八号車 『エルリオン・ザ・タンク・エンジン・テーマ』
――雨過天晴の思いが、胸に溢れていた……俺は影響されやすい。
そんな清々しい気持ちでいると、外で感嘆の声が上がった。……ローゼルさんだろう。
手帳をポケットに慌ただしくしまうと、確認のため声をかけようとしてそれに気づいた。
――キャブ内の様子が……どこかおかしい。
ここでまだ罐に手を添えていたことに思い至った。……もういいか、と手をどけた。
するとそこにレリーフが施されていることに気づいた。
「……こんなのあったかな?」……記憶にはない。……無かったと思う。ツルツルのピカピカだったはずだ。
周りをよく見回してみると、あちこちに装飾が見える。
あんな彫刻されてたか……?……あんなプレートだったっけ?……控えめではあるが、ラグジュアリー感が更に上がっている。……何故?
……ここでローゼルさんの感嘆に注意が戻った。……まさか……?
キャブ後方の乗降口から身を乗り出した。
漠然とこちらを見て……いや、機関車を……エルリオンを見ていた。
息を呑むような表情に、急いでデッキから出た。……指差喚呼は無かった……今ならそれを行うタイミングがわかる気がする。……今はいい。
そして、少し離れてエルリオンを見た。
「……何だこれ?……?」
そこにはキャブ内部に施された装飾と同様に彩られた姿があった。
「……こっちもだ……」
「おお、ショウ! どうやら名付けは上手くいったようだな!」
「……はい……はい? フェイデルさん……一体……これは?」
……外観の変化のなかには大きな変容もあった。先頭の方を見たときにそれに気付いた……あったはずの物が無くなっていた……
「……除煙板が無い……?」
そう思った途端に理由がわかった。いや、知っていたような感覚になった……例の職能だか技能によるものだろう……便利なようだが混乱もする。
必要なくなったから。……だそうだ。もう要らないそうだ。
石炭でなく魔石を使うからだ。除煙板は文字通り煙を視界から除く板だ。石炭を燃やさないので煙とは無縁だ……ワザとじゃない……本当だ。……不可抗力……いや、気づかれてないならそれでセーフだ。
……しかし、何故変化したかはわからない……聞いてみよう。
「フェイデルさん、この変化は……何が起きたんでしょう?」
「ああ……これは恐らく開花の様なものだろう。……導士」
ローゼルさんに解を投げた。
「……そうであろうのう……フェイの帯の者の怯えが消えたでのう」
「……はい、今は共鳴しております」
……何のことだ?……エルリオンに関係があるのか?
「……共鳴とは……開花っていうのは……?」
「そうじゃな、聞かせておこうかの……精霊は解るかの?」
……精霊?……そういうのもいるのか……
「……精霊って?」
「……『精霊』はのう、魔力の残滓から生じるのじゃ、我らのように魄……実体も名も持たぬ。天地、八荒、残滓ある処、遍く満ち満ちておる。……じゃが……儚い……我悟を識るに至らぬ精霊達は魔力の残滓へと還る……」
……自我に目覚めるような感じだが……ちょっと違うのか……人とは違うのかな……霊か……
「……幽霊の仲間じゃないんですよね?」
「霊魂や、霊体とは関わり無いものじゃ……其れらはまた別におる」
……別にはいるのか……おばけは嫌いだ。
「彼奴らは何処にでも居る。生まれては消え、消えては生まれる……数多星の如しじゃ。
……じゃが、ごく稀に我悟を勝ち得た精霊が生まれる……これを儂等は『覚醒精霊』と呼んでおる」
……自我に目覚めた精霊……エルリオンの変化に関係してるのか?
「……精霊はの、万物に宿る……彼奴らは魂を震わすものなら何にでも興味を持つ。武器、防具は勿論。笛や琴、魔獣の角に迄、宿りよる。……是等、精霊が宿った存在は、『精霊憑き』と呼ばれておる。
……魔剣とはな、覚醒精霊が棲み着いた剣……精霊憑きのことじゃ。
……この精霊憑きに名付けを行うとな、辺りの精霊達を巻き込んでしまうのじゃ……その恵受の響きに誘われでもするかの様にな……これが精霊の祝福……『開花』じゃ。
……開花はの、精霊憑きの姿を変えてしまう事があるのじゃ。名付けた者の雅致、嗜好が現れよる。
それ故、魔剣などは中々に奇天烈なあり様をして居るものなのじゃ……ほれ、フェイのダルムドもその一つじゃ」
フェイデルさんが外套を捲って剣を見せてくれた。剣の銘だったのか……って事はあれ魔剣なのか……
「……エルリオンにもそれが起きた……と? ……しかしエルリオンは生きているんじゃ?」
「魔獣や魔人の角が精霊憑きになるとな、見た目にも、使う魔術にも独特な違いが現れる。大体が名付きの奴等だ」
「……まあ、この変わり様もそんなところじゃろう」
……なるほど、それでこんな、変化が……って理屈はなんとなくわかったが……じゃあそうなるよね!……と迄はまだ思えないけどね……精霊達の祝福を受けたってことか……じゃ、まあ……
――どう変わったのか……見せてもらおう……エルリオン君。
……パッと見てわかること……エルリオンの車体全体に装飾がなされている。
派手さは無く、控えめな装飾だ。
……そもそも金ピカではあるのだが。
手摺りや足掛けなどには、あちこちに茎や蔓状のカールやスクロールが施されている。
キャブやボイラー側面にもウィップラッシュや羽のレリーフ・オーナメントが控えめにあしらわれている……もちろん金ピカだが。
炭水車……テンダーや三等客車にもかかわらず、スハフにも同様な装飾が見て取れる。
スハフの側面……腰板には濃緑の帯が入っていた。制服と同色だ、リザードスキンの様な質感だ。外から窓越しに見える内装は、特に華美ではない様だが明らかに変化がわかる。
三等車だしなぁ……そこまで豪華になるようなことはないのかも……いや、これでも十分にゴージャス感強めだ。
……色々知らなかった列車の知識が補完されている……おかしな気分だ。
全体的にアール・ヌーボーの装飾で纏められてる……さっきの話からすると、これは俺の趣味が現れたのか?……葉のデザインが入る所が羽のデザインになっている……俺が見た神馬のイメージだろうか?
「どうじゃ、得心に至れたかの?」
「……はい」
「しとらんの……」
……俺の常識から外れすぎてる。……まあ受け入れよう……
「おい! ショウ! こっちへ来てみろ! 凄いぞ!」
フェイデルさんだ。エルリオンの正面方向からだ。
声が跳ねている。
何か大きな変化でもあったの……
――!
俺は思い至って先頭正面まで走った。
そして恐る恐る正面を覗き込んで見上げた。
「なんだこれ……!?」
エルリオンの煙室扉には事もあろうに、大きな顔が……なくてすこし安堵した。
あったら呼び名を変えなくては……それはまた別の話だ。
これまで通りに車両番号板がある。
しかし、顔の代わりと言ってはなんだが、かなり目を引く物が鎮座していた。
ヘッドマークだ……でかい……食べ切るのに二日かかった24インチのピザ、いや……ピッツァ位ある……腹減ったなぁ。
円形の黄金のプレートだ。翼のある跳ね馬が大きくレリーフされている。前脚二本、後ろ脚が四本ある六本脚の天馬だ。
エルリオンの紋章として正面に大きく掲げられていた。
素晴らしい。フェイデルさんも、思わず声が跳ねてしまう訳だ。彼も又、少年の心を持っている。
……懐中時計の天馬の意匠に似ている。というかそれだ。
おもむろに懐中時計を……いかん、お洒落を付けるのを忘れた……それを出して確かめた。
……やはり同じだ。
翼も跳ね馬の立ち上がり具合も、六本脚も……え?……脚は四本だった筈だ。……おかしい。
……フェイデルさんが声をかけてきた。
「……どうした、神妙な顔をしているな。……しかし良い円盾だな……素晴らしい」
……顔に出ていたか、いや、まずはこれを見せよう。
「これを見てください。絵柄が変わってしまって……」
「ん?……ショウ、気付いて無いのか?……それだけでは無いぞ」
「はい?……?」
フェイデルさんの視線が俺の全身に注がれる。
……何だ?
エルリオンに姿を映すと歪んで見えにくい。……デジャヴか?
小走りにデッキの脇まで来て姿を映した。
隣ではローゼルさんが何かぶつぶつ言っている。
「……変わってる……?」
……俺自身に特段変化はない。朝見て、ここに来た時も見た。
寝ぼけた目をしたお疲れ肌の男が、口をぼけっと開けた……やめよう。
変わっていたのは服装の方だった。
部分的に刺繍が入っている。金糸か?派手さが増したな……いつこんな……?
エルリオン同様、アール・ヌーボーを思わせる装飾が加わった。……式典の正装の様なものになっている。
胸には羽の刺繍がある。見ればボタンの一つ一つにも意匠が凝らされている……折り返した襟や官帽にはヘッドマークと同じ意匠のバッジが輝いている。……ん? 背中側にまで刺繍が?……やばい四字造語とか付いてないだろうな……よく見えん。
……手帳が震えた。取り出すと皮表紙にエルリオンの紋章が刻印されていた。……統一感が増してる。
しかし、特にページが開くこともない。……何故震えたんだろう?
「……おお、ショウよ。お主感じぬか? ……中で何かが始まっておる……儂、見たい……ん? お主それは……」
見つめる先にある手帳……の裏表紙……?……なんだ? これ魔導陣……?
――ポーッ。
汽笛だ。エルリオンに呼ばれた。……気がした。
手帳は一旦ポケットに突っ込んでステップを駆け上がる。
追い縋るローゼルさんを、フェイデルさんがあやしている間にキャブに乗り込んだ。
キャブに入るとすぐに中央の罐に目がいった。
……耳鳴りの様な……風切り音の様な……なんともいえない感覚が鼓膜を震わせる。
焚口戸の通気孔から光が漏れるが、これまで見た魔炎の色ではない……紫がかっている。
火室の中のその正体を確認すべく、床の開閉ペダルを踏む。
――排気音とともに扉が擦れて金属音を立て、焚口戸が左右に開いた。……そして覗き込んだ。
そこには炎……魔炎が燃えていた。
……しかし今まで見た魔炎とは違う。
藍色の炎だ……発している光のためなのか少し紫がかって見える。
火室の中空に浮かぶ魔炎は、小さく、どこか儚げに揺らめいている。
……今にも消え入りそうだ。
――ポーッ……
……何処か力無い汽笛がキャブにこだました。
……魔力が足りない……多分。
――いよいよ魔石が必要になってきたようだ……お前も腹すかしてたのか……
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