十三号車 『ロッド・ザ・ドライバー 』
――しかし、まさかこんな魔法だらけの世界でプレゼンすることになるとは……
「これからすることは、まずここを起点……出発点として、終点つまり目的地を定めます。そこを直線で結んだ区間を結界路線……結界の道を構築する魔法で移動する……らしいです」……そう記憶しました。さっき。
「なんと! 旅しながら……いや、旅した足跡が結界となる魔法じゃな! 素晴らしい!」
「まあ、直線っていうのが面倒な感じですが決まりだそうです。曲がったりできるんですけどね……機能的には」
「……それは結界構築における大綱の要諦たり得る根幹なのじゃ……そうか……結界を……」
なんか、納得してもらえたのかな?……では本題に行かせてもらいましょうか。
「……という訳で、目的地を指定してください……私はわからないので……」
何から何まですみません……笑っておこう。
「ならば先に申した……魔導院じゃな。儂等、魔導士達の終の住処――監獄じゃ」
……? 行っていいの?……
「導師、ショウが困惑しております……戯言はお控えください」
……ため息混じりのフェイデルさんの反応で冗談めかしたのだと理解しよう……大丈夫?
「安心せい、とって食おうとはせんよ。……皆、腰を抜かしよるぞい……魂魄を分かつやも知れぬぞい」
……笑いながらそう言うローゼルさんに多大なる感謝と、一抹の不安を覚えつつ……
「ではその目的地の方向を教えて頂けますか? 魔力が充分でなければ、結局出発できませんから……どちらですか?」
「……なんと?……ではまだ乗れんのか?……走れんのか?」
「魔力が足りなければ……無理です」……すべては魔力次第……釈迦に説法か……
ローゼルさんの断末魔が、本日二度目の霹靂を起こした。
「……フェイデルさん、どっちの方角ですか?……?」
「魔導院は、我々が来た方角……あちらにある。
この『冥界』の外輪山にある……この騎竜に惹かれて十日余といったところだ」
……外輪山にあるのか――竜は……? 速度が見当つかん……そうだ。
「馬車に換算したらどのくらいでしょう?」
「……そうか、馬車なら……半月だな。来る道は緩い下りだが、戻りはその逆だ」
……結構あるなぁ……ってか、時間の基準が分からなきゃ意味ないか……まぁ、まずは聞いてみよう……
「……ギロ」
手帳の裏表紙に開いた、深紅の眼がこちらを見る。
「ラルゴー迄の必要な魔力量を算出して、現保有魔力量から出発可能か教えてくれ」……これでいいかな?
即座にギロの眼前に魔導陣が展開した。……Sサイズのピッツァくらいの小さな陣だ……指示が提示される。
――起点ヲ定メヨ……か……とりあえず陣の中央に触れた。
さらに一回り小さな陣が展開、現在地を表した。
――冥界中央周域……ここが現在位置、つまり『起点』か……確認を促された。
「……ここは『冥界中央周域』で間違いないですか?」……フェイデルさんに確認する。
「そうだ、冥界中央周域で間違いない」
……陣にふれて確定する。――そのまま魔炎の波紋となって霧散する。
すると、小さな陣には新たな指示が提示された。
――終点ヲ宣言シ真眼ニ方神ヲ示セ……方角のことだな……
陣に触れて了承すると霧散した。
手帳をラルゴーがあるという方角に向け、ギロさんに見せた。
すぐに眼玉がグリグリと動き出す。方角を探っているようだ。その動きが止まると、ギロの眼前正面に魔導陣が展開した。格子螺旋が織り成す、Mサイズのピッツァほどの陣だ……
すると、さらにひと回り大きい魔導陣が、向こう側に層を成して展開した。
しばらくは大きさを微妙に変えながら、少し離れてはまた近づくような動きを見せる。
……まるでレンズを絞るような動きだ……それが定まると、格子螺旋の中から魔導文字を浮かび上がらせた。
――終点捕捉、魔導院――
……魔導院……位置が確定したようだ。
それから、層状に対をなす魔導陣それぞれが、小刻みに左右に忙しく方向を変えながら回転を繰り返す。
……計算中なのか?……ジーガチャ、ジーガチャ音がしそうな動きだ……やがてその動きが収まる。
役目を終えたのか、奥の陣が霧散し、手前の陣はゆったりとした回転に戻った。
……そこに格子螺旋の波紋が魔導文字を浮かび上がらせた。
――西南西、距離七百キロ――
……けっこうあるな……!……ちゃんと方位も距離も理解できるよう示されるのか……
……魔導陣が消えると同時に、結果を待っていたかのように腹の虫が鳴った。……もう腹減ったのか?……さっき食べたのに……?
「ポラール、導士糧を」
ポラール君が袋を持ってきてくれる。イケメンで働き者だ。
「ショウ、腹に入れろ。消耗が早いぞ、かなりの魔力が……エルリオンからだな……供給源はやはりエルリオンか……」
確かに消耗が……これは軽々しく使えないな……食い物がなければ。……魔石もってことか……
「ありがとうございます。食べ物が手放せないとは……」
「まあそんなものだ。魔石を扱う者で魔導を伴わぬ者なら皆こんなものだ。珍しいことではないぞ」
「なるほど……」ビッグなガラリオさんが細かい気配りを……俺も見習おう。
……とかやりながら、グラノーラバー的なやつをもぐもぐしていると、手帳が震えた。結果はどうか……。
魔導陣が新たに展開し、解答を表した。
「……魔導院迄の走行には……魔力が足りない……?」
本日三度目の霹靂が轟く……ごめんなさい、わざとじゃないんです……だが、今回は違った。
「……よい、此れより後の旅の行程を鑑みれば、魔力が不足するのも然りじゃ……斯くなる上は……更なる魔石を用意する迄」
スッと立ち上がると馬車……ではなく竜車、と言うのか知らないが、そちらをじっと見据えた。その相貌には強い意志が感じられる……気がする。
「……導師? もう魔石はありませんぜ?……火起こし用の五等級くらいでしょう? 団長の持ってた一等級はどうです? あれならそこそこの魔力があるでしょう?」
「既に使ってしまった。……? 導師、何をなさるおつもりですか?」
ふいに視線を外したフェイデルさんにつられて、皆の視線がそちらへ集まる……歩を進めるローゼルさんだ。
馬車……じゃなく……もう馬車でいいや……に向かったローゼルさんが馬車の下に潜り込み始めた。
「導師、もうこれ以上魔石はありませぬぞ……諦め召され……」
「何を申す、あるじゃろが……」
ローゼルさんは潜り込んだまま何かしているようだ。しかし、無い袖は振れないという。……あの竜は列車を引けないだろうか……いや……無理だ……
「もう諦めましょうや……持ってきた魔石はもう焚き付け用だけですぜ?」
「……あるじゃろう」
「……何処にあると申されるか?」
「ほれ、此処に……」
皆、奇異の目を向けている中、ポラール君が呟いた。
「……車輪の魔石を外そうとされているのでは……?」
皆がお互いの顔を見合った。みるみる表情が険しくなり目を見開く……そして……
「導師! それはなりませんぞ!」
「ありゃ本気の目だぜ……導師! それが無ければ帰りはどうなさるおつもりで!? 団長もお諌めくださいよ!」
フェイデルさんは天を仰ぎ手で顔を覆っている。気持ちはわかる。俺のせいでもあるのが心苦しい。……本当に。
一方、魔石をめぐる攻防は白熱の極みを迎えようとしていた。
「これも魔石ではないか、これだけあれば何とか成るじゃろ。
……それにの……箱車は竜牽じゃ。魔石が無くとも何とか成るじゃろ」
「この硬い大地を魔力なしで走るなんて……! 考えたくも無い!」
……この黒曜石のような地面じゃ大変そうではある。……本当に申し訳ない。
「なに、一時の辛抱じゃ、直ぐに慣れる。わしの若い頃は無かったんじゃぞ?」
「無くて難儀したから作ったんでしょう? 慣れる前に尻が割れちまいます!」
「もう割れとるじゃろ」
「穴が空いちまいます!」
「もう開いとる」
「ポラール! お前もお止めしろ!」
「師主……如何すれば?」
ポラール君も困惑だ。イケメンは困惑も絵になる。……本当にすまん。
「……もう俺は諦めた。導師をお止め出来るのはラルグラ導師くらいのものだ。……観念しろ」
「おお、取れたぞ! この調子で……待っておれよエルリオン……必ず共に魔導院へ参ろうぞ」
「……盗られた!」
ポッポッーー!
夜明け前の空気に響く汽笛には、謝意が感じられた……二つの意味で。
――
「ショウよ! 大収穫じゃ! サヴァールのお恵みじゃ!
……これならば魔導院迄届くじゃろうて」
いろんな意味で、あちこち汚れてしまったローゼルさんが誇らしげにやって来た。
後には観念したガラリオさんと、未練を捨て切れないファレオさんが魔石を携えている。
「……では、再び魔石を積載してみましょう」……本当にありが……申し訳ない。
「おお、早よう、早よ早よ、参ろうぞ!」
後ろの師弟は無の境地に至っていた――
――
――テンダーに魔石が落とされ、ドラムロールのように音を立てた。
「……! 最低必要量を超えました! ラルゴー迄の距離、片道を走るだけなら充分にもつようです」
「そうか! これは慶兆、良い旅になりそうじゃのう! ショウよ!」
……ようやく魔力の目処が立った。ここに置き去り、というのは避けられたようだ。
いったん手帳を仕舞い、腹の虫を導士糧で黙らせた。
――プレゼンとも呼べない立ち回りだったが、なんとか目処がたったか……結果オーライ、通常運転だ……うん。
……いよいよ出発が見えてきた。
「では、罐の様子を見て来ます。問題なければそのまま出発の準備に入ります。皆さんは?」
「儂は、ショウと共にエルリオンの様子を見てこようぞ、あとは任せたぞ、フェイ」
「では、旅跡は我々で払っておきます。――ショウ、準備が出来次第声をかけてくれ」
「了解です。では皆さん、後ほど」
会釈をしようとしたら敬礼が出た……やるつもりはないのだが、指差喚呼同様いきなり出てくる。いつか慣れるのだろうか……
……ローゼルさんを残しデッキにあがる。勿論、指差喚呼が起こった。
……どんなタイミングで発動するのかそのうち覚えそうだ。
――とは言え、俺のやることなどたかがしれたものだ。
――魔石の補充……さっきしたばかりだ……しかもこれ以上はない。
……無駄遣いはできない、片道切符だ。
――そうだ、後で切符を発行しないと……何やら記憶が改竄されているような違和感だが、やるべきことがどんどんと……まるでダウンロードされてる気分だ。
――罐の正面に立つと、大きめの魔導陣が展開した。
――エルリオンの自己点検が始まる。
車輪、走行装置各部、軸箱、配管の状態、蒸気がけたたましく音を立てる。
魔導水も既に満載の状態のようだ……水位計に異常はない。
各部給油、潤滑状態、漏油、漏洩。
連結器の状態、ブレーキ装置、テンダー周りなどなどエトセトラ……
すべての状態が魔導陣によって表されている。
それを一つ一つ指差喚呼で追認する。
確認を終えた魔導陣が次々と波紋となって消えてゆく。
……問題はないようだ。あればエルリオンが知らせてくれるはずだ。
ポッポッーー!
任せろという意思を感じる。勿論任せる。……君が頼りだ。
――俺には俺のやるべきことがある。
罐前のペダルを踏み込むと、圧縮空気の音と焚口戸が開く金属音がデッキ内に響く。
火室を覗き込むと、魔力は空間中央で、極小の藍色の太陽のように、時折紫炎を噴き出していた。
「順調、順調。……わるくない……」そう感じる。
ポォォッー!
エルリオンも同感のようだ。
まだ魔石の追加は必要ないようだ。
懐中時計を取り出して時間を確かめた。
……現在、午前五時十分……出発は六時コロコロ分頃だな……独特な言い回しに?……職能か。……ホントにこんな言い回しするのか……?……まあいいか。
背後の魔石取り出し口にはワンスコが浮揚し、待機する。使用時以外はここにいる。
――最後に罐を一瞥して、いったんデッキから降りた。
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