第五話:掴み取った、私の本当の第一の人生
全宇宙の根源にして、過去から未来、すべての魂の運命が刻まれた究極の記憶領域──『アカシックレコード』。
その、神々すら恐れ多いとされる絶対の領域を、私は自分のチート能力【全知の賢者コード】で完全にハッキングし、バグだらけの運命のコードを美しく、完璧に書き換え(アップデート)して差し上げました。
「これで完了ですわ。……フフッ」
私がハンカチで上品に手を拭うと、アカシックレコードは見たこともないほど清らかな、世界の真理を示す本来の輝きを取り戻しました。
画面の隅には、私へのこれまでの全慰謝料として、世界で唯一の【アカシックレコード書き換え権(自由な転生権利)】の文字が美しく点滅しています。
「おお……おおお……!」
それを見た若手神たちは、もはや涙を流して私の前に五体投地していました。
「アカシックレコードのバグが完全に消えた……! シオン様、どうか、どうかこのまま天界に残り、我ら神々を導く『最高至上神(CEO)』になってください! あなた様こそ、この世界の真の主です!」
神々から懇願され、私は扇子の陰でくすくすと、あの笑い方で笑いました。
「断固拒否いたしますわ」
「ええっ!?」
「神々のトップ? 天界のCEO? ……そんな面倒な役職、どなたが引き受けるもんですの。私はこれまでの1万年間、あなた方の怠慢のせいで、ずっと働かされ続けてきたのですわよ? 私が本当に欲しいものは、そんな権力ではありません」
私は、新しくなったアカシックレコードの画面に、そっと指先を触れました。
私の望む、たった一つの『本当の運命』を、その白く細い指で直接プログラミングするために。
「私は、全てのチート能力をここに返上いたします。魔力も、剣技も、医学の知識も、神をも超えるこの力も、全てこの天界に置いていきますわ」
「そ、そんな!? 全てを捨てて、一体どこへ行くというのですか!?」
驚愕する神々を背に、私の身体が優雅な光の粒子へと変わり始めます。
次元の狭間へと吸い込まれていく中、私は振り返り、ドレスの裾をふわりと持ち上げて、本日一番の、どこまでも美しい完璧な淑女の礼を決めてみました。
「決まっておりますでしょう? ──私は、あのお方が待つ、普通の、何でもないただの静かな世界へ、今度こそ本当の『第一の人生』を歩みにいくのですわ。ごめんあそばせ、神々様!」
──……キーン、と心地よい目覚ましの音が耳に届く。
「……あら?」
気がつくと、私は見慣れた、けれど酷く懐かしい、自分の部屋のベッドの上にいました。
窓の外からは、爽やかな朝の光が差し込んでいます。
真紅のドレスも、神をも屠るチートオーラも、もうどこにもありません。
手を見れば、1万年もの間、泥や血にまみれて戦い続けてきた面影など一切ない、ただの少しわがままな伯爵家のお嬢様の、白く柔らかな手。
コンコン、と部屋のドアが優雅に叩かれました。
「お嬢様、朝のお着替えの準備が整いました。……本日はいよいよ、幼馴染のあのお方との、お茶会の日でございますよ」
メイドのその声を聞いた瞬間、私の胸の奥から、1万年間ずっとずっと、片時も忘れることのなかった愛おしい感情が溢れ出してきました。
そう、これこそが、私がアカシックレコードを書き換えてまで手に入れた、バグのない、理不尽な終わり方のない、本当の私の最初の物語。
私はベッドからそっと足を下ろすと、鏡に映る自分に向かって、最高にエレガントに、幸せそうに微笑みました。
「ええ、すぐに行きますわ。──さあ、私の本当の人生、ここから始めますわよ。フフッ」
──と、その瞬間でした。
『警告、警告。外宇宙より隕石の欠片(物理ノイズ)がこの辺りに急接近中。
「え……?」
私の脳内に、たった今お別れしてきたはずの天界のサーバーアラートが、なぜか大音量で直接響き渡ったのです。
それと同時に、私自身が「あ、危ないかしら」とほんの少し身構えた瞬間──、
バチバチバチィィィン!!!
私の身体から、返上したはずの微弱の魔力が自動で溢れ出し、私の部屋はおろか、この宮殿の空を虹色の『絶対不可侵バリアコート』がドカンと包み込んでしまったのです。
世界に迫っていた隕石の欠片は、その強力すぎるバリアに触れた瞬間、湯気をたてて蒸発していきました。
「……は、はい?」
呆然とする私。
その時、天界のサーバーから、若手神たちの叫び声が、これまた脳内にバグ混じりで通信されてきました。
『シ、シオン様ぁぁぁ! 世界の防御力が自動でカンストしましたぁぁぁ!!』
……ハァ。これだからあのポンコツ神たちは困りますのよ。
どうやら、99回の人生で最強を極めすぎた私の魂は、本人の意志(一般人になりたい)すら無視して、勝手にチートを漏れ出させてしまう仕様になっていたようです。
「……まぁ。普通の女の子に戻ったつもりが、私の魂そのものがバグになっていたなんて。これでは有給休暇中も、お上品に油断すらできませんわね」
私はやれやれとため息をつき、ベッドの横のクッションにそっと腰掛けました。
能力は消えなかったけれど、まぁ、大好きなあのお方との平和なお茶会が、隕石のせいでフリーズする心配がなくなったのは結果オーライですわ。
「──お嬢様? どうなさいましたか?」
「なんでもありませんわ。さあ、最高に可愛いお洋服を準備してくださる?」
魂に絶対防御をパイルダーオンしたまま、私は極上の笑顔で、新しい人生のドアを開けるのでした。
(第六話へ・続く)




