第九話:世界魔獣退治ツアー? 私の有給休暇を返してくださいまし!
それは、魔法というよりも『世界の法則の書き換え』だった。
シオン様が真っ赤な扇子を優雅にスッと一振りした、ただそれだけ。あらゆる魔法を無効化し、一国を無慈悲に滅ぼしたはずの『終焉の異形魔獣』は、己に何が起きたのかすら理解できぬまま、断末魔の悲鳴を上げることすら許されず、光の粒子となって一瞬で綺麗さっぱり消滅した。
「す、凄すぎる……!」「あの銀髪のお嬢様こそ、天が遣わした本物の救世主だ!」
大都市の民衆が奇跡を目撃して涙を流し、大歓声を上げる。
そんなお祭り騒ぎの喧騒の中、シオン様はふぅ、と上品にため息をつくと、足元で情けなく泡を吹いて気絶しかけているヘタレ神のリーダーを、ヒールでゴリッと踏みつけた。
「あ、ぎゃふんっ!?」
「さあ、いつまで寝たフリをしていらっしゃいますの? クソ運営様。目の前のハエは片付きましたわ。……さて、私に何か言うことはございませんこと?」
「ひ、ひえぇぇっ! 申し訳ありませんシオン様ァ! 我々がなぁなぁでシステムを放置したせいで、外宇宙のバグ(流星の欠片)がアカシックレコードに入り込んでしまい、こんな化け物が──」
神が涙目で平伏し、必死に言い訳を紡ごうとした、その時──。
天界からの緊急通信スピーカーが、コントロールセンターの天井を突き破り、地上の戦場にまでバリバリと爆音を立てて響き渡った。
『緊急事態! 緊急事態です! 地上の全神々へ伝達! バグは一体だけではありません! 飛来した流星の欠片は、世界中に拡散していました! 現在、西の魔導帝国、南の海上都市、東の竜の谷、果ては世界の果ての未開の大陸にまで、同じ『終焉の魔獣』が同時に出現! 各国の防衛線が突破され、世界は今、壊滅状態です!!』
「な、なんだとおおおおーーー!?」
荷物持ちをさせられていた三至高神たちが、絶望に顔を歪めて頭を抱える。
天界のメインモニターの前では、残された若手神たちが泣きながら画面にしがみつき、スピーカー越しにシオン様へすがりついてきた。
『シオン様! お願いです、世界を……我々の作ったこの世界を救ってください! あなた様が各国を回って、あの化け物どもを力技で退治してくれないと、この世界(第101の人生)そのものがデータごと完全に崩壊してしまいます! 頼めるのは、人類最強のあなた様しかいないのです!!』
「……お黙りなさいな」
冷徹極まりないシオン様の一言。それだけで、天界の通信も、地上の神々の呼吸も、ピタッと凍りついた。
シオン様はハァ……と本日一番深い、心の底からのため息をつくと、お気に入りの扇子をパチンと閉じ、天を睨み据えた。その瞳には、一万年分のブラック労働への怒りがギラギラと灯っている。
「神々様。あなた方が総力を挙げて作った『最高に平和なイージーモードの世界』だと仰るから、私も可愛いメイドや愛しい旦那様(幼馴染)に囲まれて、騙されたフリをして優雅にお茶会を楽しんでいましたのに……。
蓋を開けてみれば、またしてもバグまみれのブラック労働(魔獣退治ワンオペ)ですか? しかも今度は、世界一周ツアーのおまけ付きとは、恐れ入りますわ」
シオン様の背後から、地響きを伴うどす黒いチートオーラがドッと噴き出す。
「ですが、仕方がありませんわね。この世界には、私が一万年かけてようやく巡り会えた、最愛の旦那様がいますの。彼との平穏な老後と、この美しい世界を守るためですわ。──よし、方針を決めましたわよ」
シオン様はドレスの袖をきりりと力強くまくり上げると、目の前でガタガタ震えているヘタレ神たちの首根っこを、まとめてガシッと鷲掴みにした。
「これより、世界魔獣退治ツアーを敢行いたします。神々様、あなた方は全員、本日を以て私の『荷物持ち(奴隷)』ですわ。
次の国への移動用魔法陣の展開から、私の移動中の日傘持ち、お肌を休めるためのハーブティーの準備、そして魔獣の死体処理まで、1秒の休みも与えず24時間馬車馬のように働いていただきます。……まさか、文句はございませんわね?」
「「「ひ、引っ、ひえぇぇぇーーー!!! 救世主様が鬼軍曹になったァァーーー!!!」」」
こうして、元・悪役令嬢シオン様による、神々を引き連れた前代未聞の『世界バグ魔獣お掃除ツアー』の幕が上がる。
まるで、きびだんごの代わりに恐怖で神々(お供)を従え、シオン様の怒りの鉄槌が世界各国へと炸裂していくのであった──。
第十話へ続く




