四号車 『ユー・スティック・アウト・オブ・ア・ドリーム』
――まいった……どうやらパスポートなしで越境したらしい……
……断言されてしまった。……要は、神話的古代魔法ってやつで世界の境界を越えてしまった……ということ……なのか?
「……戻れますかねぇ……?」
「……解らんのぅ……じゃがの、魔法は魔力が無ければ始まらん……」
……というと……?
「お主の居った世界に魔力が無いのならば、あちらから門が開くことは……無い……
……門とは招き入れる為にのみに開く……閉じておるのが常じゃ……」
……そうなんだ……門っていうか穴に落ちたもんなぁ……
「……そもそも……なぜ門が開いたんですか?」
ローゼルさんは深く黙考するように白髪髭を扱いた。
「……魔法であろうと魔術であろうと、願いが成就した結果に過ぎん
……ならば何かの願いがお主等を呼んだのやも知れんのう……否、お主等をじゃな……」
「……呼んだ?……誰が?……何が呼んだと?」
「……解らん」
……えええぇ……マジでぇ……夢なら覚め……っあ、ちゃんと聞いておこう。
「……あの……おかしなことを……っていうか、おかしいことを尋ねますが
……」
「なんじゃ?」
「……これって夢ですか?」
「……そうじゃのう……現世は夢の如しとも、夢こそ真の現世とも言われるからのう……ん? どうしたんじゃ、酷い顔しとるぞぃ……不味いものでも食うたかの?」
……そうじゃ無いんだよ、どっかで聞いたような深いこと聞きたいんじゃ無いんだよ……ちょっと腹減ったなぁ……
「そうではなくて、今起きているコレらすべて、現実なんですか?そう思えないんですけど……?」
「……どうやら真、混乱しておるのう……ならばお主、その上着を脱いでみるんじゃ。……ほれ、早よせい」
「……何故、上着を?」
「凄まじいまでの護りの術式が織り込まれておるでの、着ていては意味がない」
……?……まぁ、やってみよう…… なんの意味がないのか聞きたいけど、やってみよう……
上着を脱ぐと、ローゼルさんは深く頷いた。そしてライラーさんに目で合図を送り、何かを促した。
――それを察してか、着けていた手袋を脱いで袖を捲った。
「ショウ、ここに手を……」
そう言って自分の手を焚き火の炎にかざした。……ん? この焚き火……今気づいたが……なんで燃えてるんだ?……いや、何が燃えてるんだ?……燃えるものがない……炎だけが燃えている。……それに、地面はガラスなのか?……ん? 何だこれ? コンロ? いや、さっき見た魔導陣か? それに中央に……碁石みたいなものが……陣の文字が『火』と読める……気付かなかった……魔法?
「同じように手を翳してみろ」
……意味ありげに言うなぁ、しかし、ここはやってみよう……同じように袖を捲ってかざした。
「どうだ? 暖かいだろう?」
「……はい……?」……何聞かれてるんだ?
「何故、暖かい?」
「……火だからです……?」……上着を脱いだからかもな……そこそこに肌寒い……
「……現実だからだ。夢では、こうは感じられん」
……そう……だっけ?……そうかもしれないが……もう一つ実感できない……
「……今一つ理に落ちて居らんようじゃのう……」
……お見通しか……ローゼルさんがライラーさんに頷いてみせた。それを合図にライラーさんがかざしていた手を炎に……突っ込んだ!!
「えええぇっ!! 何して……!?……るん……で……?」
つっこんだまま微動だにしない……なんともないのか?
……いや……表情こそ平静を保っているが、額に汗が見える……耐えているのか?……なんで?……困惑していると、漸く手を退いた。
……酷い火傷だ……見てられん。……嫌な匂いが鼻をついた。
「……何してるんですか?」
「まぁ見ておれ……すぐにわかる」
ローゼルさんが言うと、ライラーさんは外套の下から小瓶を取り出して、俺に見せた。味のある小瓶だ。中の青い液体が微妙に発光してる……などと言ってる場合か、早く手当を……
手にした小瓶の栓を親指で弾き飛ばすと、そのまま液体を焼け爛れた手にかけた。……すると、その手が炎に覆われた。
……魔炎だ、熱くないやつだ……そのまましばらくすると魔炎は消えた。さっき見た魔導陣っぽいのも出てたな。
……後には何事もなかったように火傷の後はなかった……何これ……
「……不思議な物でも見るようじゃのう……まぁ、薬のようなもんじゃ……見ての通り、治っておる」
ライラーさんがこちらに手を見せる。……ゴツい。小指の付け根にタコみたいなものがあるでかい手だ……
「……コレも魔導具ってやつですか?」
「そんなところじゃな」
「……なるほど」……手品だったとしても凄いぞ。
……ローゼルさんが杖の先で、火の下の魔導陣をちょんちょん突ついた。一瞬魔導陣の魔炎が揺らめいた……そして……
「……ではショウよ、手を炎へ……」
「いやいやいやいや! アホですか!? やりませんよ!?」
「見たじゃろう。すぐ治る。ほれ、ほれ」
そう言って促すが、できるわけがない。できるわけないからだ。
手品かもしれないし……だったら安全なのか?
……一旦落ち着こう。変な構文使ってるぞ。
「……何の為に?」
「夢なら何ともなかろう?」
……そうゆうこと?……嫌だが?
「……これはな、騎士見習いの子供が行う通過儀礼のようなものだ。大丈夫だ、跡も残らん」
……騎士?……少年の心が疼く響きだ……でも嫌だが? 断じて断る!
「……怖いかもしれないが、すぐ直せる。見ただろう?」
……えぇぇ
「恐ろしゅうて出来んかのう……子供でもやり遂げるんじゃがのう……」
……いやぁ……
「怖くて勇気が出ないんでしょう。臆病なのは悪いことではありません。子供でも出来ることですが」
……
「子供でもやれるんじゃがなぁ……」
……お?
「幼い子供でもやり遂げるんですがね……臆病なのは悪いこ……」
「――やります!……やれますけど?……ちょっとアレだっただけですけど?」
……しまった。少年の心に背中を押されてしまった。ドロップキックだったかもしれない……一時の煽情に煽られて……ここは大人の弁識が前に出るべきだろうに……
「では手を出すのだ」
「……わかりました」
「何故、後ろへ回す?さぁ、手を前へ」
「……はい」
「何故、首を横に振る。さぁ、手を……」
……
「出せ」
……
「出さんか!」
……!!……ええい!!
「とぅ!!」……やってしまった!出してしまった!すぐに引き……戻せない!!
「――そういう試練だ」
――声にならない声を上げた。何してんだ? 俺は!?
「――もうよかろう、手当を」
!――早く早く早く早ぁーく!!!
あの小瓶の液体が手にかけられた。
その瞬間、先程と同様に魔炎が手を覆った。
――すると強烈な痛みが引いていった。
やがて魔炎が形成した魔導陣が消えると、そこには元どおりの手が弱々しく震えていた。
……おかえり……よく頑張ったな、俺の手。
「――どうじゃ?」
「もう二度とやりません!」――俺の意志は固い。
「いや、夢幻でないと実感したのか、だ……どうだ?」
「……そもそも夢の中では痛いとか痛く無いとか試したことないですよ!?」
「……では今度はもっと……」
「――! なるほど! 実感しました!! もう十分です! 絶対十分です!」
……もういい。確かに実感した。
こんな生々しい夢は見たことが無い……実感の方法が現実離れしてるが……死ぬほど痛かった。……熱いを通り越して痛かった。嫌な匂いももれなく嗅がされた……しばらく肉は食えないだろう……
明晰夢とも思ったが……二度目に目が覚めてから意識が飛んでないし、体も普通に動かせる。夢の中じゃまともに身動き出来ない。移動は全て不自然なものか場面転換だ。走ることはおろか歩くのもままならなくなる。第一、此処まで思考する事はできない。まともに足し算もできなくなるほどに思考が定まらなくなる……これまではそうだった……そしてこの事に思い至る事自体が夢でない事を物語っている……と思う……
……では……
……夢だと侮ってると、またあんな思いをするかもしれん……
……しっかりせねば……
「――コレでここが現世であると得心に至れるかの?」
「……はい、そう肝に銘じておきます……」
「それが良かろう。外は危険で溢れておるでの」
「……ここも外では?」
「この辺りは中央周域、まだ安全だ。厄介なのはあの山くらいだ」
――そう言って俺の背後に視線を投げた。
ゆったりとたなびく薄霞の向こう、遥か彼方に巨大な壁のようなものが突き出ている。
それが幾重にも……見た目はバベルの塔のようだが、それすら実際見たことがないのだから他に例えようもない……上は雲に隠れて見えない……巨大過ぎる……大樹のようにも見えてきた……
――そこには、月明かりに浮かぶ、巨大過ぎる柱の如く高く険しい山が聳えていた。
機関車が目立ちすぎて、気にも留めていなかった。
「大きいですね、頂上が見えませんね……山肌がキラキラしてる様ですけど
……何ですか?」
「頂上は雲の上じゃ。登った者は居らん。山肌はの、この地べたと同じ黒曜じゃ。光って在るのはその所為じゃ」
黒曜……石?……言われてみれば……ガラスじゃなかっ……いや、ガラスか。
「……危険なんですか?」
「竜の巣じゃ」
……何て?……竜……そういえばさっきなんか聞いた気が……
「……何か集めると願いを聞いてくれるやつですか?」
「……何じゃそれは……ニホンにはそんな竜がおるのか?」
「……いません」……違ったか。
「しかし……願いを叶えるというのは、当たらずとも遠からずじゃ……」
……遠からず?……何が?
「まぁ、よい。これであの魔導金の巨躯……キカンシャについて聞ける様になったじゃろう……ほれ、もうじき彼方も終わる頃じゃろうて……」
俺ももうお腹いっぱいだ……いや、何だか腹は減ってる……
「――っおわ!」
――着信!?……いきなり震えて焦った。……スマホだ!忘れてた。
「どうした? 慌てて」
「スマホです! 持ってるの忘れてました!」
「すまほ?……何じゃ魔法かの?」
「まあ、当たらずも遠からずって感じです!――これです!」
おもむろに胸ポケットから取り出して二人に見せた。
「……手帳?」……どゆこと?
「――! 魔導書ではないかの!? お主何処でそれを?……なかなかのものじゃ……これ程の膨大な術式を此処迄編み上げるとは……片手で……しかも手に乗ってしまうではないかの!……呼んでおるではないか! 早うせい! 開いて見せい! お願いじゃ!」
……またこれか。さっきもあったな……しかし俺も気になる。
俺のスマホは?……高かったんだぞ? 買ったばかりだったんだぞ?……手帳って何だよ?……折り畳めることしか共通性無いぞ……震えてるぞ……帽子も震えてたな……?
「……震えてるんですが……どうすれば?」
「お主が所有者であろう? 魂に紐づいておる! 早う開いて見せてくれ!」
「……導師、落ち着いてください……ショウが酷い顔してます……すまんなショウ、こうなっては手に負えん。とりあえず開いて見せてやってくれ」
おお……ライラーさんが引いている……まあ俺もだが……しかし開こうにも、手帳なのに開けない……。
サイズはスマホと同じか……っていうかスマホが手帳サイズだったんだ……表には文字がある。
「――魔導列車乗務員手帳」……? 日本語だな……魔導列車?……思わず機関車を見た。
「今何と?……何と申したんじゃ?……その皮表紙は黒竜じゃな……素晴らしい……」
「……魔導列車乗務員手帳……です」
「おお、それは?……何じゃ?」
「……おそらく、魔導列車というのが……アレでは無いかと……思います」……多分。
今もなお、絶賛魔炎を纏っている最中の蒸気機関車を指さした。
「おお、魔導……列……車……確かに! 連なっておる! 連なる車……列車じゃ!……して、……その後は何じゃ?」
「……手帳です」
「それは分かっておる!……魔導手帳じゃな! 素晴らしい!……其処此処に魔導金の装飾がされておる……控えめで品があるのう……今、それはよい!……その前じゃ、何と云うたんじゃ?……?」
「……乗務員……ですか?」
「乗……務……おお! 御者じゃな! あの……?」
「……魔導列車?」
「そうじゃ! 魔導列車じゃ……魔導列車の御者の為の魔導書……いや、魔導手帳じゃ!」
……となると、アレは魔導列車で、この手帳がポケットに入っていたということは……
「では、御者……乗……務……員……か?……乗務員! 乗務員は誰じゃ?」
「……俺が御者……もとい、乗務員……って事ですか?」
――!!……いきなり手帳が開いた。
「おわっ!……勝手に……何だ?」
「おお!……ショウ、魔導書がお主を正当な所有者と認めたのじゃ……」
「……何故?」
「……自覚したじゃろうて……今さっき」
……したような……したのか。
――開いた頁には、何かを書き込む項目が、あの蛍の光のようなものを放っていた。
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