五号車 『ザ・クイル・イズ・マイティアー・ザン・ザ・ソード』
――開いた頁には、何かを書き込む項目が、あの蛍の光のようなものを放っていた。
「ほれ、何をしておる、名を刻むんじゃ、魔導翰は無いのか? 儂のは……馬車に置いて来てしもうた!……フェイ! 持っとるな!?」
「……置いていったのは導師ですよ……私が持っている筈ないでしょう?……杖はお持ちしましたよ?」
……ちょっと呆れてるぞ。杖を拾って来てくれただけでも優しいと思うよ……俺は。
――!!……また震えた……手帳じゃない、内ポケット?……今度こそスマホ!……?
「あっ……万年筆持ってたんだ……」……触ってスマホじゃないとは気づいたが、出してみれば万年筆の見た目も違ってた。
「おお!……それは何じゃ? 魔導具ではある様じゃが……?」
え、これも?……本当に、全部魔導具ってのに変わっちゃったのか?
あっ……スタイラスが無い……内ポケに入れたはずだ……どこ行った?……どいつもこいつも無くなりやがって……
「……万年筆ですよ。……なんか変わっちゃいましたけど……」
外見が高級感増してるような……何かの骨か? 黒いから角か? 片手でキャップを外すと、いつもの癖で口に咥えて尻軸に挿した。グリップが銀になっている……ペン先は金のままだった。……書けるか?
「……万年……筆! そうか筆か!……魔導墨液は無いのか? 書けぬでは無いか……フェイ! 持っておるな!」
「……剣しか持っておりませんよ」
「今は、剣より筆じゃ……何故無い!?」
ローゼルさんの興奮が冷めない……とにかく書いてみよう。
――手帳の淡い光を放つ箇所に氏名を書き込んだ。
「……お、書ける。……書けますね」
……ペン先が紙を斬りつける音を立てると、引かれた線が淡い光を放っていく。……名を刻むとはこういうことか……
「何!?……おお! 書けとる! おお……これは竜皮紙!?……これは重宝な……奢侈じゃのう……ん? 何じゃこの……記号の様な……表紙のものとはまた別物の様じゃが? おお……筆先が魔導金ではないか……握りには魔導銀……軸は竜角……欲しい……!」
……欲望が漏れてるぞ。……おんなじ漢字だよ、字が汚いだけです……
「名前です。さきほど申し上げました……井上 勝……書きました……よ……ぉおおお!!」
――書き終えると魔炎が出現した。手帳を包み込むように光っている……そして魔炎が消えた時、それが起きた。
――!!
……汽笛が鳴った。
皆が機関車に注目する。
「……終わったのですか?……導師……」
「――始まったのじゃ……」
「……何が始まったんです?」……いいことですか?
「……『拝受』じゃよ……」
「拝……受……?」……何を受け……授かるの?
「――直に感得致そう……己が身に降る慈雨を……素晴らしき果実の拝受を……」
――!
手にしたままの手帳が震えた。
さらに、ひとりでにバラバラと頁が捲られる……荒々しい。まるでショットガン・シャッフルだ。
そして、それが止んだところに開かれた頁には、先ほど見た記憶のあるものが書かれている……古代魔法文字だ。
……何が書いてあるのか?……とりあえず目で追い、黙読した……『陣ヲ編メ』……すると……
――頁の上の空間に小さな魔炎が灯った……それが瞬く間に展開し、陣を形成した。
「!――魔導陣……」……そこに、古代魔導文字の文言が、格子螺旋の中から浮かび上がる……大して大きくない……スモールサイズくらいだな……ピザの……いや、ピッツァの……余裕で食べきれるな……腹減ったなぁ……
「如何した? 診せてみぃ……見たい……」
……また、心の声が漏れたぞ……それより魔導陣だ。
……読めるな……なになに〜……
――世界の理を受諾するならばその意を示せ……的なことか?……何だこれ?
「……どうしたんじゃ?」
「……これが……?」
手帳を差し出して魔導陣を見せた。
「……古代の契約陣の様じゃが……初めて見る陣じゃ……」
「……どうすれば?……具体的に何を示すんですか?」
「何とあるんじゃ?……文言が多い様じゃ……」
「ええと……理を受け入れるなら、意思を示せ……という感じです……何か違うんですか?」
「世界の理を受け入れよ……普通の場合はこれだけじゃ……」
強制か?……こっちは選べるのか……いや、選んでいいのか……?
「……どうすれば?」
「了承ならば陣に触れよ、そうでなければ……」
「……なければ?……何です?」
「――解らん」
「ええぇ……」……どうすれば?……普段は同意を躊躇わず押してしまうが、今は普段ではない。……しかし、しなければ先に進めないような気がする。
……慎重に判断しなければ、取り返しがつかないような気がする……
……そもそもこの世界の理って何だ?……魔法?……魔力?……ってやつか?
もう関わりを持ってるわけだろ?……なら、受け入れてもいいんじゃ……?
……それに、拒否したらどうなるんだ?……このままなのか?……日本に戻るのか!?
……いや、魔力がないから……門が無いんだったか……?……じゃあ……どこに行くんだ?
……わからない……っは! ローゼルさんのいう通りになってしまった……わかるわけがない……
しかし、ここで俺が考えなければ、誰が考えてくれる? スマホはもう無い! ……そのスマホがこの手帳だ!
……くそ……ヤケを起こすな……短気は損気、呑気はダメだが暴虎馮河は命取りだ。
――ここは慎重に、大人としての弁識をみせ……っあ!
「――触っちゃった……」……俺がというか、少年の心が触った。……まぁ俺か。
――途端に、魔炎が魔導陣から吹き上がり霧散した。
「!! 熱っ……くはないんだった。……これでどうなったんだ?」
「おお、これでお主も理に則って、技能を授かる。ほれ、確かめるのじゃ」
「……技能?……確かめるって……どうやって、何を?」
「そうじゃったな、お主は魔導書……魔導手帳じゃったの、それを手にしておるのじゃから、ただ念じてみよ……『職能』を示せ……と」
「……念じるだけですか?……それだけ?……?」……技能じゃ無いんかい。
「これは普通は神殿で行う神事じゃ。布施を払うのが作法じゃが、お主には必要ない。得したの。ほれ、職能を示せ、じゃ。ほれ、ほれ」
……得したのか……ならいいか……いいのか?……とにかく念じよう。
……職能を示せ――
うお! またページがショットガン・シャッ……もういいか。勝手に捲れて……
――先ほど名前を書いた頁が開き……再び魔炎が現れた。
それは承認の魔導陣のように展開し、書かれていた名前を……取り込んだ?
名前が魔炎に変わり、魔導陣と一体化……いや、見ている側からどんどん陣に文言が増えていく。螺旋状に増えていく文言は、浮かんだまま拡がった。手帳からは大きくはみ出している。……LPレコードよりちょっと大きい……ラージサイズのピザ……ピッツァくらいか……腹減ったな……今なら一人で全部食べきれそう……
「おお、これを古代魔導陣で見るのは初めてじゃ。心が躍るのう……ショウよ、確かめてみい、ここに記されておる筈じゃ」
……魔炎で表示するのか?……すげぇUIだな。……とりあえず見てみるか。
……名前があって……あれ?……苗字がない……次が……職能だ……ん?何だこれ……車掌……?
「どうじゃ?……あったか?……?」
……無いこともあるのか?……まぁあったけど。
「……車掌……とありますが、……これは?」
「御者ではないのか?……それは如何なるものじゃ?」
「あー……そうですね、車の責任者みたいな感じです。……?」
……何だかおかしい……急にその責任者の自覚が湧いてきた気がする……
「おお、そうか、そうか、初めて聞く職能じゃ……して、他はどうじゃ? まだあるかの?」
「これだけみたいです」
「そうか、では、技能はどうじゃ? 何がある? その……車……とやらに触れるんじゃ……ほれ、ほれ」
……車掌な。……今度は触れるのか……見た目が火っぽいから躊躇するわ……チョンっとな……おお……触れたところからまた魔導陣が展開した。
……今度は……特殊技能……これが技能か?……特殊ってなってるな。
「特殊技能ってやつがありますけど、これですか?」
「何と、特殊技能か。して、如何なるものじゃ?」
「……兼務職能だそうです……職能ばかりですね?」
「……何と……選ぶでなく兼ねるのか!……これも初めて聞く事じゃ。して、その兼ねる職能に技能はあるの?」
……ええと、ふれればいいんだよなっと。
さらに展開した魔導陣には機関助士とあった。……入れ子になってるのか……魔導陣は……
……では、これにも触れるっと。
今度はさらに大きな魔導陣が展開した。
「おお、これは見事な……一体幾つの技能が……」
ライラーさんは感嘆しているようだが、こっちにはサッパリだ。……と思っていたら……?
「……確かにの……今さっき降りた技能がこれ程の数とは……よう解らんものもある……! 錬成じゃと?……転移もあるでは無いか! 転移の技能など初めて見たわい!」
「……あの……何だかこれ全部わかるんですけど……どうしてでしょう?」……自分で言っていても意味がわからないが、なぜか知っている……いや、今わかった。それも以前から知っているかのような、思い出したような感覚だ……
「技能とはそういうものじゃ」
「……どういうものなんです?」……わからんよ。
「そうじゃのう……
『技能』とはな、過去に数多の先人達が経験した知見を受け継ぐ事じゃ。…… 有りと顕る見識や技術が受け継がれる。これ等を体系立てて纏めたものが『職能』じゃ。
――つまるところ、お主が感じた、既に知っておった事、思い出すような事はそれ等の記憶を受け継いだのじゃよ。……解るかの?」
……まったくわからない……俺の記憶ならわかるが……先人ってのは俺じゃ無いわけで……?
「……魂がわかるかの?」
……とりあえず首を振っておこう……横に。
「――魂とは記憶じゃ。
儂等は、いや、この世の……全ての世の、全ての生きとし生けるものは一つの『魂の根源』に連なっておる。
儂も、フェイも、そしてショウ、お主も皆同じ一つの魂の根源に連なっておるのじゃ……この身が骸となり、根源との連なりが絶たれたとして、其れでも記憶は根源に生き続ける。……そしてまた新しい命として生まれくるのじゃ……」
要するに……世界はネットで、魂の根源? はサーバーで、俺達はスマホみたいなもんなのか……?……わかるような、わからないような……
「――森羅万象、全ての記憶の源にして還処たる、魂の根源……儂等はこれを『神』と呼ぶのじゃ……」
……昔、神社で聞いたような……
「どうじゃ?……わかるかの?」
「……何となくわかるような感じがしなくも無いです」
「どっちだ?」
ライラーさんに突っ込まれた。
――しかし、これで列車について色々知ってる事が、理解……とりあえずできたとしておこう……
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