第49話 『密室の陰謀と、蠢く深海』
足元の宇宙転移門が明滅を繰り返しながら消えてゆく。
パッと視界が開けた。
その景色を目にしたシオンは、思わず呟いた。
「懐かしい……懐かしすぎますわ」
「あれは確か、転移させられて三十周目辺りでしたか。結局、この世界の修復が目的だったのでしょうか。今思えば――こうしてまたここに立てたのなら、結果的には良かったですわね」
「シオン様? ここに来たことがあるんですか?」
レオンが尋ねると、ジュンも周囲を見回しながら首をかしげた。
「なんだか不思議な感じ……もしかしてここ、海の中ですか?」
「えぇ、ここは海底都市ですのよ。昔、この天界を支える見えない城壁の支柱が数本崩れかけ、破綻しかけていたことがありましたの。それを私が力技で直し、氷漬けにいたしましたのよ!」
「なるほど」
ジュンが納得したように頷く。
「だから柱の根本から上空まで凍っていて、天井を見上げるとツララがぶら下がっているんですね、アハハ!」
ジュンはふと思いついたように目を輝かせた。
「と言うことは……乙姫様とかがいるんじゃないですか?」
「あら、ジュンは何故それをご存じなのです?」
「いやだって、ここ! 竜宮城がありますし、ほら!」
ジュンが指さす先には、大きな貝殻が壁面に散りばめられた宮殿が神々しく光り輝いていた。
「それに、街を行き交う人々が着物や羽衣を着ていますし、顔もどこか魚っぽい……手足に水掻きもありますから、やっぱり魚人ですよね!」
「ジュン、お前は前にここへ来たことがあるのか?」
再びレオンが尋ねると、ジュンは苦笑いしながら首を横に振った。
「いいえ。僕のいた世界の昔話……言い伝えで聞いたことがあるだけですよ」
「では、宮殿へジュンのいた国からここへ来た者がいましたの?」
「そうみたいですね……帰りにお洒落な玉手箱は貰わないほうが良さそうですけどね!」
「お土産など貰いませんわ。では、参りましょうか」
シオンが軽やかに告げ、歩き出した。
「シオン様、いきなり行けば矛先を向けられますぞ! レオン、門番に――!」
ジュンが必死に叫び、レオンに指示を出そうとした、まさにその矢先だった。
視界がぐにゃりと歪んだかと思った次の瞬間――三人と一匹は、すでに王宮の広間の中央に堂々と立っていた。
眩い光とともに突如として現れた一行に、周囲の近衛兵や、王座に腰掛けていた現王――乙姫のコーラリアは驚きのあまり固まってしまう。
静まり返る広間の中、シオンが歩み出た。
スカートの見えない埃をパパッと払うと、両手でスカートの裾を優雅につまみ上げて見事なカーテシーを決める。後ろの二人もそれに続いた。
「私はかつて初代竜宮王セラフィナ姫にお仕えいたしました、賢者シオン・ド・ラ・ローザと申します」
「そして、私が剣聖レオン!」
「続いて僕、天罰という名の暗殺の執行者、アザゼルの神聖ジュン!」
(完璧に決まった……!)
と心の中で自負するジュン。
だが、自分を目立たせることばかり優先で、同胞であるスライムのリプルのことなど完全にお構いなしなのであった。
呆然としていたコーラリア姫は、ガタガタと震えながら叫んだ。
「あー、あのあのあの……! 初代セラフィナ様にお仕えしていた、あの伝説の賢者シオン様!?」
驚きのあまり、コーラリア姫はその場で気絶してしまった。
広間の壁には、初代セラフィナと並んで飾られた賢者シオンの肖像画がある。いま目の前に現れた人物は、その肖像画と瓜二つだったのだ。
突然の伝説の降臨に、城内は大騒ぎとなった。
「あら……気絶ですの?」
目の前で突然バタリと倒れた乙姫を見下ろし、シオンはパチンと扇子を閉じた。
そして異空間から小瓶を取り出すと、側にいた侍女へと手渡す。
「この薬を少し口に含ませるとよろしいわ。これは気付け薬ですわ。寝室で横にさせてから飲ませなさいな。」
「は、はいっ! 申し訳ございません、すぐに乙姫様をお運びいたします!」
慌てふためく侍女たちによって乙姫が運ばれていくのを見送りながら、三人と一匹は城の豪華な個室へと案内された。
ふかふかのソファに腰を下ろしたレオンが、腕を組みながら腕を鳴らす。
「さて、どうしますかシオン様。こんな海の底に、本当にあの大迷宮があるものかどうか……。」
「まあ、急ぐ旅でもありませんわ。せっかく海底都市に招かれたのですもの、少し羽を伸ばしてもよろしいのではありませんこと?」
シオンが優雅に紅茶を嗜んでいると、ジュンの膝の上でリップが「プリプリっ♪」と気持ちよさそうに身をよじらせていた。
その頃――城の裏手にある暗い密談部屋。
竜宮城の筆頭貴族、ウツボックル・イワツキー子爵が、汗を拭いながら滑り込んできた。
「オクトパス・ベラ・ヤッポン大臣! 大変ですぞ!」
「何事だ、イワツキー子爵! 騒々しい!」
そう怒鳴りつけたのは、ぬめり気のある手を組んだ総務大臣、オクトパス・ベラ・ヤッポンであった。
イワツキーは周囲を気にしながら、ニヤリと浅ましい笑みを浮かべる。
「絶好の好機が巡ってまいりました……! あの初代コーラリアに仕えていたという『シオン』とかいう賢者たちが、城へ舞い込んできたのをご存知ですかな……?」
「ほほう……! あの凄まじい威圧感を放っていた連中か。ふむ、ちょうど良いではないか!」
オクトパス大臣は八本の触手を不気味に蠢かせ、意地悪く目を細めた。
「奴らを使って『乙姫様暗殺を企て、毒を盛って気絶させた!』と城内に情報を流せ! 現に乙姫様は奴らの渡した怪しい薬のせいで寝込んでいるのだ、証拠としては十分すぎる!」
「おおっ! さすが大臣! 奴らに濡れ衣を着せて城内が大混乱に陥っている隙に……!」
「そうだ。我が海底都市の最深部に封印されている『古代の深海巨獣』の封印を解く! その圧倒的な力で城を完全に制圧し、この我が『海王』として君臨しようではないか!!」
「ハハハ! ついに我らの時代がやってまいりましたなーっ!」
悪党ふたりは、自分たちの企みが完璧であると疑いもせず、暗闇の中で「ヒッヒッヒ」と醜い高笑いを響かせるのだった。
……しかし彼らは、まだ何も知らなかった。
濡れ衣を着せようとしている相手が、【全宇宙絶対遵守決定事項】を所持する規格外のチート魔術師と、その忠実なる剣聖と神聖、そして成長著しいスライムを連れたパーティであることを――。
城の個室で優雅にお茶を楽しんでいたシオンたちのもとへ、突如として荒々しい足音が近づいてきた。
バンッ! と勢いよくドアが開かれ、兵士たちを率いた総務大臣オクトパス・ベラ・ヤッポンとイワツキー子爵がなだれ込んでくる。
「シオンとかいう賢者め! 貴様らを『乙姫様へ毒を盛り、暗殺を企てた重罪人』として捕縛する!!」
(第50話へつづく)




