第11話:最凶の調査隊、出撃
「これは単なる遺跡じゃない! 生きているシステムよ!」
第一学術区にある『境界探査局』本部の局長室。
カペラ局長は、私が先日持ち帰った箱型の遺物を片手に、目をギラギラと輝かせていた。
「この遺物の解析を進めた結果、以前セレン君が調査した『星食みの塔』の内部で、特定の周期で魔力が脈動する現象が確認されたわ! 今回の目的は石板の回収ではなく、塔内部の魔力流動や地質の詳細なマッピングよ!」
バンバンと机を叩きながら熱弁を振るう局長の前には、私とオスヴァルド、そしてルーメン兄妹が並んで立っていた。
「塔の深部まで潜るから、数日はかかる長丁場になるわ。しっかりキャンプの準備をして出撃しなさい!」
その言葉に、私は内心で少しだけ肩を落とした。
(数日もお外? ってことは、その間はクロエの作ってくれた温かいご飯が食べられないのかぁ……)
出勤前、アパートの玄関で「着替えは入れた? 防寒具は? あと、寝袋はちゃんと一番フカフカのやつを持たせたからね!」と、オカン全開で念入りにお泊まりセットをチェックしてくれたクロエの姿を思い出す。
「……ま、いっか。クロエ特製の保存食とお弁当、たくさん持ってきたし」
私は食い気を優先させて、静かに気合を入れ直した。
◇ ◇ ◇
都市の端に位置する『境界ターミナル』。
巨大な転送陣の前に立つ私たちの姿は、どう見ても「学者たちの探索隊」には見えなかった。
オスヴァルドは無骨で分厚い耐火装甲を纏い、威圧感たっぷりだ。
一方のルーメン兄妹は、夜空の月を思わせる美しい銀の装飾が施された、優雅で気品のある装備に身を包んでいる。
特にアリアちゃんは、フリルがあしらわれた女性らしさ全開の綺麗なドレス風の装いでありながら、背中には身の丈ほどもある巨大な狙撃銃を背負っていた。
そして私は、スリットの入った漆黒のコート。
外の世界を知る者が見れば、悲鳴を上げて逃げ出すような「最凶の殲滅部隊」の完成である。
「それじゃあ、行くわよ」
私の合図で、4人同時に転送陣を踏み越え、結界外のビーコンへとワープする。
光の奔流が収まると同時に、ピィィィンッ! という高い音と共にシステムが強制起動した。
オスヴァルドの体から陽炎のような『紅星の爆炎』が立ち上り、フェリクさんの手には空間を歪ませる『凶星の崩蝕』の禍々しいオーラが宿る。
アリアちゃんの瞳の奥には『極星の穿光』の鋭い光が灯り、そして私の全身は、いかなる事象も拒絶する1ミリの絶対防壁に覆われた。
それぞれが己の固有スキルを纏う、スタイリッシュで研ぎ澄まされた瞬間。
「……」
結界の外に出たことで、当然ながら私の体には誰も触れられなくなった。
するとアリアちゃんは無言のまま、私の真横にピタリと張り付き、きっちり「1ミリの距離」をキープしたまま歩き始めた。
触れられないなら、せめて限界まで近づこうという彼女なりの執着らしい。
「アリア、あんまり近すぎるとセレンのバリアで弾き飛ばされるわよ」
イヤーカフ越しに、クロエの呆れたようなナビゲートが響く。
◇ ◇ ◇
鬱蒼としたジャングルを抜け、巨大な浮遊遺跡『星食みの塔』の内部へと再突入する。
「前回より、かなり魔力濃度が上がってる……」
私の言葉を聞き、オスヴァルドが油断なく周囲を見渡す。
彼の言う通り、塔の内部は以前よりも壁の幾何学模様が強く発光し、不気味な脈動を繰り返していた。
ガゴォォォンッ!
私たちが広い回廊に出た瞬間、天井に張り付いていた複数の石像が動き出し、一斉にこちらへ赤いロックオンの光を向けてきた。
自動防衛システムが完全に活性化している。
「アリア、右の3体を。残りは私が――」
フェリクさんが素早く指示を出し、アリアちゃんが狙撃銃を構えようとした、その時だった。
「うわ、床がピカピカしてて滑りそう」
足元に集束していく魔力の光を見た私は、転ばないように無意識のうちにバリアの反発力を足裏に集中させた。
私がペタッと足を踏み出した瞬間。
ガーゴイルたちが一斉に放った極太の魔法レーザーが、私に直撃する1ミリ手前で足元の魔力圧力と衝突。
反発したエネルギーは、飛んできた軌道をそのまま正確に逆流し、「お返しドーン!」とばかりに発射元のガーゴイルたちを直撃した。
ズガァァァァァンッ!!
激しい爆発音が連続して響き、石像たちは自らが放った魔法の威力で粉々に砕け散り、ただの石ころになってバラバラと降り注いだ。
構えた武器を下ろしたまま、オスヴァルドさんとフェリクさんが静まり返る。
「……やっぱり、こいつ一人で良くないか?」
オスヴァルドさんが引きつった顔で呟いた。
「ご、ごめん。本当にたまたまで……」
私は気まずくなって、あははと愛想笑いを浮かべた。
◇ ◇ ◇
塔の深部へ向かう中腹のフロアで、私たちは安全を確保し、一晩の野営の準備を始めた。
オスヴァルドとフェリクさんが手際よく魔除けの結界石を配置し、交代で警戒のシフトを組んでくれている。
結界外の遺跡の夜は、いつ何が襲ってくるか分からない危険と隣り合わせだ。
ヒュゴォォォォ……ッ。
塔の隙間からは、精神を削るような呪いの風や、毒を持った小さな虫たちが絶えず吹き込んでくる。結界石だけでは防ぎきれない、環境そのものの脅威だ。
「チッ、鬱陶しい虫どもめ……」
オスヴァルドは分厚い装甲の表面に『紅星の爆炎』の極薄の熱を巡らせ、近づく毒虫をジュッと焼き落とし続けている。
ルーメン兄妹も、美しい銀の装備から微弱な魔力障壁を展開し、呪いの風が肌に触れないよう絶えず集中力を保っていた。
外の世界の夜は、彼らのようなエリートでさえ、寝る間も惜しんで魔力を消費し続けなければ命を落とす死地なのだ。
そんな、極限の緊張感が漂う空気の中。
「あー、クロエが持たせてくれた寝袋、本当にフカフカだぁ」
私はフロアの隅に敷いた寝袋にくるまり、すっかりお休みモードに入っていた。
実際には私の体と寝袋の間には「1ミリの見えない壁」があるため、布の柔らかさを直接感じることはできない。
でも、クロエが私の為に「一番フカフカな物」を選んでくれたという事実だけで、なんだか本当に温かく包まれているような気がしてくるのだ。
迫りくる呪いの風も、気持ち悪い毒虫たちも、すべて私の寝袋の「1ミリ手前」で見えない壁にぶつかり、ポロポロと虚しく床に落ちていく。
魔力を練る必要も、集中する必要もない。
ただ息をしているだけで、私だけが完全な安全地帯でぬくぬくと保護されているのだ。
「……セレンの周りだけ、別の次元みたいになってるね」
フェリクさんが苦笑しながら焚き火の火を弄り、アリアちゃんが無表情のままジト目で私を見つめている。
「おやすみなさーい」
私は呑気に欠伸をすると、フカフカの寝袋の中でゆっくりと目を閉じた。
明日の調査も、美味しいお弁当のために頑張ろう。




