一号車 『ホールド・オン・トゥ・ユア・マギハット』
――目が覚めた。
……何の音だ……うるさい。
寝ていたのか?……夢でよかった……
ほっとしたのも束の間……とは正にこのことか……ここ何処?
まだ、ぼうっとしている。
……ここ何処だよ? 部屋では……ない。……薄暗い……外か?
――分厚い雲を見上げていた。夜にしては明るいが、昼にしては暗い。
霧ほどは深くない。薄霞が辺りを漂っている。
寝過ごして昼夜の区別がつかない……そんな感じだ。
このまま二度寝しそうだ……
――!!
けたたましい音が鼓膜を突き刺した。
警笛だ。
「……ぅるっせぇ……っぇええ!?」
一気に目が覚めた。
咄嗟に半身を起こすと、そちらへ振り返った。
――でかい。……しかも金ピカだ。
目の前には、黄金の蒸気機関車が異様なほどの威容を放っていた。
……何で?……理解が追いつかない。
……まだ夢の中か?……明晰夢だ。そうだ。それだ。目は覚めてなかった……
そう理解して、目が覚めるのを待っていた……
――その時
――!!
ふたたび警笛が響き渡った。
本当にうるさい! 気持ちをざわつかせる響きだ……思わずたじろいた。
今度こそ完全に目が覚めた。……多分。
しかし、眼前の金ピカ蒸気機関車の存在が、目覚めた自信を奪い去る……
……何だこれ? こんなの初めて見た。
――圧倒的な存在感だ。
現実離れも甚だしい。……やっぱり夢だからか?……いや、目覚めてる……と思う。
何故か機関車の周りの霞は晴れている。他はどうなのだろう。
見渡す限りの薄靄だ……広すぎて判断つかない。
やおら立ち上がると、誘われるように機関車に近寄った。
煙突も、運転室も、動輪でさえも、よく磨き込まれ、眩いばかりに黄金の輝きを放っている。
炭水車も、後ろのスハフも何から何まで金ピカだ……
目の前のボイラーの円筒形の側面でさえ、鏡のように映り込むほどだ。
特徴的な除煙板もそのままだ……金ピカだが。
……何だ?視界の端で壁面に何か写り込んだ。
それが気になり、確かめようと顔を寄せた。
――映り込んだものがこちらを見た。……俺が映り込んでただけだった。
……気になったが、湾曲したボイラーに映る像は、歪んでいてよくわからない。
運転室の方に移動する。こっちならよく見えるはずだ。
――艶のある髪……ではない。……寝癖ではねた、癖の強い黒髪だ。
だが、張りのある若々しい肌……でもない。そんなものはそもそもない。
――しかし、眼光は鋭くギラギラとし……ていない。まったく。
寝ぼけた目をしたお疲れ肌の男が、口をぼけっと開けたままこちらを見ていた。
――これが俺?
そうです朝見た時と同じです。
まぁ良かった……良かったのだろうか。
寝癖が気になり、懸命に撫でつけているとはたと気づいた。
……何を着てるんだ、俺は?
なにやら……制服か?……軍服か?
少し機関車から離れて全身を見た。
濃緑色の制服のあちこちに金ボタンや金モールで飾り付けられている。
上から下まで俺の服じゃない。……俺の服は?
……ビンテージの大戦モデルは?
スウェードのロングジャケットは?
チョコレート・ブラウンにいい感じでエイジングされてたのに……
よく見りゃ靴も俺のショートブーツじゃない。……こっちの方が上等そうだが……。
――帽子もない。俺のレザーのお洒落ハットは?
あたりを見渡すと、傍に帽子がおちている。拾い上げた。
これはいわゆる官帽だ。制服と同色。どちらもなかなかいい生地……皮か?……分からん。俺のお洒落ハットじゃない。
――それでも寝癖を隠すために被ってみた。
「……わるくない……」
運転室の壁面に映った姿を見る。なかなか似合ってるじゃないか。……誰が馬子にも衣装だ。
しかし、それが大切にしていた物を失った悲しみを慰める術とはならない!……天を仰いだ。
――分厚そうな雲の切れ間から、二つの月が機関車を照らしていた。まるでライ……
……二つ……?
「…………はぁあああ!?」
機関車が光り輝くわけだ。一つ多い。
官帽を脱いで両目を擦り、再度目を凝らす。……見間違いではない、確かに二つある。
「……何だよこれ……」
……やはり夢か……全然覚めないじゃないか……
その時、機関車の向こう側から妙な鳴き声……いや、言葉か?……日本語じゃない。
確かめようと動輪越しに覗き込む。
が、それでもよく見えない。機関車と炭水車の隙間から覗き込んだ。
……が、丁度見えない。
――しかし人のようだ。
……話を聞ければ、何か分かるかもしれない。
……行こう。
小走りで客車の後ろから反対側に回り込んだ。
そこには絵に描いたような白髪髭の老人が、機関車を見上げうわ言のように何かを喋っていた。
驚愕という所か?……酷く興奮している。……まぁそうだろう。俺だって同じだ。
そんなシンパシーを感じたのか、老人が不意にこちらを見た。
――見つめ合う二人。
……とりあえず話しかけながら近づこう。
とにかく笑顔だ。人畜無害アピールだ。
「あのー……すみません、つかぬこと……変なこと聞きますが、ここ、どこだかわかりますか?」
老人は目を見開くと、堰を切ったように話しかけてきた。……まったくわからない。構わず日本語で話す。
「言葉、わかりま……せんよね……」
……やっぱりダメか……っお!?
驚いて手にした帽子を落としてしまった。いきなり震えたからだ……
慌てて拾い上げると、再び震え出した。……まるでバイブ通知のようだ。
すると老人がこちらに歩み寄りながら、身振り手振りを交えて懸命に話しかけてくる。
……さっぱりわからない。
派手さはないが、上等な生地の……ローブ?……を、身につけている。身なりは良い。それ以上はわからん。
あまりにもグイグイ来るので困惑していると、老人が自分の被っていた帽子を、脱いだり被ったりを繰り返し始めた。潰れたシュークリームみたいな帽子だ……一体何を……
……おお! 帽子を被れと!……何で?
しかしあまりに熱心に勧めてくるので、いったん被ってみた。
「……そうじゃ! どうじゃ? 儂の言葉が分かるかの?」
おお!
「はい! わかります!……何で?」
「分からずに持っておったのか? そのような逸物を……それは魔導具じゃ。それも相当複雑な術式を組まれておる。――それより
……何故、此処に?……いや、どのような手立てを使うて此処まで来たんじゃ!? これ程大量の魔導金をどうやって工面したんじゃ!? 魔力はどのように呼び込むんじゃ!? 膨大な魔力が必要な筈じゃ!?……魔導力はどうする? 魔石を使うのか? この中はどう成っておる!? これは絡繰り仕掛けなのかえ!? 名のある熾族の手に依るものなのかえ!? どうなんじゃ!? そもそも……何故、生きておるのじゃ!? 意志を感じるぞぃ!? どの様にして魂に連なる者と成ったのじゃ!?…………一体……これは何なんじゃ?」
一気に捲し立てられたぞ。
何言ってるのか珍紛漢紛だ。
機関車の方を何度も示しながら、身振り手振りを交えて熱弁された。
情報詰め込みすぎだ。初めの方はもう忘れたぞ。
……生きてるって言ってなかったか?
何が? 生きてる?……まったくわからないよ、お爺ちゃん……?
――!!
また警笛が鳴った!?……思えばさっきも鳴っていたな……
――誰か乗ってるのか?
爺さんの脇を抜けて運転室に駆け寄った。
……中にいる気配は外からわからない。
上がって確かめようとしたところでそれは起こった。
「手摺りよし、足掛けよし……っえ?」
――口が勝手に動いた。しかも指差しまで行った。ビシッと。
流れるような指差喚呼だ。
思考停止しそうだ……が、我に返った。運転室を確かめなければ。
指差しまでして確認した手摺りを掴むと、足掛けを蹴って乗り込んだ。
……誰もいない。
……何で鳴ったんだ……?
――!!
……また……誰もいないのに鳴った。
困惑していると、外から呼ばれた。爺さんだ。
「どうしたんじゃ!?」
下を覗き込んで答えた。
「誰も乗ってないのに、勝手に警笛が鳴って……」
そこまで言うと爺さんは呆れたような不可解な表情をして言った。
「だから、生きておると言うたではないか?」
「……え?」
「生きておる」
「何が?」
「お主が今立っておる『この者』じゃ!」
お爺ちゃ……老人は機関車を指して目を見開いた。
……。
――運転室の中をまじまじと眺める。
「……生きてる?」
――!!
また鳴った!…………返事してるのか?
――!!
……どうやらそのようだ。肯定の感覚を感じた……いやいやいやいや……やっぱり夢か?
――!!
また鳴った?……が今度は否定の感覚が伝わってきた。
「……まじか……」機関車と話せるマンになったのか? 俺は?
「どうじゃ? 理に落ちたかの?」
「……はい」言いながら首は横に振っていた。
「どっちじゃ!」
突っ込まれてしまった。
――気を取り直し、再び運転室の中をまじまじと見た。
……進行方向左側に運転台。
加減弁と制動弁のハンドル……逆転機……
左端にボイラー圧力計、給水加熱器蒸気圧力計、暖房用蒸気圧力計
中央左には過熱蒸気圧力計、右には自動ブレーキ圧力計、右端には元空気溜圧力計。
運転台正面の速度計、火口を挟んで水面計が並んでいる。
そして前方中央に汽罐が鎮座している。
何処もかしこも、磨きあげられた真鍮のようにピカピカだ。
生きてると言われても……ラグジュアリー感はすごいが、昼に見た蒸気機関車そのものだ……ん?
……おかしい……機関車もおかしいが……俺がおかしい……
「……何で知ってるんだ?」
運転台のハンドルや室内の計器類の隅々まで……知ってる筈はない筈だ?……韻を踏んでしまった。……そうじゃない。機関車のあれこれを知っている。
「どうしたんじゃ? 何故、生きておるのか……些細な事でも構わん、聞かせてはくれまいかのう?」
……そんなこと言われても……俺がここにいることすら理解できていない……俺が聞きたいくらいだ。
俺は、持てる知識、見識、無駄知識、すべてを注ぎ思考した。……そして、この理解不能な脳内論争を終わらせた。
「……さっぱりわからない」 ……常識が勝利した。
爺さんは奇妙な断末魔のような声をあげてその場にへたり込んだ。
「――導師!」
誰だ!?
一人じゃなかったのか?
――声のしたほうへ視線を向けた……とにかく笑顔で応対だ……
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