第59話 『攻撃が無意味なバリアコート』
焚き火を囲み、シオン様が異空間ストレージから取り出した巨大な肉の塊をレオンが小さく切り分け、ジュンが手際よく味付けをしていく。
やがて鍋から湯気が立ち上り、食欲をそそる芳醇な匂いが荒野の一帯に漂い始めた。
シオン様は豪華なソファーに深く腰掛け、グラスに注がれた深紅のワインを静かに口に含む。頭上には夜空いっぱいに星々が瞬き、時折流れ星が闇を駆け抜けていった。
「こんな素敵な夜に……乾杯!」
穏やかで温かな夕食が始まった。
そこへ、一足先に食事を終えて夕涼みをしていたライト兄弟が、漂ってくる匂いに誘われるようにやってきた。ジュンが「一緒に食べないか」と声をかけ、皿に盛った肉鍋をフォークと共に手渡す。
「さっきの人たち! こんなところで野営をしてたの?」
問いかけてきた二人は、忘れないうちに昼間の設計図を描き直したのだと嬉しそうに語る。
「明日から作り直して、また飛ばしてみせるよ!」
そう語る二人の瞳は、子供のように無邪気に輝いていた。
――だがその頃、見晴らしの良い丘の上からは、夜空に浮かび上がる焚き火とシオン様一行、そしてライト兄弟の姿を見下ろす怪しい影があった。チャールトン率いる7人のガンマンたちだ。
「ボス、あそこを見てくださいよ」
望遠鏡を覗いていた部下の一人が声を潜める。
「アイツら、あんな豪勢な家具や食器をどこから引っ張り出してきたんだ……?」
「へへ、ここから狙えば一発で仕留められますぜ」
チャールトンは鋭い眼光で静かに命じた。
「左右に散れ。俺の合図で一気に撃ち込む。しくじるなよ」
そして手際よく配下に標的を割り当てていく。チャールトン自身がライフルを向けたのは、昼間、街人の前で赤っ恥をかかされたレオンだった。
狙いを定め――静寂を切り裂いて引き金を引く。
パーン!
その衝撃音に続くように、パンパンパンパンッ! と連続した銃声が荒野に鳴り響いた。
――とは言っても、いつもの強力な結界を展開しているキャンプ地の防衛力はまさに鉄壁。ガンマンのライフル弾など、ハエがたかる程度の害にもならなかった。
弾丸を撃ち尽くしたチャールトンは、冷や汗を流しながら呆然と立ち尽くす。
「な、なぜだ……!? なぜ一発も当たらない……!?」
仲間たちも何が起きたのか理解できず困惑していた。
その頃、焚き火の傍らでワインを楽しんでいたシオン様は、不快な羽虫を払うかのように静かに告げた。
「リップ、外の不躾な害虫たちの処理をお願いできますか?」
「お任しぇくだしゃいましぇ!」
シオン様が「可愛いですね」とリップの頬にそっとキスを贈る。
リップはぽっと頬を赤らめると、地面へへばりつくようにして水のようにサーッと流れていった。そして集まっていた7人のガンマンたちの足元を一瞬で濡らし、凄まじい電撃を解き放つ!
バリバリバリ!!
6人のガンマンたちの身体が赤く発光し、
「あ! あぁ……ッ!」
悲鳴にもならない喘ぎ声を漏らして、次々と崩れ落ちていった。ちなみに残る1名は、結界に弾かれた味方の跳ね返り弾が運悪く直撃し、既に夜空のお星様となっていた。
サーッと戻ってきたリップは、満足そうに報告する。
「みんなシオン様のビリビリで寝てしまっていましゅ!」
そう言い残すと、再び楽しそうな食事の輪へと交ざっていった。
(……リップよ、あれは寝たのではない。電撃ショックで絶命寸前の気絶をしたのだ……!)
ジュンとレオンは心の中で完璧に同期したツッコミを入れた。
しかし、シオン様からのキスによって授けられた神技『電光雷刃』を、リップは単なる「遊んでもらったご褒美」程度にしか思っていないらしい。
シオン様から直接祝福を授けられることがどれほど恐ろしく、そして羨ましいことか――その絶大な価値に全く気づいていない愛くるしい姿に、二人は深い溜め息混じりの情けない嫉妬を覚え、「今夜ばかりはリップになりたい」と切に願うのだった。
翌朝。
命からがら生き残った6人のガンマンは、お星様になった仲間を抱え、半泣きで街へと逃げ帰ろうとしていた。
そこへ、草原の花々を愛でながら散歩をしていた精霊のライトとレフトが「おーい!」と声をかける。
「昨日みたいに遊ぼうよ!」
パタパタと宙を舞いながら追いかけてくると、ガンマンたちは顔を蒼白にして一目散に駆け出した。
二人はまるで鬼ごっこでも楽しむかのように面白がって追いまわし、疲れ果てて倒れ込んだガンマンを軽々と持ち上げては宙へと高く放り投げる。
それ遠目に見つめていたレオンとジュンは、
「あれは神々なんかじゃない……ただの悪魔だ……」
「直撃で落ちたら、あいつも間違いなくお星様だな……」
と遠い目をして呟くのだった。結局、彼らのうち何人が無事に街へ辿り着けたのかは知る由もない。
出発の支度を終えたシオン様一行は、まだ楽しそうに“人間投げ”に興じる二人を置いて歩き出す。
「おーい、先に行ってるぞー!」
レオンが声を張り上げると、二人は満足したようにパタパタと飛んで追いつき、シオン様の隣に寄り添って手を繋いだ。
「みんな、とっても楽しそうに逃げ回ってたよ!」
無邪気な笑顔で報告する二人を見ながら、ジュンはひとり深く考え込んでいた。
(……俺の司る『アザゼル』の称号とは、一体何なのだ……?)
神々の裁きと審判を司る「アザゼル」――その威厳と恐ろしさに満ちた名に比べ、目の前で無邪気に惨劇を引き起こした二人の凄まじさはどうだ。当の本人が『遊んでもらっている』と本気で信じている以上、野暮なツッコミなど野暮の極み。そう分かってはいても、心の葛藤はどうしても収まらない。
そんなジュンの悩ましげな様子を察したレオンがそっと歩み寄り、耳元で邪悪に囁いた。
「フッ……あんな小物どもに、お前の高貴な裁きなど勿体なかろう?」
「……確かに!」
ジュンは目から鱗が落ちたようにポンと手を打ち、深く頷くのだった。
その時、シオン様が心地よさそうに風を感じながら、少し退屈そうに呟いた。
「そろそろ、この長閑な景色にも飽きてしまいましたわね……。どこまで続くのかしら? 少し急ぎましょうか」
そう言うやいなや、シオン様は指先ひとつで全員の体を宙へと浮かべると、物理法則を完全に置き去りにした超絶的なスピードで大空を駆け抜けた!
『うわあああああああっ!?』
絶叫を上げるヒマすらないほどの爆速で、一行は一瞬にして彼方の空へと消え去っていく。
──その頃、地上に取り残されたライト兄弟は、空を猛スピードで横切っていく未知の光をぽかんと見上げていた。
「おい……あれって、僕たちが作ろうとしている『飛行機』なのか……?」
「わからん……だが、すごいスピードだ……」
自分たちに大真面目に「揚力」や「翼の比率」を講義していた者たちが、物理理論をあざ笑うかのように空を爆走していく姿に、兄弟は言葉を失い開いた口が塞がらない。
「弟よ……見ろ。あの人たちが残していったこの羽根……重さが全く無いんだ」
「え……!? 質量がゼロ……!?」
二人が驚愕に震える中、その羽衣の羽根はかすかな魔力を帯びて淡く怪しく光り始めた。
ピクシーのライトから抜け落ちた羽根だった。
同じ頃、シオン様たちが向かう遥か彼方の荒野の果て――霧に包まれた謎の巨大建造物『終焉の時計塔』では、不気味な鐘の音がゴーン……ゴーン……と鳴り響いていた。
(第60話へつづく)




