第48話 『観測者チドリ』
洞窟は地下へ進むにつれて道幅も天井もどんどん広くなり、巨大な空間を形成していた。
大きな空間に出るたび魔物の襲撃を受けるのだが、シオン様の手を煩わせるまでもなく、ジュンとレオンが瞬殺していく。
その頃、リプルはみんなから「リップ」という愛称で呼ばれるようになっていた。
しかもこの頃には、なぜか攻撃魔法まで使いこなせるようになり、敵にダメージを与えたり足止めをしたりできるまでに成長していたのだった。
うん、なかなか成績優秀なのである。
ジュンの背中にへばりついて「後ろの目」として機能しながら、水の魔法弾を撃ち込んで楽しそうにしている。その攻撃は、まるで水色をした.35口径の弾丸と言っても過言ではない威力と精度を誇る「ウォーターバレット」だった。
シオン様も、その掌サイズで可愛らしいポヨンポヨンとした見た目をすっかり気に入っているご様子だ。
そんな中、一行は地下へと続く大きな階段の入口に差し掛かる。
「ジュン、ここ……もしかして大迷宮の入口では?」
「レオンさん、多分そうだね」
「やっと創造主様の足跡を見つけましたわ!」
階段を見つめながらシオンが言うと、レオンもホッとしたように胸を撫でおろした。
「良かった……少し長かったので、ハズレかと思っていましたぞ」
そう言いながら、レオンはジュンの肩に乗っているリップに顔を近づけ、あからさまな赤ちゃん言葉で話しかけた。
「良かったでチュねー!」
それを見たジュンが、思わず顔をしかめる。
「……気持ち悪っ!」
「そうは言うがジュン殿、リップの鳴き声も実に可愛いじゃないか!」
実はシオンとレオンは、リプルを見つけた後に同じような個体を密かに探し、ペットにしようと思っていたのだ。だが、この洞窟自体にスライムはリプル一体だけだったのである。
リップは最近、食事をもらう時に「プリプリプリっ!」と可愛らしく鳴くようになっていた。
おかげで晩餐のたび、「誰がリップを膝に乗せるか」で毎回揉めるのが日常風景となっていた。
大抵は一番懐いているジュンの膝の上なのだが、シオン様やレオンまでもが「わたくし(私)が!」と密かに競い合っているのだった――。
「さて、ジュン! 降りるぞ」
「はい、レオンさん」
二人を先頭に、シオン様がすぐ後ろの中央に続く。
階段の幅は5メートルほどあるだろうか。ジュンとレオンが左右を固め、シオン様を守るような逆三角形のフォーメーションだ。
長い、長すぎる階段をひたすら降りていく。
やがて、あの扉――「観測者の間」へと繋がる大扉が見えてきた。
「やっとですわ。わたくし、ここを歩くのが少し飽きてきていましたのよ。最近は創造主様を追って旅をするのも、少し面倒になってまいりましたわ」
「まぁまぁ、シオン様。良いではありませんか」
呆れ気味のシオン様を、レオンがなだめる。
実のところ、ジュンとレオンはこの旅が楽しくてたまらないのであった。
「……そしておそらく、リップも同じ気持ちなのだろう!」
ジュンの言葉に、シオンは満足そうに頷いた。
「さぁ! 開けますわよ。」
シオンが重厚な大扉へ向かって片手をかざす。
繰り出されたのは、久々の【全属性魔法極大適性】による『全天万象・門扉解法』である。
本来は完全無詠唱なのだが、退屈しのぎにシオンが楽しげに技名を叫んだ。
「グランド・エレメンタル・ゲーーーーート!」と、最後で唱える前に!
ギギギ……と重苦しい圧迫感を放ちながら、巨大な大扉が左右へと開いていく。
三人と一匹が足を踏み入れようとした――その時。
『警告! 侵入者! 警告! 侵入者!』
けたたましい警報音が空間全体に鳴り響いた。
観測者の間へと足を踏み入れたシオンは、扇子を手にぴくりと眉を寄せる。
「おい……貴様、何のつもりですの!?」
シオンが優雅に、しかし逃げ場のない圧迫感で問い詰めた。
「……観測者よ、何故に警告なのですの?……」
「この門が開くのには四体の生命反応が無ければ開かぬ事になっておる」
観測者の声に、ジュンはハッとして肩のリップを見る。
「もしかして……リップのことですか?」
シオンは納得がいかない様子で口元を扇子で隠し、冷ややかな視線を向けた。
「観測者が我らに警告など……ご冗談を。」
その瞬間、シオンの全身から【全属性魔法極大適性】【全知の賢者コード】【全宇宙絶対遵守決定事項:シオン・ド・ラ・ローザ】という、渦巻くチートオーラが禍々しく爆ぜた!
「あ、あぁーっ、シオン様! 落ち着いてくだされーーーっ!?」
レオンが慌てて大声を上げる。
そのあまりの圧倒的な存在感を前に、観測者は一転してパニックに陥った。
「ま、待て待て! 待って!って言ってるでしょ!! じょ、冗談! 冗談ですってばぁーーーっ!!」
観測者の必死の悲鳴を聞くと、シオンの身体からすーっと禍々しいオーラが引き消えていった。
「あら……ご冗談でしたの?」
それなら、と改めまして――シオンは観測者に向かって扇子をパチンと閉じ、服についた見えない埃をパパッと払うと、優雅にスカートの裾を摘み上げて今期最高のカーテシーを決めた。
ジュンとレオンもそれに続いて深々と一礼する。
「……で、その一匹を紹介してはくれないだろうか?」
観測者が引きつった声で呟いた。
ジュンは両手にチョコンと乗せたリップを優しく差し出し、丁寧な口調で紹介した。
「これが僕たちの同胞、スライムのリプルです。今後ともよろしくお願いします!」
観測者は「なるほど」と頷くと、静かに名乗った。
「遅ればせながら、私の名はチドリと言う。より賢く創造主様に設計された存在だ。部屋の扉は生命反応が三人と一体で反応だが、入ってきた者が三人(三匹)にしか見えなかったものでな、許してくれ!」
「分かっていただければ宜しいのですのよ」
シオンは微笑み、ふと息を吐いた。
リプルを食後のデザートにしないで良かったと安堵した。
「それと……そろそろこの旅にも飽きて参りましたの。ですので、帰っちゃおうかとも考えておりますのよ!」
「えぇ!? 観測者さん、それは不味いですよ! 創造主様が鬼ごっこ気分でルンルンでしたのに。せっかく後を追ってきてくれる者を――何京年は大げさですが、何億年も待っていたのですから!」
「でしたら、創造主様に伝えていただけます?
「『もう少し、足跡が破壊で消えないようにして下さると助かります』と! お願いしますわ。それと、奈落の大迷宮は何箇所こしらえたのか、それが分かればゴールも見えますのよ。それも分からずに進むのはねぇ……」
呼びかけられたチドリは、胸を張って答えた。
「観測者チドリ! 確かにシオン様の言うことも分かります。私は賢いので! では、後で創造主様にお聞きして、念話にてお伝えしましょう」
「お願いしますわ! で? 今度の展開はどうなっておりますの?」
「は?」
チドリはぽかんと首を傾げた。
「だから、この先はどんな場所なのですの?」
「あぁ! この先に待ち構えるのは……あれ、何だったでしょうか?」
チドリは何も書いていないメモ帳を取り出し、ペラペラとめくり始めた。淡く透き通るその顔から、薄っすらと汗が滲み出ていくのが見える。
「あ! 思い出しました! 私も何億年も会話をしていなかったもので……。先は見えませんが、クリアした暁には四人の意思疎通が叶うと、創造主様が言っておられました。私に伝えられているのはそれだけです。ですが……どうやらこの先からは、潮の匂いが漂ってきているようです」
(第49話へつづく)




