第42話 『遠回りこそが近道ですわ』
天界の宮殿に用意されたディナーの席は、まさに圧倒されるほどの絢爛豪華さであった。
「うわぁ……どこを見ても金ピカだ……。」
ジュンが眩しそうに目を細め、レオンも感嘆の吐息を漏らす。
「まさに神々の住まう宮殿……人間界ではお目にかかれぬ光景ですな。」
だが、周囲の空気はどこか異様だった。
テーブルを囲む神々をはじめ、人間界から招かれていたザートナル国王と騎兵団長、そして魔王代理のバンガルとその取り巻きたちが、シオンたち三人から片時も目を逸らさず、息を呑んで凝視しているのだ。
「し、シオン様……一体どのような魔法で天界へ?」
「あの湿地の迷宮はどう突破されたのですか!?」
矢継ぎ早に投げかけられる質問攻めに、シオンは優雅に微笑みながら紅茶のカップを傾けるだけだった。
そんな中、シオンは思い出したようにパチンと指を鳴らす。
「そうですわ。神々の皆様へ、ひとつお土産がございますの。」
シオンが異空間から取り出したのは――あの大きな飛竜の卵であった。
しかも、内側からコツコツと殻を叩く音が今にも聞こえてきそうな状態である。
レオンが思わず目を見開いた。
「あ! シオン様、それはそろそろ孵化するあの卵……!」
シオンは事も無げに、その卵を神々の前へと押し出した。
「ええ。この子の世話は神々の皆様にお願いしますわね。私、子育てなどしたこともございませんもの。」
「「「えええぇぇぇっ!?」」」
あまりにも強制的な贈り物に、神々は思わず卵を抱え込んだまま倒れ込む。
あの飛竜の親代わりになると言っていたはずが、神々に丸投げという予想外すぎる展開に、ジュンもレオンも密かに遠い目をした。
神々の一人が、恐る恐るシオンへと問いかける。
「し、シオン様……差し支えなければ、あの卵のお名前をどのようにされるか、お決めいただいてもよろしいでしょうか……?」
「名付け……ですの?」
シオンが優雅に首をかしげると、席に同席していたザートナル国王が身を乗り出して提案した。
「ふむ……先ほどシオン様が口にされたお名前から取って、『ルル・ド・ラ・ローザ』などはいかがでしょうか?」
「なぜ余の名を!?」
(しかも余の名はバンガルであってルールルではない!!)
バンガルが思わず身を乗り出してツッコミを入れる。
その横から、ジュンが楽しそうに手を挙げた。
「それなら『ポチ』はどう!? 『ポチ・ド・ラ・ローザ』! かわいくない!?」
レオンが呆れたように額を押さえる。
「……皆さん、少し安直すぎませんか? 相手はこの国を揺るがすほどの気品ある飛竜の卵ですぞ……。」
一同がワイワイと議論を戦わせる中、腕を組んでいたバンガルがハッと咳払いをした。
「……いや、待て。まだ生まれてもいないのだ。生まれてから決めても遅くはないのではないか? どんなお子が生まれるやも知れんのだからな。」
「「「確かに……!」」」
神々も深く頷く。だが、ひとつの問題が浮上した。
「しかし……シオン様が迷宮の攻略に戻られた後、ここから念話などでご連絡を取ることはできるのでしょうか……?」
神々が不安そうに顔を見合わせると、シオンは何でもないことのようにクスリと微笑んだ。
「まあ……。そんなこと、とても簡単ですわよ?」
「「えっ?」」
シオンは立ち上がると、天界の広間に鎮座する神々の巨大な「ビッグスクリーン」へと歩み寄った。
探す素振りもなく、優雅に指先を液晶へかざす。
「ここからいつでも通話できるように、少しプログラムコードの書き換えをしますわね。」
「「「プ、プログラムコードの書き換えーーーっ!???」」」
魔法の世界観を完全に無視したシオンの言葉に、神々もバンガルも目を見開く。
パチパチパチ……とシオンの指先から神秘的な光の文字がスクリーンへと打ち込まれていく。
ほんの数秒で、本来は一方的に下界を観察するだけだった神界のモニターが、双方向の超高画質・超高品質なリアルタイム通話モニターへと爆速で改造されてしまったのだった。
「これで完了ですわ。お願いしましたわね、皆様。」
この後、シオンは何食わぬ顔で、本題を切り出す。
「ところで……最近は微弱な魔法など使いませんもので、すっかり忘れてしまいましたの。何か魔法に関する書物などはございませんこと?」
「ま、魔法の書物でお調べに!? た、ただいまお持ちいたしますーっ!!」
神々は悲鳴のような声を上げ、慌ただしく奥の書庫へと走っていった。
その様子を呆然と見ていたバンガルが、冷や汗を拭いながら尋ねる。
「あの……シオン様が忘れてしまわれるような魔法とは、一体……?」
シオンは扇子を口元にあて、困ったように首をかしげた。
「ええ。普段から極大魔法ばかり使っておりますから、そちらは使い慣れていて簡単なのですが……単純で簡単すぎる魔法ほど、すっかり忘れてしまうのですのよ。」
「「「………………。」」」
『極大魔法の方が簡単』という常識を根底から覆すシオンの言葉に、バンガルも、ザートナル国王も、神々も、全員が言葉を失って静まり返るのだった。
あまりのスケールの違いに一同が静まり返る中、ジュンの切実な声が響いた。
「そうなんです! 今僕たち、水底にある鏡の迷路の中に閉じ込められていて……テレスコを使っても出口がさっぱり見つからないんですよ! だからシオン様は、出口が一発で分かるような便利な魔法がないか探しに来たんです!」
「なるほど、鏡の迷路か……。」
バンガルは腕を組み、何かを思い出したようにポンと手を打った。
「それなら、シオン様がわざわざ魔法を探さずとも、良い物がございますぞ。魔界の深層にのみ生息する『導きのケムケム茸』というキノコをごぞんじか?」
「けむけむだけ……?」
ジュンが首を傾げる。
バンガルは深く頷いた。
「うむ。実は我ら魔人でも、広大な魔界の樹海や迷宮で迷子になった際など、たまに使うことがある優れものでな。そのキノコのカサに火をつけると、不思議なことに迷宮の『正しい出口』へ向かって煙がたなびくのだ。その煙の後を追っていくだけで、どんな複雑な迷路からでも脱出できるわけだ。」
シオンは目を輝かせ、優雅に扇子をたたんだ。
「あら! ルールル、それは今お持ちですの?」
「は、はい……たしか予備の袋の中にいくつか……」
「まあ! では、それを分けてくださらないかしら? もちろん、ただでとは言いませんわ。お礼に何か素敵なお土産を差し上げますわね!」
シオンが異空間のポケットに優雅に手を伸ばそうとした瞬間――バンガルの顔色が真っ青になった。
(ま、また何かとんでもない規格外のブツを渡されたら溜まったものではないぞ……!!)
バンガルは両手をぶんぶんと振りながら、全力で後ろへ飛び退いた。
「い、いやいやいや! 結構です!! シオン様からお礼をいただくなど、滅相もございません! そんなもったいないお言葉、恐れ多すぎますゆえーっ!!」
「あら、遠慮なさらずとも良いのに……。」
シオンの親切心あふれる(しかし受け取る側にとっては命懸けの)提案を必死の思いで辞退しながら、バンガルは冷や汗ダラダラで『導きのケムケム茸』を献上するのだった。
(第43話へつづく)




