第70話 『ワイングラスの中の心臓』
10メートルに及ぶ漆黒の肉体と、神聖すら漂わせる邪神の威容。悪魔へと変貌した元代官の一振りの腕が地下ピラミッドの巨大な石柱を粉砕し、絶望的な圧迫感が空間を支配する。
しかし、シオン様一行は怯まない。
「ハエどもがぁぁぁッ!!」
怒号を上げる悪魔に対し、仲間たちが息の合った連続攻撃を叩き込む。
レオン: 巨大な爪から放たれた殺気の疾風を大剣で間一髪受け止める! 激しい衝撃に足元を削られ、弾かれながらも「ぐッ……! シオン様、今です!」と必死に足止めを担う。
ジュン: 漆黒の魔法陣を幾重にも展開。「転回エネルギーの周期、解析完了! 弱点は胸部、魔力流の結節点です!」と敵の隙を弾き出す。
ライト&レフト: 「キャッキャ!」と宙を舞いながら面白がり、悪魔の顔面に高彩度の光撃を叩き込んで視界を完全に奪う。
リップ: シオン様から授かった『電光雷刃』を身に纏い、紫電の残光となって悪魔の足元を爆走! 巨躯の体幹を容赦なく崩してみせた。
仲間たちの見事な連携によって体勢を崩した悪魔。その絶望と焦燥が混じり合う顔を見上げ、シオン様は可憐にクスリと笑うと、胸元から「空のワイングラス」をそっと取り出した。
「その禍々しいお顔、私の優雅な夜に少し不釣り合いですわね……お行儀の悪い悪魔には、お仕置きが必要ですわ」
シオン様がグラスの足を指先でつまみ、しなやかに腕を振るう。
手離された空のワイングラスは、まるで優雅な舞を踊るように回転しながら音もなく宙を走り――寸分違わず悪魔の胸の中央、激しく脈動する『古代の王の心臓』へと吸い込まれるように突入した!
――スパァンッ!!
澄んだ美音と共に、ワイングラスが悪魔の胸を綺麗な円形でくり抜く。
グラスはそのまま旋回してシオン様の手元へと戻り、その透明なガラスの中には、くり抜かれた『古代の王の心臓』がまるで上質なワインの果実のようにすっぽりと収まっていた。
「っ……!? な、なに……ッ!? この私が……胸を……くり抜かれただと……ッ!?」
胸にぽっかりと綺麗な穴を穿たれた悪魔は、内に溜め込んだ転回エネルギーを激しく噴出させながら、悲痛な絶叫と共に内側から崩壊・霧散していった。
代官や魔法使いはこれを「邪神の力」だと思い込んでいた。しかし、シオン様のグラスの中に収まったその『古代の王の心臓』の真の正体は、邪神などではなく、別の世界(未来・過去)へと繋がる大穴(時空門)を開くための鍵に過ぎなかったのだ。
器を失った心臓から溢れ出た光が暴走し、ピラミッドの最深部の空間が不気味に歪み始める。
その門の向こう側から聞こえてきたのは――重厚で不気味な鐘の音。世界の刻を司る『終焉の時計塔』の鳴動だった。
「シオン様、危険です! 時空門が開きます、早く退避を!」
レオンとジュンが慌てて叫ぶ。だが、グラスの中の心臓を愛おしそうに眺めたシオン様は、楽しそうに瞳を輝かせた。
「あら……? この門の向こう、とても面白そうな匂いがしますわね」
「えっ……まさか、シオン様!?」
なぜなら――ジュンもまた、シオン様とまったく同じ「予感」と「胸騒ぎ」を覚えていたからだ。
門の奥から揺れて届く不気味な鐘の音。それが空気を震わせるたび、かつてジュンがエルフの神から授かった『知恵と転回の加護』の刻印が、皮膚を灼くような熱を放ち始める。
(この波動……まさか、私に加護を授けたお方が、この『終焉の時計塔』と何らかの繋がりを持っているというのか……!?)
加護を通じて脳裏に直接流れ込んでくるのは、太古の記憶と、神々すら歪められた忌まわしき「歴史の裏側」。この先へ進めば、自分のルーツやエルフの神に纏わる重大な真実と向き合うことになる――そう直感しながらも、ジュンは恐怖以上に抑えきれない知的好奇心と確信に身体を震わせていた。
「ふふ、せっかくですし、行ってみましょうか!」
シオン様が指先を優雅にひとつ鳴らした瞬間、全員の身体がふわりの宙へと浮かび上がる。絶叫を上げるヒマすらない仲間たちを従え、シオン様はノリノリで暴走する時空門へと自分から真っ直ぐ突入していった!
未知なる舞台『終焉の時計塔』へ――いま、新たな冒険の扉が開かれる。
(第71話へつづく)




