第69話 『悪魔召喚』
暗く湿った地下通路を、シオンたちは足早に駆け抜けていた。
しかし、ピラミッドの入り口となる巨大な石積み構造へ差し掛かったその時――通路の壁面が不気味に赤く光り出した。
「なっ……何だ、この光は!?」
レオンが足を止め、警戒して剣を構える。
「くっ……罠です! 魔法使いがあらかじめ、この通路全体に重圧結界と時間稼ぎの転移陣を張り巡らせていたようですっ……!」
ジュンの叫びと同時に、足元の空間がぐにゃりと歪んだ。
さらには通路の闇の奥から、ワームの体液を浴びて異形と化した盗賊たちの崩壊体――無数の『屍鬼』が、唸り声を上げながら溢れ出してきたのだ。
「ライト、レフト! 上空からの光撃で術式を乱しなさい! レオン、前を切り開いて!」
「任せろ! こんな雑魚どもに時間を取られている暇はないんだ!」
レオンの大剣が閃き、屍鬼たちをなぎ払う。リップも俊敏に飛び回り、敵の視界を奪う。
しかし、幾重にも重なる無数の足止めと空間の歪みは、確実にシオンたちの前進を遅らせていた。
「チッ……鬱陶しいですわね! 押し通しますわよ!」
シオンは胸元から取り出した扇子を優雅に、かつ一閃するように振るう。激しい風の刃が結界の核を打ち砕き、ようやく一行はピラミッド最深部の『王の間』へと辿り着いた。
だが――時すでに遅かった。
「……く、くはははは! 間に合わなかったな、愚か者どもめ……!」
中央の祭壇には、黒い瘴気を全身から吹き出す男が立っていた。
かつて代官だったその姿は、すでに人間の原型を留めていない。肌は黒く硬質化し、背中からは禍々しい骨の翼が突き出している。
足元には、干からびた巨大なワームの死骸と、血の海に沈む魔法使いの姿。
そして代官の胸の真ん中には、ドクン、ドクンと不気味な脈動を打つ『古代の王の心臓』が埋め込まれていた。
「ぐ、ぐああぁぁぁッ!! 素晴らしい……! これが……これが古代の神……悪魔の力かぁぁぁッ!!」
空間の魔性が『転回』を起こし、異様な変化が始まった。
天井と床、そして大気を切り裂くように、幾重にも重なり合った巨大な立体転移陣が浮かび上がる。それらは不気味な脈動に合わせて明滅を繰り返し、見たこともない古代の幾何学模様を描きながら、反転した漆黒のエネルギーを激しく噴出させた。
漆黒の光芒は、まるで意思を持つ蛇のように代官の体を巻き上げ、内側から細胞を破壊しながら再構築していく。代官の絶叫は次第に重く低い、地下空間の空気そのものを振動させる悪魔の咆哮へと変わっていった。
光が収束したとき、そこに降臨していたのは単なる異形の怪物ではなかった。
体長およそ10メートル。圧倒的な巨躯でありながら無駄な脂肪は一切なく、鍛え上げられた鋼のような漆黒の筋肉がしなやかに全身を包んでいる。身体を纏う漆黒の魔力はまるで揺らめくドレスかオーラのように輝き、禍々しくもどこか神聖さすら漂わせる、洗練された『黒き神話の魔人』の姿であった。
「……あいつ、魔法使いやワームの魔力だけじゃなく、自分の身まで完全に差し出しやがったのか……!?」
全身から解き放たれる美しくも恐ろしい圧迫感に、レオンは冷や汗を流しながら、その神聖で凶悪な怪物を見上げるしかなかった。
人間の理性を失い、完全な『悪魔』へと変貌を遂げた巨躯が、血のように赤い瞳でシオンたちを睨みつけた。
その顔は、まるで黒漆で彫り上げられた古代の彫刻のように美しく、そして徹底的に冷酷だった。
人間らしい感情は微塵もなく、左右に大きく伸びた漆黒の角が、額から頭頂部を鋭く飾っている。目には白目がなく、底なしの闇の中に血のような紅い瞳が二つ、怪しい光を放っていた。
さらに頬から首筋にかけては幾何学模様の亀裂が走り、その隙間から熱せられたマグマのような黄金の魔力が覗いている。
その整いすぎた美異形の顔容こそが、かえって人間を虫ケラのように見下す絶望的な『神性』と『邪悪』を物語っていた。
「間に合わなかったわね……。けれど、好都合だわ」
シオンは冷徹な眼差しを崩さず、扇子を静かに開いた。
「その禍々しい怪物ごと、あなたの愚かな野望をここで潰してあげるわ。……みんな、覚悟はいいかしら?」
「「「「応!!!」」」」
溢れ出す圧倒的な悪魔の瘴気を前に、シオンたちの決戦が幕を開けた。
(第70話へつづく)




