第60話 『港町の宿屋』
シオン様御一行が超スピードの飛行を経てしばらく進んだ先には、小さな漁村が広がり、桟橋には一隻の小型船が停泊していた。
「懐かしい船ですね」
ジュンがポツリと漏らすと、レオンが珍しそうに船を見つめる。
「怪しい乗り物ですな……!」
「あれは船といってね、海の上に浮かんで魚を釣ったり、網を引いて漁をしたり、人を運んだりする乗り物なんだよ」
「ほほう! 魚を捕まえる道具とな!」
感心するレオンを横目に、ピクシーのライトとレフトは早くも乗る気満々でワクワクと目を輝かせている。
「シオン様、あれにお乗りになるおつもりですか?」
「決まってるだろー! 創造主様の足跡がこれに乗ってるんだから!」
「そうなのですか、シオン様?」
「ええ、そのようですわ」
そんな会話を交わしていると、奥から日焼けした船長が歩み寄ってきた。
「お前さんたち……これに乗るのかい?」
問いかけに対し、レオンがいつものようにカシャンと胸を張って名乗りを上げる。
「我々は旅の者だ。こちらにおわすのが賢者シオン様、アザゼルの称号を持つ神聖ジュン、ピクシーの双子ライトとレフト、ジュンの肩に乗っているのはスライムのリップ、そして私が剣聖レオンと申す!」
「お、おう……なんだか凄そうな面々だが……。申し訳ないが、次の便が出るのは明後日になるんだ。で、お前さんたちはどっちの島へ行くんだ?」
「『どっち』とおっしゃいますと……島が二つあるのですな?」
レオンが尋ねると、船長は胸を張って答えた。
「そうさ! 大きい島が『大鬼ヶ島』、もう一つの小さな島が『小鬼島』だ! この辺じゃ有名な話でね。鬼宝島なんて呼ばれることもあって、それこそお前さんたちみたいな『冒険者』とやらもよくやって来るんだぜ!」
それを聞いたジュンは、思わず心の声を漏らしそうになった。
(……まるで(あれ)だな!!)
「ん? なんだジュン?」
「い、いや! 何でもないです!!」
レオンに突っ込まれ、ジュンは大慌てで言葉を打ち消すのだった──。
「なら船長、この辺りで宿泊できる宿屋はありますか?」
ジュンが尋ねると、船長は気さくに頷いた。
「ああ、数件あるぞ! 今は島も閑散期だからな。大鬼ヶ島の鬼どもだって、こっちの温泉宿へ休みに来てるくらいだ」
「……えっ? 鬼が島から休息に……?」
ジュンは思わず固まる。
(なんだそれ……『トレジャー・オニランド』が閑散期に入ったから、従業員の鬼たちが有給取ってリフレッシュしに来てる感じか……!?)
その話を聞いたシオン様は、ふむと気品高くあごに扇子を当てた。
(魔界の者たちも、私の留守中にきちんと有給休暇を取って、旅行やレジャーを楽しんでいるのかしら……?)
シオン様がそんな明後日の方向に思いを馳せていると、船長が道を教えてくれた。
「ここをまっすぐ3ブロック行ったら、左に45度曲がるんだ。1つ目の角にある『竈の宿屋』ってのがお勧めだな。あそこの魚料理は酒が進むぜ!」
「では、そこへ行ってみますか? こういう田舎で、旬の地のものを味わうのも風流で乙なものですからな!」
レオンが提案すると、シオン様も扇子を口元に当てて微笑んだ。
「私も、お魚はそれほど食べた記憶がありませんわね。参りましょうか」
──教えられた通りに道を進み、一行は目的の『竈の宿屋』を目指した。
その途中、湯上がりで顔を真っ赤にした赤鬼たちが、気持ちよさそうに一行の脇を通り過ぎていく。
そのガタイは、大柄なレオンよりもさらに一回り大きく、なるほど「鬼」と呼ばれるに相応しい圧巻の風格があった。
(……本当に普通に温泉を楽しんで帰っていくんだな……)
ジュンが密かに呆れ混じりの感心を抱いていると、やがて目の前に『竈の宿屋』の看板が見えてきた。
レオンが「もし!」と重厚な甲冑の音を立て、暖簾をくぐる──。
「はーい! いらっしゃい……おや?」
出迎えた宿の者が、一行の異様な姿に一瞬目を丸くした。
「あー……何名様でしょうか?」
「我ら大人3人と子供が2人、それにスライムのリップだが!」
「少々お待ちを! 大部屋が1部屋でよろしければ、すぐにご案内できますが……」
案内された一行は、長い廊下をギシギシと進み、奥にある広間へと通された。
「なかなか広いですよ、シオン様」
ジュンが見渡した部屋は、畳が一面に敷き詰められた大広間だった。差し詰め、大勢での宴会場にでも使われそうな広さである。
「ええ……ここなら我が家の宮殿、ローザ伯爵家の大広間と……高さこそ、少しばかり低いですが」
シオン様がそう呟きながら、すっと指先を天井へとかざした瞬間──。
「シオン様!! ここはひとつ、これで我慢してくださいっ!!」
レオンが大慌てで間に入り、必死の形相でシオン様を宥めた。
「あら、ピクシーのライトとレフトが『少し天井が低い』と言うものですから……」
「って、誰もそんなこと聞いてませんから!!」
天井を改造しようとしたシオン様と、とっさにピクシーのせいにしようとした優雅な言い訳に対し、ジュンと思わず息の合ったツッコミを入れてしまうレオンなのだった──。
「ジュンよ、ワシと『温泉』とやらに行ってはくれぬか?」
「あ、いいですね!」
ジュンもしばらく温泉に入れていなかったこともあり、二人はさっそく着替えの浴衣へと袖を通した。
「リップはどうする?」
ジュンが肩に手を差し出すと、リップは嬉しそうに「ぷよん」と肩へ飛び乗ってきた。
「シオン様、我々は温泉とやらに浸かってまいります」
レオンが挨拶をして部屋を出ていく横で、シオン様は指先ひとつで異空間の扉を開き、自前の豪華なテーブルやソファを取り出し始めた。それをライトとレフトが手際よく並べていく。
作業が一段落し、和風の大広間でありながら完全に優雅な西洋ティータイムを楽しんでいたところへ、宿の仲居がやってきた。
「失礼いたします──」
スッと障子戸が開けられる。
「お夕食の件で──」
そう言いかけた仲居は、次の瞬間、畳の上に鎮座する豪華絢爛な宮廷家具とシオン様たちの姿を目にするや否や、あまりの衝撃に「ひえっ……!?」と腰を抜かしてしまった。
「あら、どうなさったのです?」
シオン様が優雅にティーカップを置きながら尋ねる。
ピクシーの二人がすかさず仲居さんの両脇へ駆け寄り、「大丈夫ですかー?」と手を貸してペタリと座らせてあげた。
「こんな……こんな豪華な家具、一体どこから……!?」
目を白黒させる仲居さんに対し、ライトとレフトは胸を張り、普段レオンが使っている口調を真似してのたまった。
「この方は、かの有名な賢者シオン様であらせられるぞ!」
「それで、どのようなご用ですの?」
シオン様が微笑むと、仲居さんは慌てて姿勢を正した。
「あ、はいっ! 本日のお夕食はどのようなコースにされるか、お伺いに参りました……!」
(第61話へつづく)




