの塔』の深部へ向かう道中、私たちは本格的な調査業務に取り掛かった 。
壁面に刻まれた幾何学模様や、巨大なデータ結晶のような地質を調べていく。
「あ、この古代文字、重要そう。紙で写しとろっと」
私はリュックから紙と鉛筆を取り出し、壁に当てて拓本を採ろうとした。
しかし、ツルッ。
「あれ?」
私の指も、紙も、鉛筆も、すべてが壁の1ミリ手前で浮いてしまう。
空中で紙がツルツルと滑ってしまい、文字の凹凸を全く写し取れない。
『セレン、あなたは壁の拓本じゃなくて空気の拓本を採る気? オスヴァルドに代わってもらいなさい』
イヤーカフ越しに、クロエの呆れたような的確なツッコミが飛んできた 。
「うぅ……お願い、オスヴァルド」
「はいはい。お前、本当に外じゃ何もできねえんだな」
私が紙を渡すと、オスヴァルドは呆れながらも器用に古代文字を写し取ってくれた。
塔の内部は進むにつれて、まるで巨大な機械式時計の中のような異様な光景に変わっていった。
むき出しの歯車が回り、発光する魔力回路が壁や床に張り巡らされている。
「それにしても、こんな凄い遺跡なのに、どうして外の騎士団とか財宝目当ての賊は来ないんだろう?」
私が尋ねると、オスヴァルドは険しい顔で周囲を見回した。
「ここは魔物以上に『環境』がヤバすぎるんだ。塔自体が定期的に超重力の魔力プレスを発生させるから、適当な探索じゃ生半可な身体強化スキルじゃ内臓からひしゃげる。繊細さが要る場所さ。おまけに迷路みたいに通路が変形するから、一度入ったら二度と出られねえ」
彼がそう説明してくれた、まさにその時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
地鳴りのような音と共に、私たちが歩いていた通路の左右の壁が、凄まじい勢いで迫ってきたのだ。空間そのものを圧縮する古代の死の罠である。
「チィッ! 来やがった!」
オスヴァルドが身構え、フェリクさんもスキルを発動しようとした瞬間。
「おっと、狭くなってきた。つっかえ棒しとこ」
私は両腕を軽く横に広げ、迫ってくる壁の間にスッと手を入れた。
私の体に触れる1ミリ手前で、莫大な圧力を持った壁がピタリと止まる。
そして、私のバリアが持つ反発力に行き場を失った巨大な壁は、ギギギギ……と悲鳴のような金属音を立てて、完全に機能停止してしまった。
「……はい、おしまい」
数万年の歴史を持つ古代トラップをあっさりと無効化した私を見て、オスヴァルドたちは開いた口が塞がらないようだった。
◇ ◇ ◇
さらに深部へと進むと、私たちは巨大な空間に出た。
そこには、塔の歴史が刻まれた巨大なレリーフ――古代のターミナルが存在していた。
「やはり……そういうことか」
レリーフの文字を読み解いたフェリクさんが、感慨深げに息を吐く。
「『星食みの塔』。……これは兵器じゃない。神話の時代、空から降り注ぐ星の欠片や過剰な厄災の魔力を、この塔で文字通り“食べ”ていたんだ」
フェリクさんの言葉に、オスヴァルドも驚いたように目を見開く。
「地下で無害なエネルギーに変換し、大地を浄化し続けるための、巨大な環境維持装置。古代の人々は、世界を守るためにこんな途方もないものを築き上げたんだ……」
重厚な歴史の真実。古代のロマン。
その壮大なスケールの話に、フェリクさんとオスヴァルドは静かに感動を噛み締めていた。
「へえ〜」
私は壁にもたれかかりながら、ぼんやりと相槌を打つ。
「つまり、すっごく大きな空気清浄機みたいなものなんだね」
「……お前なぁ、せっかくの歴史のロマンが台無しだぞ」
オスヴァルドがツッコミを入れるが、なんだかもう、私の頭にはあまり入ってこなかった。
静かで薄暗い遺跡の奥深く。
昨日はぐっすり寝たはずなのに、心地よい温度とフェリクさんの穏やかな声を聞いているうちに、だんだんと瞼が重くなってくる。
私はウトウトと船を漕ぎ始めた。
すると、隣にいたアリアちゃんが、無表情のまま私の頬を「ぺちぺち」と叩き始めた 。
寝てはいけないと、必死に起こしてくれているのだろう。
しかし、当然ながら彼女の小さな手は、私の頬の1ミリ手前で見えない壁に弾かれている 。
直接触れられないと分かっているのに、一生懸命に空気をぺちぺちと叩き続けるアリアちゃん。
「……ふふっ、くすぐったいよ」
そんなシュールで優しい感触を1ミリ先から感じながら、私は古代のロマンに包まれた塔の最深部で、平和な微睡みへと落ちていった。




