第55話 『洞窟のぬくもりと朝の雷撃』
「あの加護はね……」
レフトとライトは顔を見合わせると、ソファーに腰掛けるシオンの両隣にちょこんと立った。
二人の背丈は、立った状態でも口元がシオンの耳元にちょうど届くくらいの小ささだ。二人はシオンの肩に小さな手をそっと乗せ、くすくす笑いながらコソコソと何かを囁き始めた。
『——だからね、母様。あの転移陣も実はね……』
双子の幼い囁き声を聞くにつれ、シオンの美麗な顔が驚愕に染まっていく。
(……事故死した魂に、最古のエルフの創世神であられる『エル・アルディン様』が直々に授けた加護……!?)
驚くシオンに、二人はさらに声を潜めて付け加えた。
「それにね、母様。エルフ族の棲む大陸は、神々や人間界、魔界が存在するこの大陸とは、巨大な海を挟んだ真反対にあるんだよ。お互いに往来もできず、存在すら知り得ない場所なんだ」
(なるほど……それほど隔絶された地であったなら、噂に聞き及んでいたエルフの神とお会いする機会がなかったのも頷けるわ)
シオンが独り納得している様子など露知らず、ジュンは「ん? どうしたの、シオン様?」と呑気に首を傾げている。
シオンは呆れたような、どこか深遠な運命の悪戯を感じたような溜息をひとつ吐くと、それ以上は何も追求しなかった。
「……ううん、なんでもありませんわ、ジュン。
ただ……貴方は思っていた以上に、果てしない愛に恵まれているようですわね」
一方、そんなやり取りを傍らで見ていたレオンは、胸の中で静かに思考を巡らせていた。
メンバーそれぞれの仕草や口調、立ち振る舞い、そして内に秘めた圧倒的な強さ——その一つひとつを観察するにつれ、彼の中に確信めいた予感が芽生えていく。
(この者たちは、決して偶然集まったのではない……最初からこうなることが決まっており、いつか何者かに必要とされる未来のために集うべくして集まったのではないか)
自分はいま、まさにその伝説の渦中にいる。この破格の仲間たちと肩を並べて歩んでいるという事実に、レオンは言いようのない誇りと昂揚感を深めていた。
「さて、そろそろ就寝の時間ですのよ」
レフトとライトは、初めて体験するふかふかとしたダブルベッドに興奮気味だったものの、やがてすやすやと眠りについた。
相変わらず広い洞窟の中、そこだけ異質で派手なドーム状のバリアコート空間が広がっている。外から見るとキラキラと輝く洞窟の壁画のようであり、丸く閉ざされた不思議な空間だ。しかし、内側からは外の様子が綺麗に透けて見えていた。
「最初はあまりにも不思議な光景だから、よく興奮を抑えて眠りにつけたよね。僕なんて最初は全然寝られなかったから、あいつらなかなか感心だよ」
ジュンの言葉に、レオンも大きく頷いた。
みんなが眠るベッドの脇に置かれた衝立の向こうから、小さな寝息が聞こえていた。
その時、一匹の魔獣がドームを叩き壊そうと外から打ちつけてきた。
その微かな音に反応して目を覚ましたのは、ライトとレフトだった。普段からこうした事態に慣れている他の仲間たちは起きない。
ふたりは不安になったのか、シオンのベッドへこっそりと潜り込んだ。安らかなシオンの寝顔を覗き込むと何故か心が落ち着き、そのまま安心して眠りに落ちてしまった。
翌朝、ジュンがリップと一緒に食事の準備を終えた頃、みんなが起き出し始めた。
ライトはシオンの隣で、まだ寝ぼけながら背中の小さな羽をパタパタと動かしている。その愛らしい姿を愛おしそうに見つめるシオン。
「あらま、いつの間に……」
「僕が起きた時には、もうふたりのベッドは空でしたよ」
ジュンが微笑みながら話しかける。
洞窟の中とは思えない、どこか不思議で温かな朝の情景だった。
食事を済ませ、手際よく後片付けをするリップのもとへ、二人の妖精——ライトとレフトが近寄ってくる。
レオンとジュンも、散らかった食器や酒瓶を収納ケースに詰め込みながら、その様子を微笑ましく眺めていた。
どうやら今度は、リップにおしゃべりを持ちかけているようだ。
自分たちも手伝いたいものの何をすればいいのか分からない様子だったのと、リップが食器を一度体内に取り込み、取り出すだけでピカピカにしてしまうのが不思議でたまらないようだった。
やがて出発の準備が整うと、レオンは剣を構えて仁王立ちした。
「あ! 夜中にバリアコートを叩いていたやつだ!」
ライトとレフトが声を上げる。その視線の先には、昨夜の魔獣がいた。
その瞬間、レオンの持つ剣がバリバリと音を立て、興奮気味に磁力を増幅させていく。レオンはまだ魔獣との距離があったものの、剣を上段に構え、一気に振り下ろした。
同時に、剣先から放たれた激しい雷撃が魔獣を直撃する。
頭から真っ二つに裂けた魔獣から煙が上がったかと思った瞬間、その姿は空気中へと霧散していった。
初めて繰り出したこの攻撃に、レオンは思いを馳せる。
自らの武器である『女神の恩寵』——この剣もきっと、挨拶代わりにライトとレフトへその真価を見せておきたかったのだろう、とレオンは感じるのだった。
「凄いですね、ライト!」
「そうだね、レフト!」
圧巻の一撃を目撃したライトとレフトは興奮を抑えきれない様子で、まるでボクサーのシャドーボクシングのように両のこぶしを素早く繰り出している。
ジュンの肩の上に乗っていたリップも、それを見てシュシュッと可愛らしく拳を振って楽しそうにふたりの真似を始めるのだった。
(第56話へつづく)




