第八話:私が救世主? ……あら、全てを思い出しましたわ
ウルスラ小国を一晩で滅ぼした『終焉の異形魔獣』は、ついにシオン様が暮らす大都市へと侵攻を開始した。
街が恐怖に包まれる中、天界の雲が割れ、まばゆい光と共に神々の軍勢が地上へと降臨した。
「ハッハッハ! 民草よ安心するが良い! 天界を統べる我ら神々が、直々にあの化け物を退治してくれよう!」
三至高神を筆頭に、正義の味方ぶってポーズを決める神々。だが、彼らは致命的なまでに「平和ボケ」していた。
ドガァァァァン!!!
魔獣の容赦ない一撃が炸裂する。神々が放つ大層な名前の神聖魔法は、外宇宙のバグである魔獣には一切通用せず、触れた瞬間から煙のように霧散していく。
「ひえっ!? 魔法が効かない!?」
「痛い! 爪が痛い! 帰る! 天界に帰!るお家帰るーーー!」
さっきまで大口を叩いていた神々は、一瞬で涙目になり、お互いを盾にしながら無様に逃げ惑い始めた。それを見た地上の民衆からは、一斉に大ブーイングが巻き起こる。
「なんだあのヘタレ神どもは!」「かえれ! かえれ!」
天界の威信は完全に地に落ち、魔獣の凶刃が、ついに避難の遅れた一人の銀髪のお嬢様──シオン様の元へと迫った。
チート能力を失っている今のシオン様は、かつての力を持たない、ただのか弱いお嬢様だった。恐怖で足は震え、それでも必死にドレスの裾を握りしめていた。
「きゃああっ! どなたか、どなたか助けてくださいまし……!」
万事休す。魔獣の巨大な爪がシオン様を真っ二つに引き裂こうとした、その時──。
「シオン様ァァーーーッ!!!」
一人の若い神が、天界の制止を振り切って空から飛び込んできた。その腕に、ギラギラと光り輝く『特製の神聖カプセル』を抱えて。
「な、なんですの、あなた様は……!?」
怯えるシオン様の前に、若い神は必死の形相で膝をつき、光るカプセルを差し出した。
「シオン様! これを受け取ってください! あなたこそが、この絶望の世界を救う、天界に選ばれし唯一の『救世主』なのです!!」
「えっ……? わ、たくしが、救世主……? そんな、私はただの伯爵家のお嬢様ですわ……!」
「いいえ! このカプセルに眠る『大いなる力』は、全宇宙であなた様の魂の器にしか取り込めないのです! お願いです、世界を、我々を救ってください!」
背後からは魔獣が迫っている。隣では、ヘタレな上級神たちが「ああっ! 機密のカプセルを勝手に地上へ持ち出しおって!」とマヌケな悲鳴を上げている。
シオン様は、迫り来る死の恐怖を前に、覚悟を決めた。
「わかりましたわ……。この世界を、私の愛する人を守るためなら……!」
シオン様が白く細い指先で、カプセルにそっと触れる。
その瞬間、カプセルがパリンと音を立てて砕け散り、中に保管されていた【全属性魔法極大適性】【概念破壊】【全知の賢者コード】の全エネルギーが、光の濁流となってシオン様の身体へと一気に流れ込んだ。
──ドクン。
シオン様の心臓が、1万年ぶりの鼓動を打つ。
その瞬間、彼女の脳内に、堰を切ったように「失われていた記憶」がフラッシュバックした。
(雪山で熊を殴り倒した記憶。魔界を素手で統一した感覚。天界のサーバー室をバキバキに破壊した、あの最高のブチギレ記憶──。)
「…………あら、あららら」
シオン様の瞳から、か弱きお嬢様の輝きが消えた。
代わりに宿ったのは、神々すら冷え切らせる、圧倒的な絶対強者の眼光。
ユラリ、とシオン様の背後から、天界の空を真っ黒に染め上げるほどのドス黒いチートオーラが噴き出す。そのプレッシャーだけで、迫っていた魔獣が「ビクッ!?」と動きを止めた。
グル……?
グルルル……!?
シオン様はゆっくりと立ち上がり、ドレスに付いた埃をパパッと払うと、まずは隣でガタガタ震えているヘタレな神々を、冷酷極まりない目でジロリと見下ろした。
「救世主、ですって? ……フフッ。つまり、また私に後始末を押し付けるおつもりですのね? よくもまぁ、私の有給休暇の裏で、そんな呑気になぁなぁと過ごしてくださっていましたわね、クソ運営様?」
「ひ、ひえぇぇぇっ!? シ、シオン様が完全に思い出されたーーー!!!」
その笑顔を見た瞬間、神々は一斉に白目を剥いて泡を吹き、その場に卒倒した。
「さて──」
シオン様はお気に入りの扇子をパチンと開くと、目の前のアカシックレコードのバグ(魔獣)に向き直った。
「私の神聖なお茶会を邪魔した罪……その存在データごと、綺麗さっぱり削除して差し上げますわ。──ごめんあそばせ?」
記憶も、力も、そして神々への怒りも完全復活したシオン様。
今度こそ本当の、人類最強の「お仕置き」が幕を開けるのだった。
(第九話へつづく)




