三号車 『ショウ・アット・ザ・マギ・ゲート』
「――冥界!?」
「此処に立ち入るは、愚か者か世捨て人くらいのものじゃ」
思わず二人の顔を見てしまった。……どっちなんだろう?
「……我々はどちらでもない」
おっ、見透かされた。なぜわかった?……鋭いな、厳オジ。
「……顔に想念が滲んでおるぞぃ。儂は世捨て人じゃ」
「……導師」
そう嘯くような爺さんを、厳オジが軽く嗜めた。
……まさか、気がつけば冥界とは……機関車が金ピカなのが別な意味にも思えてきた……
「あの……お二人は一体……?」
「俺はフェイデル……フェイデル・ライラーだ」
言いつつ、右手で外套の左側を捲って肩に掛けた……剣か? それを見せた。……何かそういう作法っぽい。……柄頭に紋章が付いてる。なかなかかっこいい。
「こちらは、ラルゴー……『魔導院』の導士総院長である……ローゼル導師だ」
お偉いさんか? 総院長って言ってたぞ?……っえ? 魔導院?……また魔だ……
「お前さん、名は何と申されるんじゃ?」
「ああ、……大変失礼しました、私は『井上 勝』と申します。こちらから名乗るべきでした」
やってしまった……最近、目上の人と付き合いないからなぁ……なぁなぁになっちゃうんだよなぁ……
「……イカミショウ……変わった響きの名じゃのう……」
なんか苗字と名前が一つになってる気がする……
「あの、『井上』が苗字で『勝』が名前です」
「ほう、家名が前に来るのか、ではショウじゃな」
「はい、『ショウ』です」……恥ずかしい……わざとじゃないんです。
「して、ショウよ、先程申しておった……ニホンは何処の大陸の王国なんじゃ?」
発音が2本になってるな……それはまあいいか。
「いえ、王国ではありませんよ。王様はいません……あ、でも天皇陛下はいます。あと大陸じゃないですよ、島国です」
「なんと、王がおらんのか……テンノウとは?」
「まぁ……あえて言えば皇帝……かなぁ……」
「帝国!?……ア・トレンタルラにあったという帝国か?」
厳オ……ライラーさんが食いついた。
「多分、全く関係ないです」
「……そうか……違うか」
気を落としたぞ……何で?
「ライラー卿は英雄譚に目がないでの」
「……子供の時分のことです」
「我が神眼を根源へ捧げる――などと言うておったではないか。眼帯なんぞしよってから……我はファギロスである……とか言うとったじゃろ? 今でもやっとるのか?」
「やりません! もうお忘れください」
ふぉっふぉっふぉ……と笑いながら爺……ローゼルさんが茶化した。イメージ通りの笑い方だ。
ライラーさんも苦笑いだ……どうやら長い付き合いのよう……ん?
……ライラー卿?……卿?……こっちもお偉いさんか?……なんか緊張しそう。……おっと、俺も聞かなければ。
「あの……ここが冥界というのは一体……?」
「ん?……そう呼ばれておるだけじゃ、儂らは死人ではないぞい。見ての通りじゃ」
「ただの地名でしたか、もちろんそう思ってました」……笑いながら教えてくれた。ちょっとよぎったけどな……
「――この大陸は、ミル-ドゥガリアだ」
「……始まりの大陸と呼ばれておる。他所の大陸との往来は、かれこれ数千年無いのぅ……」
……全くピンとこない。まぁ地理に明るいのかと問われれば……そうでもない……そうだ、もっと色々訊くことがあるんだった。
「何で、言葉が……話ができるんでしょう?……帽子で?」
「……何一つ理解しておらんようじゃのう……もしや魔導具が如何なる物であるのかも解らんのかの……?」
「……はい……?」……魔導具……また魔だ……道具はいいが魔は何だ?
「……どうやらそのようじゃのう……魔法は解るかの?」
――はい、来ました、コレ。……夢確定。やっぱりそうか、そうだよな。うん。
「……理に落ちとらんようじゃのう……お主の身に着けておる其れ等は全て魔導具じゃぞ。上から下まで全てじゃ」
言われてまじまじと見直す。――帽子のような不可解な物なのか?……まぁ夢ならもうすぐ覚めるだろう……夢と認識したし、明晰夢にも限界がある。……はずだ。……絶対……多分。
「……じゃぁ、この制服的な物にも不思議なことが出来るんですか?」
「……そうじゃのう……看たところ皆、複数の魔法が仕込まれておるようじゃ。素材は全て竜種の物じゃな。留め具などは皆、魔導金じゃ。おいそれとは手に入れられる物ではない。……国宝でもおかしくは無い逸物ばかりじゃ」
「……竜に魔導金……ではその濃緑の肌は古竜の物ということでは……?」
「そう成るのう……滅多に御目に掛かれんぞぃ。良く拝んでおく事じゃ」
そう言ってローゼルさんは快活に笑った。言われてライラーさんが凝視し出した……厳つい……が、それより……
「さっ……き……魔法……って……仰っていました……よね?」
こんなおかしなこと尋ねたら……普通なら生暖かい目で見られてしまう。
まぁ、俺が言い出したことじゃないからサッと聞けばいいんだが……常識が邪魔をして探り探りになってしまった。
「魔法が如何かしたかの?」
「……言葉の綾、的なものではないんですか?……比喩的な感じの……?」
「……言葉の綾とは……現に、お主と話が通じておるじゃろう?」
「これが魔法ですか?……帽子の魔法?……なんですそれ?」
「別に珍しい魔法ではないんじゃ……言葉に縛られることなく意志を伝へ受け取る魔法じゃ」
……意志を……翻訳してるのか?……なるほど、だから話が通じるのか……とはならんよ?
「……ただの帽子でないのは実感していますが……理解が……」……追いつきません。
「……まだ混乱しているのではないか?……今はそれでいい。いずれ得心することも出来よう……」
「……しかし難儀じゃったろうに……その身でよくぞこの地に辿り着けたのう……奇跡にでも遭うたかの?」
……奇跡……というか奇妙な体験なんだが……落ちた体験も、落ちてる最中の体験もなかなかに理解不能だ……ここでの出来事だって、現実とも夢の中とも判断つかない……
「どうじゃろう……一体、何があったんじゃ? 聞かせてもらえまいかの?」
……全く説明できる自信がない自信がある……しかし、聞いて貰えばなにか展開があるかもしれない……とりあえず全部話してしまおう……所詮、夢の途中だ……後は野となれ山崩地裂だ!
「……実は――」
――
「――という訳なんです。……自分にもさっぱりでして……」
すべて正直に話した。話してしまった。二人とも神妙な表情だ。……そりゃそうなるだろう。
「……導師、これは……?」
端麗な白髭。それをゆっくりと扱きながら、黙考していたローゼルさんがゆっくりと口を開いた。
「……波に乱れはない……真実じゃろう……」
「……波?……何か解ったんですか?」……まず波がわからん。
「……ショウの話の一切を導釜に投ずれば……このような事が起こり得る魔法が一つだけある……いや、あった」
ローゼルさんは、未だ、燃えるような光……魔炎と云ったか?……それを纏ったままの列車に視線を投げた。
「……あった?」 ……とはどういう意味ですか……?
「あった。――古代魔法……『遷魂』じゃ」
「遷……魂?……それは?」 ……何ですか?……古代魔法? 魔法に古代とか現代とかあるのか?
ローゼルさんは、傍の杖を手に取ると、立ち上がって少し離れた。
杖に両手を添えると静かに目を閉じ、一呼吸した。そして――
「――聴給、眸給……古ノ竜ヨ、万物ノ王ヨ、我、魔導ノ深淵ヨリ欲ス、祈誓ノ言霊ヲ懐諾シ、理ノ鎖ヲ解キ辟開シ、願意ヲ根源ヘ届ミ給ヘ……」
……なんか学生に戻った気分だ……古文……漢文……珍紛漢紛……
そんなくだらないことが脳裏に過った、その時、杖先で地を穿った。
瞬間、杖先から幾重にも波紋が広がり始めた。
――魔炎。あれが幾重にも、炎の波紋を地に描いていく……
それがローゼルさんの足元に届く頃、再び波紋が幾重にも生じた。――今度は渦を巻きながら、鱗状に広がってゆく。
……みたことある……なんちゃらッチ数列みたいだ……なんだっけ?……
それらの鱗状の文様は回転しつつ、像を成し広がっていった……やがてそれらが、記号のような象になった時、それに気づいた。
……あれ……読めるぞ……
「……我を崇び求めし者よ……魂魄を捧げ望みを示せ……さらば果実は与えん……」
……なんだコレ?……不思議だけど綺麗だなぁ……
「――読めるのか!?……是れが!読めるのじゃな!!」
顔を上げると、ローゼルさんがすごい目でこちらをみていた。……出会ったばかりのことを思い出す……ついさっきだけど。
「……すごいですね、これアレですよね?……魔炎? でいいんですか?……何スカこれ?」
いかん……見るのに気を取られてタメ口きいてしまった。……気をつけよう。
「……是れは『魔導陣』じゃ……それも古代のものじゃ……
儂等も全ては読み取れん物なのじゃ……が、読めたのじゃな?……『古代魔法文字』を……?」
「……あ、……はい」……まずかったか?でも読めちゃったから……。
「……導師……一体?」
ライラーさんが問いかけると、それを軽く手で制し、こちらに向き直り語り始めた。
「……魔導陣とは『門』じゃ……」
「門?」……ローゼルさんは深く頷くと言葉を続けた
「如何にも。門じゃ……『魔力』を招き入れる門なのじゃ」
「魔力?……誰です?」……アレ、人だよね?招き入れるって言ったよな?……エネルギー的なやつ?
「……ショウよ、お主の居ったニホン……異界には魔力は無かったのかの……?」
「?……ないと思いますけど……私の知る限りでは……?」……多分……きっと……知らん。
「――魔力とは、想念を結実させる力じゃ。――万物は想念が具現化した結果である――石ころも、草花も、儂やお主も、大地や、空も星々でさえも、全てじゃ……」
……エネルギー的な方か……話がデカくなってきた。……俺もなの?
「……魔導陣は、その魔力を『魔界』より招き入れる為の門という事じゃ」
……魔界?……まさか魔王とかいるのか?
「……魔界って、魔王がいる所ですか?」……聞いてしまった、つい……
「魔王?……魔王など居らぬよ。魔王が居るのはまた別の大陸じゃ」
いるのかよ!……別の?……ここに居ないならいいか……
「……魔導陣?……が、門であって、この世界の門が開いて俺の居た世界に繋がった……それを潜って、今ここに居る……ということだと……?」
「……まぁ、そうじゃのう……神話の通りならば……じゃがな」
……神話?……
「それって、実際起こり得ることなんですか……?」
「……魔法とはそう云うものじゃ」
「……魔法……魔法って何なんですか?」
「……魂の想念……願いが魔力に届いた時に起こる奇跡……これを『魔術』と呼ぶ。意図せずとも起こり得るものじゃ……この理を解き明かし大系とし、法として織り上げた人の業……それが『魔法』じゃ……」
……さっぱり……いや、諦めるな俺、不思議な奇跡が魔術、それを人が使えるようにしたのが魔法……か?……ある意味科学なのか?
「……その奇跡が起きたと……」……いうことですか?
「……それ以外、起こり得る事は無い……じゃろうて……」
――まいった……どうやらパスポートなしで越境したらしい……
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