第七話:平和ボケの神々と、静かに狂う運命の歯車
「うおおお! シオン様が今、旦那様(幼馴染)から手作りのクッキーを一口貰って『まぁ、美味しいですわ。フフッ』と微笑まれたぞ!」
「システム正常! 今日の天界の平和は守られたーーー!」
天界の『最深部・シオン様絶対死守コントロールセンター』では、今日も神々がサイリウムを振りながら大歓声を上げていた。
シオン様が第101回目のイージーモード人生へ旅立ってから、地上ではさらに数百年が流れた。
神々が全リソースを注ぎ込んで作った「接待した世界」は完璧に機能しており、シオン様がハッピーエンドを迎えて寿命を迎えるたびに、神々は彼女の魂を天界の手前で優雅にスライドさせ、第102回、第103回と、本人が気づかないうちに「次の幸せな普通の世界」へと転生させ続けていた。
「いやぁ、我が天界の接待システムは完璧ですな。これならアカシックレコードが狂うことも万に一つもない!」
頭の包帯がすっかり取れた三至高神のリーダーも、高級神酒を飲みながらなぁなぁと鼻歌を歌っている。
──しかし。神々は知らなかった。
全宇宙の運命を司る『アカシックレコード』のシステムが、あくまで【この宇宙のデータ】しか処理できないという盲点に。
その頃、天界の外側――はるか遠い外宇宙の深淵では、一つの孤独な流星が静かに通り過ぎていた。
神々ですら知る由もないことだった。
シオン様が良かれと思って(人口増加に伴うメモリ不足を解消するため)、アカシックレコードのメモリ容量を100倍に増設してしまった結果、その探知範囲は本来感知する必要のない外宇宙にまで広がっていた。
そして、流星が放ったほんの米粒ほどの『未知の結晶の欠片』を、システムが『未登録データ』と誤認識。
拡張された探知範囲はその欠片を強制的に取り込み、アカシックレコード内部へと引きずり込んでしまったのである。
それが偶然にも天界のザルな結界をすり抜け、カタカタと音を立てて、アカシックレコード制御サーバーの隙間にピキッと挟まってしまったのです。
ジジ……ジジジッ。
世界管理プログラムの奥深くで、小さな小さなエラーコードが弾ける。
だが、シオン様の「お茶会映像」に夢中になっている平和ボケの神々は、その微かな警告音に誰も気づかなかった。
運命の歯車は、ここから一気に狂い始める──。
数日後。地上の「シオン様接待世界」。
シオン様の暮らす平和な王国の、すぐ東側に隣接する『聖ウルスラ小国』。
その国の美しい森の奥で、アカシックレコードのバグが「未知の魔力」として具現化した。
システム外のバグから生まれたそれは、この世界の生態系には絶対に存在し得ない、あらゆる魔法を無効化し、ただ破壊のみを求める『終焉の異形魔獣』。
ドォォォォン!!!
深夜、突如として現れたその魔獣は、咆哮一発で小国の城壁を粉砕した。
ウルスラ小国の精鋭騎士団が放つ炎や光の魔法は、魔獣の漆黒の皮膚に触れた瞬間、すべて煙のようにかき消されていく。
「ぎゃあああ! 魔法が効かない!? 化け物だ、化け物が出たぞーー!」
絶叫と硝煙、そして真っ赤な炎が夜空を焦がす。
ウルスラ小国の王たち、兵士たち、そして罪なき民たち。神々が「平和な背景」として用意した小国は、シオン様がすやすやとベッドで眠っているわずか数時間の間に、音もなく、完全に滅ぼされてしまった。
朝になり、小国だった場所には、ただ不気味に蠢く巨大な魔獣の影と、荒涼とした焦土だけが残されていた。
「ふわぁ……。いやぁ、昨日のシオン様の寝顔も天使のようでしたな。さて、今日の地上の様子は……」
天界のコントロールセンターで、一人の若手神が欠伸をしながら、地上の全体マップのレバーを引いた。
その瞬間。
モニターに、真っ赤な【ERROR:指定外のデータ消滅】という大文字がポップアップし、天界中に**ウー!ウー!**と鼓膜を引き裂くような緊急警報が鳴り響いた。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
三至高神が酒を吹きこぼして立ち上がる。
若手神が震える指でモニターを拡大すると、そこには、シオン様が暮らす王国のすぐ「隣」のマス目が、まるでインクをこぼしたようにドス黒い闇で完全に塗りつぶされている光景が映し出された。
「ウ、ウルスラ小国が……消滅……!? 内部の魂のデータが、アカシックレコードから全て強制デリートされています!!」
「何だとおおお!? バグは全部シオン様が直したはずだろう!?」
「わかりません! 外部からの未知のエラーです! しかも、そのバグから生まれた魔獣は、今……シオン様がいる王国の国境に向かって進軍しています!! この進行速度では、三日後にはシオン様のお住まいの王都へ到達します!!」
「ヒエッ…………!!!」
その場にいたすべての神々の顔から、一瞬で血の気が引いた。
シオン様は今、自らの神格と権能の大半を天界へ預けている。地上では、ただ少し丈夫なだけのお嬢様に過ぎない。
肉体はただの非力なお嬢様だ。
もしあの凶悪な魔獣に襲われたら、今度こそ本当に死んでしまう。
「ま、まずい、まずい、まずすぎる!!! シオン様がもしあの化け物に理不尽に殺されたりしたら、魂が天界に戻ってきた瞬間、どんなお顔をされるか……!!」
神々の脳裏に、笑顔のまま「あら、またバグですの? いい加減になさい(絶対消滅魔法準備)」とブチギレるシオン様の幻影がよぎる。
「天界が滅ぶーーー!!! 全員、今すぐ戦闘準備だ!コード・シオン! コード・シオン発令!! シオン様に指一本触れさせるなァァー!!」
なぁなぁで過ごしていた天界は、一転して、過去最大のパニックと恐怖のどん底に突き落とされるのだった。
第8話へ続く




