十号車 『ディープ・ブルー・イン・ライム・グリーン』
――
「――という感じです」
「……素晴らしい……正に理の埒を超えた奇跡の結実じゃ……」
……理解できたのか?……天才か。
「……お主が感じた魔力の重圧……あれはの、魔力の真っ当な振る舞いなんじゃ……」
振る舞い?……真っ当な?……?
「……魔力とはな、常に揺らいでおる……
形ある物とも振る舞えば、形なき波とも振る舞う……
想念に触れる迄はのう……」
……?
「……願い……即ち想念が魔力へ導かれるとな、魔力はその想念を汲み取り、正か負のいずれかに振る舞う……想念を受け止めた魔力は『正の魔力』として振る舞い、受け止めきれない想念が残滓したものが『負の魔力』として振る舞うのじゃ。
……お主も見たじゃろう? 黄緑色の魔炎。
こうして負の魔力は、天地の全てを満たし、存在するに至ったのじゃ。
……魔導陣によって招かれた正の魔力は、負の魔力を引き寄せ和合を遂げよる。
それが均衡した時、膨大な力を生じる……この力が願いを叶えるのじゃ……
……然るに、魔力は願いを具象化し、そして具現化するんじゃ……」
……
「負の魔力はの、魔力の根源たる魔界から離れようと振る舞う。一方で正の魔力は常に魔界に引き寄せられるのじゃ。魔石にも正の魔力が内包されておる。
じゃからのう、魔石も又、魔界へ……大地の底へと引き寄せられるのじゃ……
正の魔力が存在する場もまた然りじゃ……
それ故、その場にいる者は是をまともに受けてしまうのじゃ。
息苦しさ……重圧を身に覚えるのは此の所為じゃ」
――おっと、眠ってしまうところだった。
……もしかしたら量子論的なことか?……なら……さっぱりわからん。
アインシュタイン博士も最後まで腑に落ちていなかったと聞いてる……確か。
こっちの神様はサイコロ振るのか?……集合意識的なこと言ってたな……じゃ振るのかもな……いや、選ぶのか?……まぁいいか、俺には魔法は使えないし。最後は物理でしょう。そうでしょう? アインシュタイン博士!
「……わかりました」
「……嘘つけい! 想念が顔に滲んでおるぞ」
「ショウ……気にするな。俺も理屈は理解するが、全てに納得してはいない。
気をしっかり保っておけば大丈夫だ。最後は剣に全てを懸けるのみだ」
おお、ナカーマ……先輩って呼んでいいですか?
「いろんな意味で理解しました」
「今はそれで良い……で、どうだ? この……エルリオンは動かせるのか?」
「走れます。……多分……きっと。……」
「……どっちだ?」
「……そうじゃ……乗れるようになったかの? どうじゃ?」
指差しつつ答える。
「こっちは無理です」エルリオンを指す。
「あっちは……多分乗れます」スハフを指して答えた。
「おお……これ以上エルリオンに近づけんとは……じゃが、あの竜皮に護られとる方には乗れるんじゃな!」
一瞬で立ち直った。……天才は切り替えが早い。見習おう。……竜の皮だったのか……
「あちらは客車ですから、乗れる筈です。……たぶん。……きっ」
「もう良い! 誘! 参ろうぞ!」
……相変わらず押しが強過ぎたるは及ばざるが如し……見習おう……反面教師として。
「客車とは……乗り合いのようなものか?」
「はい、あれは三等客車ですので誰でも乗れます」……そう車掌の知識が答えさせる。
「三等……では一等、二等とあるのか?」
「cそうみたいです。……多分」
「……まだ職能の知識の補完に慣れないようだな。まあ無理もない。つい先ほどのことだからな」
「そうなんですよ……多分」
「そこは確信しろ」
的確な指示……どうやら人の上に立つような人物らしい……多分。……いかん、何もかもに自信が持てない。……『多分』でさえも何らかの技能として得たのかもしれん……多ぶ……
「何をしておる! 早う来んかい!」
どうでもいい思考に囚われていると、ローゼルさんは既に乗降口の前に移動していた。
……素早いな
乗降口は車両の両端、左右に四箇所ある。今回は後端進行方向左の乗降口を使用する……車掌の職能がそうすべきと教えてくるからだ……もちろん従おう。
スハフの脇を歩きながら車体を眺める。以前は台車周りに錆が浮いているところがあったが、今はピカピカの新車のようだ……金ピカでもある。
開花を経て窓下の腰板に膿緑の帯が入った。……リザードスキンのようだと思っていたら竜の皮だとか……継ぎ目らしいものは見て取れない……どれだけでかい竜なんだ?……車体のあちこちにアール・ヌーヴォー調の装飾で彩られた姿は、とても三等客車とは思えない……二等や一等はどうなるんだ?
腰板の中央下部に『スハフ99 8146』とある……製造番号を残して他の番号が以前とは変わっている。……職能がその知識で訳を補ってくる……なるほど複雑そうだ、それぞれに歴史がある。
中の様子はまだ確認しきれていないが、窓から見える内装はシンプルで良さそうな雰囲気だ。
……なんて思ってるとローゼルさんの側に到着した。
「おお、早く結界の中へ! ここが乗り口じゃろう?」
「そうですよ。しかし……どうやって……! っお?」
……魔導陣が結界を開くことで乗車可能になる……ような事が頭に入っていたのに……開かないので訝しく思っていたところ、手帳が震えた。
何かの通知だろう……?
とりあえず取り出すと、勢いよく頁が開いた。……相変わらず激しく捲れるが、もう慣れた。
内容は……ローゼルさんには言いにくいものだった……が、言っておかねばなるまい。
……お約束のお知らせ方法を、この世界に持ち込む時が来た……
「どうしたんじゃ?」
「……良いお知らせと、悪いお知らせが……どちらから聞きますか?」
「良い知らせとは?」
「乗れます」
「おお、では参ろうぞ!」
「……実は悪いお知らせのほうが重要で……」
「何だ?」
「……乗れません」
「!……何故じゃ!?」
「……実は、一定の魔力が確保できない間は、乗客を受け入れてはいけない規則があるようでして……私も今知りました」
「規則?……制約か何かなのか?」
「まあ、そんなところです。運行できる最低量を確保できなければ、乗客を受け入れることはできないんです。申し訳ありません」……だそうだ、他にも手順や手続きがあると車掌の職能が告げてくる……今は諦めて欲しい。
開いた頁には係員規則があった。魔法による契約だそうだ。
内容は……
列車に対する安全の徹底。
乗客の安全確保の徹底。
……この二つだった。
現状、安全確保が怪しい魔力量ということのようだ。……それは俺にも何となくわかる……。
「おおぉ……乗りたいのう……見たいのう……」
「……導師、もうじきガラリオ達が追いつく筈です」
「……! そうじゃった! 魔石が来るぞい!」
「……導師」
お仲間がもうじき来るらしい。説明はローゼルさんに……いや、フェイデルさんにしていただこう……そうしよう。
手帳をしまおうとして気が付いた。今まで開けなかった頁を開く事ができるようになっている……いや、まだ全てじゃないようだが……エルリオンが魔力を得たからか?
「ローゼルさん、手帳に変化が……開けなかった頁が開くようになっ……」
「なんと! それはどのような? 早う早う!」
……しまった……墓穴を掘ったか?……いや教えを請わなければ途方に暮れるだけだ。請う、教えを。
「……ここなんですけど?」
魔導陣が描かれており、内容は、問い求めよ、得心せよ……とある……あとは誰かの名前らしいものがずらっと羅列されている。俺が見た魔導陣は皆、こんな感じだ。
まぁ、見せてみる。
「愚問耳! 愚問耳じゃ! 何故これが!?」
……愚問耳?……グモンジ?……求聞持じゃなくって?
意味合いとしては……求聞持だと思うけど……愚問耳?……偶然かな……
「……何ですか……それ?」
「おお、そうじゃったな……『愚問耳』とはな、魂の根源に、直に問いを投げる魔法じゃ。
膨大な魔力が必要でな、おいそれとは試みる事は出来ん。
失敗すれば記憶の迷宮に迷い込んでしまうのじゃ……」
「迷宮?……迷ってしまうんですか?……何が?」
「……意識……魂じゃ」
「……戻れなかったら……?」
「戻れなければ生きた人形だ」
……フェイデルさんが恐ろしいことを言った……顔が厳ついから禁忌感が増すなぁ……
「……その魔導陣が此処に……しかもじゃ……このような小さな魔導陣に……第一……」
……第一?……なに?
「……では、使われてない魔法なんですね。物騒なものだったんですね……」……封印だな。こんな検索エンジンは嫌だ。
「……使われてはおる……神殿には愚問耳の間があるんじゃ……大広間全て使って描かれた魔導陣があっての、そこで行われよる」
「……使って大丈夫なんですか?」……平気なの? どっち?
「……『魔導眼』というものがある。正の魔力を直に見る『異』ができる目じゃ。魔獣や魔人に、稀に発現するものじゃ……これを使えば魔力の流れを辿り、迷わずに戻れるのじゃ」
……魔導眼に、魔獣に、魔人……魔人?……魔王ってのもいたな……魔導眼なんて持ってない……やっぱり封印だな。俺は人に聞こう。教えてローゼル先生だ。……導師だったか。
「では、その目がある……人? が、神殿にいるんですね……その人にお願いすると……」
「……居らんよ」
「……へ?」
「滅多に居らん者じゃからの、早々見つからん。……そこで魔導錬成の粋を集めて造られたのじゃ」
「……なにを?」
「『錬成魔導眼』じゃ」
「……なるほど。それは結構あるんですね?」
「あるにはある……本来であれば魔導書に持たせようとしたんじゃ……じゃがのう、大き過ぎてもはや据え置く眼じゃ。これを備えた魔導書は数人がかりで運ぶ大きさになってしまいよったんじゃ……まぁ、それでも使えるなら良い……じゃが、魔力をしこたま喰いよる……此処ぞという時に使う。……そんな物になって仕舞いよったんじゃ……」
……結局封印か……まぁ、ローゼルさんが教えてくれるからいいか。
……愚問耳か……よほどくだらない質問聞かせたのかもな……
「重厚長大で富豪的ですね」
ローゼルさんは深く頷いた。
手帳を閉じ、ポケットへしまおうとした時、ローゼルさんが言った。
「……そういえば先程も気になっとったんじゃが……その魔導陣の刻印……見覚えがあるのう……!」
いきなり目を見開いた。もう見慣れた光景だ……今度は何だ?
目線の先にあるものは手帳だ。仕舞いかけたそれを見る。手帳だ、エルリオンの紋章が刻まれている。裏にも魔導陣が刻印されていたのか……かなり細かい。
しかし……老眼にはまだ早いだろ。読んでみせよう……少し手帳を離す……眼から。
――深淵ノ帷ヲ捲リ真眼ノ開闢ヲ果セ
一瞬、新たに魔導陣が展開して、すぐに波紋のように消えた。
「ん……!」
……裏表紙の魔導陣中央に……眼が開いた
「錬成魔導眼じゃ……!」
――!?……壁に耳ありとは聞くが、手帳に眼が開くとは……
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