第43話 『入口が出口』
バンガルから『導きのケムケム茸』を無事に受け取ったシオンは、嬉しそうに微笑んだ。
「あら、そんな良いものが。でしたら、これで失礼しますわ!」
シオンは足元に眩い転移陣を描き出しながら、何でもないことのように付け加える。
「あの中にすでに十四日も居たものですから、急いでおりますの。ではまた、何かありましたら戻って参りますわね」
(((また戻ってくる……!?)))
神々とバンガルたちが一斉に悲鳴を上げそうな顔で硬直する中、シオンは転移陣の中央へ立つと、パパッとスカートの裾についた見えない埃を払った。
そして、優雅にスカートの裾を持ち上げ、完璧な淑女の礼を披露する。
光の粒子とともにその姿が消えていくその瞬間まで、シオンはいつものように美しく、自由奔放であった。
取り残された神殿には、安堵の溜息と「もう二度と迷宮で迷いませんように」という神々の必死な祈りだけが寂しく響き渡るのだった──。
天界から一瞬で元の「鏡の迷路」へと戻ってきた三人。
「ふぅ……天界から戻って早々ですが、早速バンガル様からいただいた『導きのケムケム茸』を使いましょうぞ」
レオンが真剣な表情でキノコを掲げ、ジュンが手際よく指先で火をつけた。
パチ……と小さな火が灯ると、ケムケム茸から紫色の不思議な煙がモクモクと立ち上り始める。
「おお! 煙が動き出しましたぞ!」
「すごい! これでやっとこの不快な鏡の迷路から抜け出せるんだね!」
ジュンとレオンが期待に目を輝かせる。
煙は意志を持っているかのように空中をゆらゆらと漂い──すーっ……と、十数日前に三人が入ってきたきり、一度も戻っていなかった「最初の入口の扉」に向かってまっすぐに伸びていった。
「……ん?」
ジュンが首を傾げる。
煙は遠く離れたあの「最初の扉」の隙間へと吸い込まれるように流れていき、そこでピタリと動きを止めた。
「……あの、レオンさん。煙、僕たちが以前最初に入ってきた、あの扉を指してるんだけど」
「む……? か、風の影響ですかな? もう一度火をつけ直して……」
何度試しても、煙は一目散に「前にくぐったきり一度も出ていない最初の扉」へと一直線に伸びていく。
シオンが扇子を口元にあて、感心したようにポンと手を打った。
「あら。そういうことですのね」
「「えっ……?」」
シオンは優雅に微笑みながら、事も無げに解説した。
「最初から、迷路の奥へ進む道など存在しなかったのですわ。十数日前に入ってきたあの扉から『そのまま外へ出る』ことこそが、次の空間への正解だったのですのね」
「「なにーーーっ!???」」
ジュンとレオンの絶叫が迷路中にこだました。
そう──彼らは前にあの扉をくぐって以来、出口を探して奥へ奥へと進むことばかり考えていて、最初の扉から外に出るという発想自体がすっぽり抜け落ちていたのだ!
「じ、じゃあ僕たちがこの十数日間、迷路の中を彷徨って、シオン様に強制召喚されてディナーを食べていた時間は一体……!?」
「なんということだ……! 一度も戻らなかったあの入口から、ただ出るだけで良かったとは……!!」
散々苦労して天界まで飛んでいった挙句の『超・灯台下暗し』な事実に、膝から崩れ落ちる二人。
「ふふ、まあ良いではありませんか。仕組みが分かったのですもの。参りましょう」
シオンは何事もなかったかのように優雅に振り返り、十数日ぶりにあの最初の扉をギィ……と押し開けて、そのまま外へと足を踏み出した。
ジュンとレオンも慌ててその後に続く。
──その瞬間。
「……っ!?」
扉をくぐり抜けて外へ出た途端、三人を包んだのは水底の薄暗さでも、元のガラス張りの通路でもなかった。
肌をなでる優しい風の匂い、頭上に広がる見たこともない鮮やかで群青の夜空に輝く星々。そして眼下に広がる異様な景観──。
ただ「入ってきた扉から出た」だけなのに、そこはすでに全く異なる世界観を持つ、未知の領域へと変貌を遂げていた。
足元は川の流れが削り取ったような粘土質の道。
その周囲には、少し盛り上がった平坦な低草の草原が、遥か向こうの地平線へと繋がっている。
「さて、ここは今、夜のようですけれど、どうなさいます? 作戦会議のディナーとでもしましょうか。食後のデザートもたんまり神殿の調理場からいただきましたので、しばらくは楽しめますわ」
「レオンさん、シオン様はいつの間にそんなものを……!?」
「は、はは……さすがはシオン様とお呼びするべきか……」
呆れる二人の横で、ジュンが夜空を見上げながら呟く。
「それにしても、綺麗な夜空ですね……流れ星もすごく多いですし」
「フフッ、優雅な夜になりそうですわね」
シオンが楽しそうに目を細める。
──ちなみにこの後、あの異界から連れてきて天界の神々が飼うことになった飛龍たちの餌問題であるが。
実は「魔界の魔素溜まりから発生する魔獣退治に苦戦している」という話を聞きつけたシオン様が、『魔界に飛龍を放って魔獣を捕食させれば害獣駆除もできて一石二鳥ですわ!』という、あまりにも合理的(かつ豪快)なご配慮によって全て丸く収められたのだとか、無かったとか──。
(第44話へつづく)




