二号車 『ザ・ファイアーマンズ・スコップ』
――声のしたほうへ視線を向けた……とにかく笑顔で応対だ……
――見ると、薄霞を巻き込みながら誰かが走って来る。
……何か肩に担いでいる……銃か?……っていうか速すぎねぇか!?
爺さんの背後、遥か向こうから、バイクにでも乗ってるような速度で迫って来る。
……あんな遠くから声が届いたのか?
……と思っていたら、もう爺さんのすぐそばまで来てしまった。
ここ迄の道すがら巻き込み引き連れてきた風が、辺り一面の薄靄を吹き飛ばす。
遅れて追いついた巻き風が、薄靄をこちらに吹きかけた。
……物凄く厳つい。
……担いでいたのは銃ではなかった……棍棒?……そこそこでかい。あれでぶっ飛ばされたら死ねるぞ……
「導師! 大事は!?」
まー無いっちゃ無いし、あるっちゃある……かもな。……導師?
「何があった!!」
――いきなりこっちに話が振られた!……何って言ったって……
「いやぁ〜、何か酷く落胆なさったようで……私も解りません。実は私もここが何処だか……」
そこまで言って気がついた。厳ついおじさんが、目を見開いて俺を凝視している事に……いや、俺じゃ無い。
視線の先にあるものは蒸気機関車だ。金ピカの。
「……波動が?……こ……れは……?」
「あー……解りません……いや、蒸気機関車です」
……これはわかってたわ……金ピカだけど。
言ったきり、厳つい顔を困惑に変えた。何かが気になるようだ。まぁ、そうだろう……色々と。
一瞬、厳つい視線をはずし、纏っていた外套の腰辺りに落とす……
「――怯えている?」
……すぐにに視線は機関車へ戻された。……怖いのか?……?
「蒸気?……今何と、何と申したんじゃ?」
爺さんが復活した。
「導師! 大事無いですか!? いきなり跳躍なさるとは!……杖まで放って行かれて! 肝を潰しましたぞ!」
……棍棒じゃなかった、杖でした。しかもお爺ちゃんの杖か。
「何と申した!?」
「……解りません。……ですか?」
「そうでは無い! 湯気がどうしたんじゃ!? 言っておったろう!?」
……湯気?……湯……気……ぁあ……
「あー……蒸気です。蒸気機関車です」――こっちね。
「機関?……車?……絡繰りの……車……?」
「まー……そんな感じですね」
「動くのか!?……動けるのか!? どうなんじゃ!!」
「あー……解りません……ところで、ここは何処だか……」
――!!
おわっ!? また汽笛だ、なんだって……
振り向くと、運転室の中央に鎮座した汽罐の背。その少し前、足元のペダルが光った。……いや、光ってるわけでは無いようだ……
「……どうしたんじゃ?」
「いや……何か……なんていうか、黄緑色の炎っていうか、煙というか……そんなのが立ち上ってるっていうか……解りません」
立ち上るそれを目で追うと、焚口戸が目についた。設けられた小さな通気孔から、同様な光が時折漏れる。
「思考を諦めてはいかん! 儂もそこへ……!!」
近寄ろうとして何かに弾かれた!
「導師!」
爺さんが何かに弾かれた……ように後ろへよろめく。厳ついおじさんがそれを素早く支えた。
実にスマートで紳士だ。厳ついけど。
「結界じゃ……素晴らしい……これ程のものは、迷宮の深層でしかお目に掛かれん……」
……結界?……迷宮?……?
「導師!」
「……大事ない……そうじゃ! 中は如何なっておる? もっと近よ――」
――何故か光に気を奪われて何も耳に届かない……そのゆらめく光に誘われるまま近づいた。
その時、聞こえた……気がした。
……踏め……と。
一歩前に出て……
――踏んだ。
!!
踏み込まれたペダルが排気音を吐き出す。同時に罐の焚口戸が金属音を響かせて、左右に割れ開いた。……何でそんな名前知ってるんだ?
そこから覗いた焚口からは、ペダルから立ち昇っていたものと同様の光が漏れ出した。
まるで、蛍の光を集めたような優しい光が溢れてきた。
見た目は炎のようだが全く熱く無い。
そして、その火室で息づく蛍灯彩の渦の中にそれがあった。
火室の中の空間に浮かび、静かに、ゆっくりと自転している……
「……スコップ……?」
いや……知ってる。なぜか。石炭を掬うアレだ。……これも金ピカ……なぜ中に?
「何が起きておる? 儂も見たい!」
……ちょっと黙ってて。爺さんの声で我に返った。それから……導かれるようにそのスコップに手を伸ばして――掴んだ。……掴まないわけにはいかない、という何かに掴まされた……
――瞬間、火室の中で蛍灯彩の炎が逆巻き、焚口から放たれた。轟々と勢いを増し、止まる気配はない。
「!! 熱っ……くな……い?」
手にしたスコップが離れない。いや離せない。……なぜか離してはいけないと感じた……
光は既に外にまで漏れ出していた。前方の窓からは車体に沿って広がる光が見える。炎のように揺らめいている。現実とは思えない。
「見たーい!!」
……スコップを持って外へ出ようとして、手摺りを掴もうとした。……意識が遠のいていく……ついに目が覚めるのだろうか……
……そこで意識を失ったようだ。
――
――目が覚めた。
……何の音だ……うるさい。
寝ていたのか?……ほんとに夢でよかった……どうせならもっと素敵な出逢いの夢が良かった……お爺ちゃんと見つめ合う夢とか……。
ホッとしたのも束の間、とはまさにこのことか……何この既視感?
……
何か言っている。誰だ?外国語か?
……
……まだなにか言ってる?
――頭に何かが触った。
「……これでよかろう、どうじゃ? おぉ、目が覚めたかの?」
――見つめ合う二人。
……見覚えのある白髪髭が覗き込んでいた。……そうか、帽子か。……まだ続いてるのか。
「……まだ夢の中か?」
「何を寝ぼけておる、中で何があったんじゃ?」
……まだ言っているのか、もう話して……なかったか……
「おお、気が付いたか。起きられるか?」
……厳ついおじさん……夢じゃないのか? これ。
とりあえず起き上がってみる。
……ん?……座ってみて気がついた……低い所には靄が掛かっていない……霞ってこういうものだったか?……
……体調はなかなかに良い。まあ寝てばかりだったからな。……っていうか今も寝てる可能性が捨てきれん。
薄明るい中で焚き火が燃えている。
……炎の灯りと暖かさが、混乱気味の心を落ち着けてくれるようだ。
「……大丈夫みたいです。ご心配おかけしました」
「中で何があった? して、あれは何なんじゃ?」
老人が捲し立てて来る。……探究心が重いよ。
「それは一体どうしたのじゃ? 中で何があった? あれは何なんじゃ?」
……それしかいえないの……
「ぉ……お?」
右手はあの金ピカスコップを握ったままだった。光は既に失われていた。
「安心せぃ、ずっと握ったままじゃったぞ。もう済んだようじゃ、離してもよいじゃろう」
……離しちゃダメだったのか……?
「これは何なんですか?」
スコップを見せながら聞いてみた。
「何じゃ、お主にも見当がつかんのか……見たところ何かを掬うようなもののようじゃが……」
「いや、それはわかっています。石炭を掬う為のスコップです」……アイスクリーム掬うやつのラスボスみたいな感じだが……
「石……炭?……燃える石か!……あんなものどうするつもりじゃ?」
「……燃やすんですよ?」……疑問形になってしまった。
「それでどうするんじゃ? 煙が立つじゃろ。煤だらけにじゃぞ」
相変わらずグイグイ来るな……
「燃やして……例えばさっき乗ってたアレを走らせます」
「……!! それは真か!! あれは走るのか!? それで車があれ程までに付いておったのか!! 素晴らしい!!」
老人が両手を広げて俺を称えて……いた訳でなく、俺の……後ろを見ていた……?
――つられて振り返った。
そこには依然として機関車が……いや、まったく依然としてない。
あの時覆った光が全体を覆っていた。ゆらゆらとして、まるで燃えてるようだ……
機関車も、炭水車も、スハフすら覆い尽くして……
あれ?……そうだった……何で分かるんだ?
機関車はともかく、あれが炭水車だとか、客車に至っては形式だったぞ……思えば前に目覚めてからずっとそうだった。運転台廻りも罐廻りも……何でこんなに列車に詳しいんだ?
「どうしたんじゃ?」
爺さんが顔を覗き込んできた。
「まだ、早かったのでは?」
……早かった?……厳ついおじさ……厳オジが、何か含みのある言い方している……
「それはあるまいて、魔炎は完全に消えておった。もう縁は結ばれておる。門は開いておる筈じゃ」
……なんか困惑してたら色々気になること言ってたぞ。……門?……魔……何だっけ?……聞こう。
「早かったというのは……?」
「案ずるでない、すぐに技能が降りて来よう。……しかし、随分と遅い開門じゃったのう? お主、歳は幾つじゃ? 今まで何をしておった」
「降りてくる?……ああ、歳は三十九です。……いや、すぐに四十になります。個人で開業してます」
「?……四十? 長いこと開門しなかったんだな……何故だ? 呪いにでもかかっていたのか?」
「いや、まさか、そんなわけないでしょう。何で呪いなんですか」……スベってるぞ、厳オジ。
「……何をしておると申したかの?……個人で……商人かの?」
「いえ、面白そうなプロジェクトなら参加する感じですよ。コードからグラフィック、企画なんかも手掛けてます。今はAIがありますしね……」
「面白そう……? ならず者なのか?」
厳オジが畳み掛けてくる。
「違いますよ! フリーランスです」
「……傭兵か?」
「まさか……さっきから発想が物騒ですね」…… また韻を踏んでしまった。
「……その出立ちは見慣れぬ物じゃが、獣に育てられた訳ではあるまい……国は何処なんじゃ?」
「日本です。なんか目覚めたらここでこんな制服みたいなもの着せられてたんですよ……自分の服が見当たらないんですよ」……獣って……そんな訳あるかい。
「……導師、ご存知ですか?」
「……まさか別の大陸から……まさかのう……」
……こちらからも色々尋ねなくては……しかし独特な服装だなぁ……何か民族衣装なのだろうか……
「……ところで、上等なお召し物ですね。そちらは……中に着てるそれ、鎧みたいなベストですね……何の皮ですか……お二人も独特な出立ちですね。あ、私が言えた義理じゃないですよね。ハハハ……」
……一言多かったか?……まあ、いいか。
「しかし、いきなり此処へとは難儀じゃのう……何があったんじゃ?」
「いやぁ……一体何がなん……っは!」
最初の用事を忘れていた。服装どころではなかった。
「ここは一体、何処なんですか?」
「――此処は、万魂の生じ、還る処とも云われる禁足地……我々は『冥界』と呼んでおる」
禁足地?……入っちゃいけなかった……の……
「――冥界!?」
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