第50話 『喋るスライムと、開かれし大迷宮!』
オクトパス・ベラ・ヤッポン大臣が八本の触手を振り上げて叫ぶと、レオンとジュンが即座に武器へ手を伸ばした。
「ぬかせ悪党め! シオン様がそのような卑劣な真似をされるはずがなかろう!」
「そうだよ! シオン様が渡したのは気付け薬だ!」
しかし、シオンはパチンと優雅に扇子を閉じると、ふふっ と涼しげに微笑んだ。
「あら……わたくしたちが毒殺の犯人? 面白い冤罪ですわね。まあよろしいわ、お取り調べとやら、お受けいたしますわ」
「シオン様!?」と驚く二人を制し、あえて素直に捕まるフリをするシオン。
一方、シオンたちを牢へ押し込めた(と思い込んでいる)大臣と子爵は、勝利を確信してニヤリと浅ましい笑みを浮かべていた。
この時、スライムのリップは、地下牢へ向かうジュンの背中に潜みつつ、大臣と子爵の後をも密かに追っていた。
一方、シオンたちが閉じ込められた地下牢では、まさに非道な拷問が始まろうとしていた。
シオン、レオン、ジュンの三人は後ろ手に手枷をはめられ、不敵に笑う手下たちがムチを構える。
――パシィィンッ!
鋭い乾いた音が牢内に響き渡り、打ち下ろされたムチの先があわやシオンの美しい頬をかすめる……その寸前!
「「シオン様に触れるな!!」」
手枷を一瞬で破壊したレオンとジュンが跳躍。目にも留まらぬ一閃で、ムチを持っていた手下三人を取り押さえ、一瞬で無力化した。
シオンも何事もなかったかのようにパチンと自身の手枷を外すと、服の埃を払い優雅に微笑んだ。
「ふふ、おイタが過ぎますわね。……さあ、乙姫様の元へ参りましょうか」
その頃、シオンたちが牢獄でむち打ちにあっていると思い込んでいるオクトパス大臣とイワツキー子爵は、高笑いを上げていた。
「ハハハ! 邪魔者は消えた! 今のうちに海底都市の最深部へ向かい、『古代の深海巨獣』の封印を解くのだ!」
ふたりと近衛兵数人は最深部へと急ぎ、乙姫の宝物庫から密かに盗み出していた鍵を使って、巨大な封印の陣を解き放ってしまう。
――ズズズズズ……ッ!!
その瞬間、海底都市全体を揺るがす凄まじい大地震が巻き起こった。
封印から解き放たれたのは、山のような巨躯を持つ凶暴な深海巨獣!
しかし、大臣たちの制御など一切効くはずもなく、巨獣は咆哮を上げると狂乱して海底都市を破壊し始めたのだ。
「い、イワツキー子爵! お主、『鍵さえ開ければ巨獣は我らの言うことを聞く』と言っておったではないか! 貴様、ガセネタを掴まされおってーっ!」
「ひ、ひぃぃぃっ!? 伝承にはそう書いてあったのです! な、なぜ言うことを聞かんのだーっ!?」
己の浅はかさを棚に上げて責任を擦り付け合いながら、悲鳴を上げて逃げ惑う大臣と子爵であった。
しかし、牢の中にいたシオンはその巨大な魔素の波動を感じ取り、美しく目を輝かせた。
「……あら? この禍々しくも懐かしい気配……。ふふ、あの者たち、いい仕事をしてくれましたわね。これこそが、わたくしの探していた『大迷宮』の扉ですわ!」
歓喜するシオン様の視線の先――。
巨獣から逃げ帰った大臣と子爵は、護衛たちを囮にして見捨てると、命からがら竜宮城まで泣き叫びながら助けを求めて逃げ込んできていた。
竜宮城の目前で暴虐の限りを尽くす、解き放たれた巨獣。
誰もが絶望に飲み込まれる中、シオンたちはまるで散歩でも楽しむかのように、悠然とその巨体を見上げて歩み出た。
「――あの方々は……!?」
まさにその時、シオンの「気付け薬」で見事に毒から回復した乙姫が、侍女たちに支えられながら息を切らして駆けつけてきたのだった。
「シオン様……! 一体何が……!?」
オクトパス大臣はすかさず乙姫の前へ躍り出ると、必死に嘘をまき散らした。
「乙姫様! こいつらです! こいつらが乙姫様に毒を盛り、さらには封印を解いて巨獣を呼び寄せたのですぞーっ!」
「よ、よくもぬけぬけと……ッ!」
怒りに震えるレオンとジュン。その時だった。
古代の魔素と大迷宮の濃厚な波動を浴びたことで、ジュンの肩に乗っていたリップの身体が、水色に強く光り輝き始めた!
ポヨン……ポヨン……と光を放ち、ジュンの肩から前に躍り出ると――
『プリプリ……! みんな、騙されるなプリーーーーッ!!』
「「「な、喋ったーーーっ!???」」」
周囲の全員が口をあんぐりと開けて絶叫する。
なんと、あの可愛らしいスライムのリップが、たどたどしくもハッキリとした言葉を喋り始めたのだ!
リップはドヤ顔でぷにっと胸を張ると、大臣たちをバッと指さした。
『ボク、見たプリ! ボクは城内を通る【水脈】から、このタコとウツボが乙姫様の食事に毒を混ぜて、シオン様たちのせいにしようと企んでるのを全部聞いてたプリ!』
「な、何だと……!?」
さらにリップは、ポロンッと口から小さな瓶を吐き出した。
『これが、あいつらが使った毒の残りの瓶プリ! 隠し持ってたのをくすねておいたプリ!』
完璧すぎる証拠と真実の暴露に、オクトパス大臣とイワツキー子爵は顔面を蒼白にしてガタガタと震え出した。
乙姫が冷ややかな視線をふたりに向ける。
「……私の命を救ってくださったのはシオン様の気付け薬です。真犯人は……そなたたちですね! 兵たちよ、二人を捕らえなさい!」
「ひ、ひえぇぇぇーーーっ!!」
企みが完全に崩壊した悪党ふたりは、巨獣の暴走による混乱に乗じてその場から逃げ出した!
近衛兵たちが立ち向かうも狂乱する巨獣には手が出せず、逃げる悪党たちを追う余裕もない。
――しかし、事態は一瞬で決着する。
シオン様はパチンと優雅に扇子を閉じると、圧倒的なチートオーラを全身から爆発させた。
その凄まじい圧迫感と、駆けつけた乙姫の護衛兵たちによる挟み撃ち。逃げ場を失った巨獣が襲い掛かろうとした瞬間――それはシオン様の指先一本で、ドサッと倒れ寝てしまった。
「あら? 以前この巨獣を封印したのも私ですわ! まさか閉じ込めた場所が大迷宮の入口だったなんて、知りませんでしたけれど……ふふっ」
真実が明かされ、悪党も捕縛された。
残る問題は、いまやシオンの威圧に縮こまって寝ている深海巨獣(=大迷宮の守護者)のみ。
眠りから覚めたら、再びここで守護者をして頂きますわ。
シオンがそう言い一歩前へ踏み出す。
「ふふ……濡れ衣も晴れ、大迷宮の扉も開きましたわ。……参りましょうか!」
『プリッ!!』
言葉を覚えたリップが頼もしく鳴き声を上げ、ジュンとレオンも答えるように頷いた。
「行こうか!」
こうしてシオン一行が未知なる大迷宮の攻略へと突き進もうとした、その時――。
護衛兵の隊長が、取り押さえた大臣たちを引きずりながらシオンへ深々と頭を下げた。
「シオン様、この度の騒動、どうかご容赦ください……! この二人の悪逆非道な所業の数々、どのような裁きがお望みでしょうか? 煮るなり焼くなり、シオン様のお気持ち次第でお任せいたします!」
「シオン様に濡れ衣を着せようとしたなど、万死に値する!」と息巻くジュンに、レオンも深く頷く。
しかし、シオンはくすりと微笑み、優雅に首を振った。
「あら、そんなのそちらの問題ですわ。わたくしではなく、乙姫様に毒を盛ったのですもの。……まあ、わたくしの居た時代、初代セラフィナでしたら、問答無用で公開処刑でしたけれど?」
「ひぃぃぃぃっ!?」
シオンの冗談めかした(しかしまじりっ気なしの)一言に、縛り上げられた悪党ふたりは失神せんばかりに悲鳴を上げるのだった。
(第51話へつづく)




