九号車 『サヴォイ・トラッフリィ』
――いよいよ魔石が必要になってきたようだ……お前も腹すかしてたのか……
「ショウよ、何が起こっておるんじゃ? 儂も見たいんじゃがのう、どうにかならんかのう?」
――ローゼルさんなら何かわかるかもしれない……相談しよう、そうしよう。
一旦、焚口戸を閉じ、キャブの開口部でしゃがみ込むと話し掛けた。
「……火室で……魔炎だと思うんですけど……」
「火室? おお、やはり炉で何か起こっておったか!……魔炎がどうしたんじゃ?」
「……色が違うんですよ。さっきまで見てたのと……」
「……なんと……して、……如何なる色じゃ?」
……なぜだ? 声に戦々恐々のお気持ちが滲んでいるように感じる……何にワクワク?……してるんだ……?
「……藍色のように濃い青で……若干、紫がかってる様な感じです」
「……!――それは……正の魔力じゃ……見えたのかの?……いや、見えるのじゃな!」
「そうなんですけど……正……って何ですか?」
……説明されてたっけ?……いや、知らんな。
「……見たい!! 儂も見たいぞい!!」
「導師! ご自重ください!……ショウが困惑しております」
いや、ほんとに。
「……でも、様子がおかしいんですよ……弱々しいといいますか……消え入りそうな……で、正って何です?」
「……!! 如何!! 説明は後じゃ! 魔力が足りないんじゃ!……おお! フェイ! 魔石持っておったろう!」
「はい、しかし大した数ではないですよ?……この巨躯を賄うには、ちと心許ないのでは……?」
「よいよい、先ずは持っておるだけ全て出すんじゃ、ほれ、早よせい!……これで全てか? ちょっと跳ねて見せい!」
……フェイデルさんがカツアゲされてる……さっき見せてもらった宝石みたいなやつを燃やしちゃうのか……いや、燃やすわけじゃないな……破壊するのか……魔力を取り出すために。
「……おお、一等級か、これなら暫く持つじゃろう。では、これをエルリオンに。早よ、早よ」
急かしまくるローゼルさんに引きずられるように フェイデルさんが魔石を持ってきてくれる。
「ショウ、それなりに重いが、持てるか?」
……重い? 胡桃程の石が五つ……さすがに持てますよ。
「ありがとうございます。大切につか……っうお!?」
重い! 鉛のように重い! いや、それ以上だ……一つ、四から五キロはあるぞ?……受け取り損ねてしまった。……別に非力な訳じゃない……一度では無理だっただけだもん……
軽々扱っていたフェイデルさんが凄すぎるだけだ。……俺は普通だ。
「大丈夫か?……俺はこれ以上近づけん……強固な結界だ。どうする?」
……片手では無理だ。フェイデルさんが超人なのは分かったが、俺は凡人だ。
……だが、こんな時こそあれの出番だ。……付帯技能、火夫の掬石と投石を担う物だ。
今や魔石庫となったテンダー……その開口部を守護するが如く、浮遊待機しているそれに視線を向け、右手を突き出し……念じた。
……来い。ワンスコ。
即座に飛来し手に収まった。……まあ、ほんの数十センチの距離だが……
頭の中では、みんな大好きなあの ソ・ド・ド・ド・ミ・ラ・ミ・ソ の旋律流れる。
手にした光り輝くワンスコをフェイデルさんへ指し出してお願いした。
「ここに乗せてもらえますか?……重すぎます、でもこれでならいけるはずです……多分」
「……大丈夫か? 一つずつにするか?」
「……では一つずつでお願いします」
助言は大事だ。必要なら、恥じらうことなく受け入れよう。
……まずは試しに一つ……乗せてもらう。
!……重くなーい! 浮かれてしまった。全く重さを感じないわけじゃない。……多分一キロくらいの重さだ。コレならいけるかもしれない。
スコップを煽りながら勝利を確信した。
……思わず、これが出来たら調子に乗っていい技の一つ、フライパン返しが出てしまった。
「いけます! では有り難く使わせて頂きます」
「良い、良い、早う放れ、放り込むのじゃ、ほれ、ほれ」
……なぜかローゼルさんが用意してくれたみたいな空気を出してるが、まあそういう面もあるだろう。あざす……
――気を取り直し、罐に向き直る。
相変わらずそこからは弱々しい何かを感じる。……これが波動とかいうやつだろうか?
一歩踏み出し、床の開閉ペダルを踏んだ。
中では、魔炎が小さな灯火のように揺らいでいる。
先ほどより、更に弱くなっているように感じる。……そう感じる。
――その魔炎めがけ、魔石を投じた。
魔石は狙い通り……というより、吸い込まれるように魔炎に向かっていく。
それが炎の穂に触れると、あたかも口をあけたかの如き魔炎に捕食された。
藍色の炎に飲み込まれた魔石は怪しい光を放ち始めた……炎が激しさを増している。
……ようやく魔炎が目を覚ましたようだ。
次第に火室の内部に魔力が満ちてゆく……
「――いける」
車外の二人に向き直り、キャブから乗り出して報・連・相だ。
「いい感触です。魔炎が勢いをつけてきました」
「おお! 暁光じゃ! この機を逃すで無いぞ! フェイ! 残りを寄越すのじゃ!」
……ローゼルさんの勢いも増した。鎮火できるだろうか……
「ショウ、幾つ持てる?」
……複数だとやはり重いのだろうか……
「では……試しに二つ程お願いします」……二倍くらいなら……
……お?……さっきと同じ感覚……これはひょっとして……
「……全部載せてください。いけそうです」
残りの魔石がワンスコに載せられた。……重くなーい!……もういいか。
……軽くなるのはわかっていたが、いくら載せても一キロ程度なのか……原理がわからんが素晴らしい。
再び、罐に向き直るとペダルを踏んだ。
勢いよく開いた焚口を確かめ、その奥で待ち構えていた魔炎めがけて魔石を投じた。
待たせたな! フェイデルさんの奢りだ、たーんとおあがり!
魔石が魔炎に到達する度、魔炎に飲み込まれてゆく。
次々と魔炎にぶつかり、立ちどころに魔炎の腹に収められる。
魔炎は石を呑み込む度に勢いを増してゆく。
すべてをその腹に収めると、魔炎はいっそう激しくめらめらと逆巻く……歓喜の焔、そんな感じだ。
火室の内部は既に、魔炎を核に魔力が渦巻いている。
室内は直径にして僅か一メートル未満、奥行き二メートル強……カプセルホテルよりちょっと狭い。……寝るだけなら十分な広さだが、泊まるつもりはない。
壁面全体には魔導銀が使われている。……ようだ。
前後を斜めに渡された魔導銀製の魔導管に魔導水が循環する。
……頭に次々と何が起きるのかが浮かんでくる。初めから知っていたかのように。
その壁面に沿って魔導陣が展開した。一つではない。次々に展開してゆき、一気に壁一面が魔導陣で溢れた。
「……おお」
思わず感嘆の声を漏らしてしまった。……連続の打ち上げ花火、そんな勢いだ。
瞬く間に、壁面に余すところなく魔導陣が列座した。
……まるで、両界曼荼羅だ。
その一つ一つが魔炎に呼応するかのように、ゆったりと渦を巻き明滅を繰り返す。
それに伴い、火室内に開放された魔力が充満してゆくのがわかる。
……いろいろわかるのが不思議だが、そういうものだと受け入れるほかない。ひどく戸惑うが。
やがて、それぞれの魔導陣上に一回り小さな魔導陣が展開し始める。
瞬時に、陣から小さな雷のようなものが次々と放たれた。
それが一通り揃ったところで始まった。――魔力の再充填だ。
魔炎によって火室内に誘引された魔力が、魔石に還元……充填が起こり始めた。
焚口から圧を感じる……息がしづらい気がする……
……これ以上扉を開けておかない方がいいようだ。……そんな気がしてきた。
ペダルから足を離し、焚口戸を閉じた。
同時に、火室が結界で遮断される。
火夫の知識が圧力計を確認しろと促す――上昇する圧力を確認する。
同時に圧力計前面に魔導陣が展開する――魔力濃度の上昇を確認。
――火室内の魔力濃度が上がっていく……魔石は充填限界に到達した頃だ。
水面計は正常まで上昇してゆく……随時錬成され魔導水が補充されてゆく。
焚口戸の通気孔から覗き込むと、放電は激しさを増している。
遂に、魔力を過充填されていた魔石に亀裂が走るのを見た……限界を超えた。
――魔石の裂壊が始まった。一気に解放された魔力が魔炎を更に成長させる。
火室内では張り巡らされた魔導陣が、呼応し合うように明動している筈だ。
魔石の封印と決別した魔力が、また別の魔石になだれ込む。それが限界を超えると裂壊を起こし、再度魔力が解放されてゆく。
裂壊と過充填を繰り返しながら、魔力が火室を満たしてゆく。
それが更に魔炎を成長させ、渦を巻き火球へと……遂には蒼紫の紅炎を吐き出した……
……とにもかくにも、指数関数的な成長を遂げてゆく……
今や極小の太陽の如しだ。
魔炎はエルリオンの意志を受け取り、魔導管に流れる魔導水に『熱』其の物の概念を呼び込む。
熱を得た魔導水は魔導蒸気へと爆発的な膨張を遂げると同時に、強い魔力を帯びてゆく。
やがて魔力の奔流と成った魔導蒸気は、魔導汽罐から放たれ、車体各部へ導かれる。
膨大な魔力を引き連れて、シリンダーに流れ込んだ魔導蒸気は、魔導における杖たるピストンへと、その圧力のみならず意志をも伝える。
ピストンは魔力によって高められた馬力と共に、その意志をクロスヘッドへ付与する。
強い意志を携えた馬力をクロスヘッドが受け止め、そのすべてを主連棒へと導き、ついには動輪へ怪物じみた馬力と、前に進む強い意志を伝える……
ポーーーッ!!
――エルリオンが完全に目覚めたようだ。
自らの意思を宿した蒸気が車両を満たし、溢れてゆく。
蒸気がそこかしこで音を立て、車体各部の覚醒を告げる。
キャブの計器類と魔導陣は、魔力が隅々にまで巡ってゆくのを知らせてくる。
……すべての工程が脳裏に叩き込まれた。
今ならエルリオンの状態が手に取るように感じられる。
俺とエルリオンが一体になった感覚だ……例えるなら……
……
……バイク
……いや……ちょっと違……
……うん。例えるのは諦めよう。
……とにかく、今まさに鳴動を始めたこの罐こそが、新たに魔導式蒸気機関車に生まれ変わったエルリオンの心臓ということか。
現状、魔石を投じることが出来るのは俺だけだ……まぁそれしか出来ないが……それでも、あんなに重い魔石も、ワンスコを使えば何の負担もなく投じることが出来る。
……これなら、やれるかもしれない。
この世界で俺達は運命共同体……互いが互いの命綱でもある訳だ。
――まさに一蓮托生だ。
ポーーーッ!!
エルリオンが呼応する。
「――ショウよ! 何が起きておるんじゃ! 見たい! どうなんじゃ!?」
……おっと、再びこの感じに引き戻された。
ずっと叫んでいたのか?……集中し過ぎて蔑ろにしてしまったかもしれない……が、しかし……魔石のお礼も兼ねて丁寧にご説明差し上げよう。……できるかな?
――
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