第66話 『獨酒と船酔い』
シオン様が転移陣を解除した先は、港町・竈の宿屋の前だった。
「シオン様、ここは――」
レオンが口を開きかけたその時、宿屋の中居が玄関から顔を出した。
「数日、宿泊の予約を頼みたい!」
レオンが声をかけると、店主が出てきて大歓迎した。
「これはこれは! この街を……いいえ、大鬼ヶ島を救ってくださった賢者様方ではありませんか! 何泊していただいても構いません、どうかゆっくりしていってください!」
宿に案内されたシオンは、そこで味噌と醤油の種(種菌)を分けてもらうと、
「少し行ってきますわ!」
と言い残し、転移陣で姿を消した。そして居なくなったかと思えば、すぐに戻ってきて言った。
「ルールルに種を渡してきましたわ!」
「なるほど! 種さえあれば量産は可能ですからな!」
レオンは豪快に笑った。
「さて、今夜はフルコースにプラスアルファでまいりますわよ!」
やがて、あの大宴会場で宴が始まった。レオンやジュンは、「これほど素敵なメンバーは、流石にこの世に他にいないだろう」と確信している。
宴の席で出された味噌と醤油に、ジュンは自分が作ったマヨネーズを差し出した。
店主も混ざり、みんなで「味噌マヨ」と「醤油マヨ」を試食する。噂を聞きつけた中居や料理長まで大広間へやって来ては、その味を堪能した。
「この『マヨなんとか』の製法を教えていただけるなら、何日滞在していただいても構いません!」
店主が思わずそう言い出す始末である。
「ジュン、構いませんわね?」
「はい、構いませんよ! 」
「だって僕が開発したわけでもありませんから」
(まあ、それは声に出して言っていませんけどね)
それから数日。宿屋の温泉に浸かり、美味い料理と酒を満喫しながら、一行は心ゆくまで羽を伸ばした。
「そろそろ参りましょうか」
シオンがそう切り出すと、レオンは力強く頷いた。
「そうですね! 長らく旅をお預けにしていましたからな」
宿屋を出て、徒歩で歩き出したシオンの後を追いながら、レオンが尋ねる。
「シオン様、転移陣はお使いにならないのですか?」
「ふふ、もう予約は済ませてありますのよ。ね、ジュン?」
「はい!」
楽しそうに顔を見合わせるシオンとジュン。レオンだけが「何の予約だ……?」と不思議そうに首をひねる。
やがて一行が港に到着すると、そこには一隻の船が停泊していた。
出迎えた船長が、誇らしげに声をあげる。
「この街を救ってくださった賢者様方! 本日は当船を貸し切りにしております。どうぞこちらへ」
船長が指さしたのは、本船へと向かう小さな艀だった。
まさか船旅を楽しめるとは思ってもいなかったレオンは、驚きを隠せない。
「おお……船に乗れるとは!」
「短い航海ではございますが、船内でごゆっくりおくつろぎください」
生まれて初めて足を踏み入れる船の中。
しかし、初めての体験に胸を躍らせていたのも束の間――船酔いでもだえ苦しむ羽目になったのは、レオンただ一人であった。
「実によい……経験を……させてもらった……」
込み上げるものを必死に抑え、口元を手に押し当てながら、レオンは青ざめた顔でそう呟くのが精一杯だった。
そしてレオンは、まだまだ修行が足りてないんだと考えるのだった。
船が大鬼ヶ島の港へ到着すると、大勢の青鬼たちが楽しそうに旗を振ってお出迎えをしてくれた。
「今日は俺たちの港でもてなすから、ゆっくり休んでいってくれ!」
案内されたのは、少し小ぢんまりとした木造の小屋だった。
「少し狭いですわね」
シオンが優しく微笑みながら魔法を唱えると、なんと小屋の空間そのものが一瞬で大きく広がった。
「な……なにぃ!?」
目の前の現象が信じられず、青鬼たちは元々青い顔をさらに青ざめさせる。
シオンは固まる鬼たちを気に留める様子もなく、異空間ポータルから豪華なテーブルや椅子、上品な食器類を次々と取り出し、一行と共に手際よく並べていく。青鬼たちはただただ圧倒されるばかりだった。
「さて、お料理は……」とシオンが楽しみにしていた矢先、運ばれてきたのは新鮮なイカ、タコ、ホタテといった絶品の海鮮料理だった。
「一行様が宿屋に泊まっていたと聞いたんでな。魚じゃなくて、あの宿屋では出ないような珍しい海産物を揃えて待ってたんだよ!」
そう語る青鬼の手には、『獨酒』という秘蔵の酒瓶が握られていた。
「獨酒とな……?」
ワイングラスに注がれたその酒は、雪のように白く濁っていた。口に含むと爽やかな酸味と芳醇な甘みが広がり、これまでに体験したことのない深い味わいが駆け抜ける。
「これは美味い……!」
誰もが絶賛し、舌鼓を打ちながら鬼ヶ島の特別な夜を満喫した。
明くる朝。お礼として絶品のマヨネーズを分けてあげると、青鬼たちは大喜びした。
「またいつでも来てくだされー!」
名残惜しそうに手を振る青鬼たちに見送られ、一行入口で入場料金を確認しダンジョンへと足を踏み入れのだった。
少し奥へ入り、中の作業風景を見学する。
レオンが「なぜ転移陣でパッと砂漠まで行かなかったのですか?」と尋ねると、シオンは静かに答えた。
「船長も一緒でしたでしょう? 私たちだけで転移陣で行ってしまったら、せっかく船に乗ってもらった意味がなくなってしまうではありませんか」
その言葉に、全員が深く頷いた。レオンは「シオン様は周りの者の気持ちまで考えていらっしゃるのだ」と感心した。
さらに進むと、素っ裸で足枷をつけられ、採掘場で黙々と鉱脈を掘らされている者たちの姿があった。
山の上で砦を築き、財宝を独り占めしていた盗賊団のメンバーたちだ。
「あれを十年……きっと反省し、後悔しているでしょうね」
一行はその光景を後にした。
そうこうしているうちに、観測者の間に辿り着いた。
「あれ……?」
なんと、観測者が不在だったのだ。
そこには一枚の札が掛けられており、『しばらくの間、門は封鎖する』と書かれていた。
――誰も知らない話だが、実は創造主様がレオンの言葉を聞いて、仕様を修正している最中なのだった。シオン一行が既にここをクリアしたからこそ起きた、ちょっとしたアクシデントである。
(第67話へつづく)




