第61話 『初めての刺身と宴の夜』
中居の注文に対し!
「それでは、一番良い最高のフルコースを6人前でおねがいしますわ」
それを聞いたライトとレフトが、思わずシオン様に尋ねた。
「えっ、6人前!? リップもそんなに食べるの? いつもならジュンの半分も食べないよ?」
「ふふ、大丈夫ですよ。残った分は、皆で美味しく分け合って食べますから」
シオン様は可憐に微笑みながら、迷いなく豪華な夕食を注文するのだった──。
仲居さんが大慌てで部屋を立ち去って、間もなくのことだった。
今度は、この宿屋の店主が必死な面持ちで駆け込んできた。
店主はすっとシオン様に近づくと、周囲を気にするように小声で切り出した。
「……実は、賢者様とお聞きしてご相談に参った次第でございます。最近のことなのですが、島の鬼たちがこちらへ渡ってきては暴れたり、住民を追い出して家に勝手に住み着いたりと、好き勝手をするようになって困っておるのです」
店主の話によると、事情はこうだった。
大鬼ヶ島と小鬼島をつなぐ地下洞窟があるのだが、そこで暮らす鬼が増えすぎてしまい、島に居場所がなくなってしまったらしい。
以前はあちこちから冒険者がやって来て、島からそれなりにお宝を持ち帰って鬼の数を間引いてくれていたのだが、最近は「もう宝が出なくなった」という噂が広まり、冒険者もパタリと来なくなってしまったのだという。
「……決して鬼の皆が悪いわけではないのですが、中にはそうして溢れ出して暴れる連中もおりまして……」
そんな重苦しい話をしているところへ、温泉から上がってきたレオンとジュンが戻ってきた。
「ただいま戻りまし……む?」
いつもはお茶目なシオン様が神妙な面持ちで聞き入っている様子を見て、二人は大慌てで話に混ざった。
「これはこれは……大変なことになっておりますな」
店主の話をひと通り聞き終えたレオンが、腕組みをして深く頷く。
「なるほど……。どういたしますか、シオン様?」
レオンが尋ねると、全員の視線が静かにシオン様へと集まるのだった──。
「でしたら、明日にでもその洞窟の中がどうなっているか、確認してきましょうか!」
レオンが腕組みをしながら頷く。
「ふむ……もしそこがダンジョンだとすれば、急に『お宝が出なくなった』というのは、いささか不思議な話ですな」
「まあ店主さん、数日待ってくれませんか。こちらで何とかしてみせましょう!」
「ははっ! 賢者様方、何卒よろしくお願いいたします……!」
店主は感謝の言葉を重ねながら、深く頭を下げて部屋を去っていった。
「明日にでも行ってみますか」
ジュンがシオン様に向かって切り出す。
「まあ、中を見てくるだけなら、僕一人でも十分に確認してこられますよ」
「あら、そうですの? 頼もしいですね、ジュンは」
シオン様に微笑まれ、ジュンは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「いえいえ、僕なんてシオン様やレオンに比べたらまだまだですから。それに、せっかくお寛ぎのシオン様の手を煩わせるわけにはいきませんしね!」
すると、レオンが身を乗り出して尋ねてきた。
「ジュンよ、良いのか? ワシも一緒に行っても良いのだぞ!」
「いや、レオンはここに残っていてください。……だってレオン、とにかく目立ちますから!」
「ぬ……!?」
「今回はあくまで極秘の『偵察』なんですから、隠密が得意な僕しかできないでしょ!」
「むう……それもそうだな」
レオンはガックリと肩を落として納得した。……が、すぐに「ならば!」と気を取り直して胸を張る。
「ワシはジュンが不在の間、ここに住み着いたという鬼たちの情報を集め、町を密かに調べてまいりましょう!」
落ち込んでもタダでは起きないレオンの前向きな提案に、ジュンはパーッと明るい笑顔を浮かべた。
「うん、頼んだよレオン! さあ! とりあえず今夜はバッと美味いものを食べて、盛り上がりましょうか!」
ややもすると、注文していた豪華なフルコース料理が次々とテーブルへ運ばれてきた!
部屋の中央に置かれた丸いテーブルを囲み、一同はそれぞれグラスを手にする。
そこへレオンがスッと立ち上がり、重々しい声で語り始めた。
「それでは! 今日の良き日に、シオン様の深き御寵愛を受け……」
「長いっ!! ながすぎるぞ、レオン!」
調子に乗ってきたレオンの長々とした口上を差し置き、途中でジュンが強引割り込んだ。
「さあさあ〜! 乾杯しましょ!!」
「「「乾杯ーーっ!!」」」
出鼻をくじかれたレオンを置き去りにして、楽しげな乾杯の声が響き渡る。
一方で、ピクシーのライトとレフトは、リップの食事風景に興味津々の様子だった。
「ねえねえリップ、食べさせてあげようか?」
「ねー、リップ! あ〜んして?」
「食べきれなかったら、食べてあげるね?」
二人はここ最近、リップの食べ方が気になって仕方がないのだ。普段はどこに口があるのかさっぱり分からないのに、物を食べる瞬間だけパカッと口が現れ、口にした食材は体の中でそのまま溶けるように消えていく。
……もっとも、リップからしてみれば、ライトとレフトが大きくなったり小さくなったり変身する方がよっぽど不思議なわけで、お互い様といったところなのだが──。
ジュン以外は、これが刺身を初めて口にする経験だった。
ジュンが真っ先にマグロへ箸を向けると、シオンが不思議そうに尋ねる。
「ジュンはこの箸とやらも使えるのか?」
そう言いながら、シオンは異空間からフォークを取り出した。
「やはり、これですわね……!」
シオン様は、香ばしく焼き上げられた新鮮な魚を口に運ぶなり、うっとりと頬を緩めた。
「シオン様、こちらのカニもとっても美味しいですよ! それに、このアワビと大きなエビも!」
ジュンが次々と豪華な海鮮料理を勧めると、シオン様は目を輝かせて舌鼓を打つ。
それもそのはず、シオン様がこれまで知っていた食材といえば肉くらいのもので、調味料もせいぜい塩とケチャップ程度だったのだ。出汁と海の幸が織りなす繊細で深い味わいに、彼女はあまりの美味さに心から感動していた。
一方、リップが食べきれずに残した料理の存在を、周りの面々が見逃すはずもなかった。
「わーい! リップの分、もらっちゃおう!」
「エビもアワビもプリプリで美味しい〜!」
食べ盛りのライトとレフトが目ざとく残りを確保し、実に美味しそうに頬張っている。
こうして『竈の宿屋』の宴は、賑やかで幸せな空気のまま更けていくのだった──。
「シオン様、実は世の中には塩やケチャップだけじゃなく、醤油や味噌を筆頭に、まだまだたくさんの素晴らしい味付けや調味料があるんですよ」
ジュンから和食の基本である醤油の香ばしさや味噌の深いコクについて教えてもらい、シオン様は感心したように何度も頷いた。
「まあ……そんなにたくさんの『味わい』が、この世界には存在しますのね」
未知なる食文化の奥深さに触れ、シオン様はそっと満ち足りた吐息をつく。
異世界を巡り、まだ見ぬ景色や歴史に触れることだけが旅ではない──その土地ならではの味を堪能し、豊かな風味に心躍らせること。それもまた、旅の大きな醍醐味の一つなのだと、シオン様はこの日ジュンから教えてもらったのだった。
(第62話へつづく)




