第37話 『薬の効果』
ガルドの屋敷――。
薄暗い部屋の中。
机の上には、三色の小瓶が並べられていた。
赤。
青。
黄色。
ガルドは腕を組み、じっとそれを見つめている。
「……本当に、こんな小瓶一つで力が変わるというのか?」
配下の男が笑う。
「所詮は旅商人の薬ですぜ。」
「少し珍しいだけの代物でしょう。」
ガルドは一人の兵へ視線を向けた。
「ならば、試せ。」
「お前が飲め。」
兵は一瞬ためらったが、命令には逆らえない。
赤い瓶を手に取る。
「……これで何も起きなければ、ただの偽物ってことですな。」
そう言って、薬を飲み干した。
次の瞬間――。
「……っ!?」
兵の身体が大きく震える。
「筋肉が膨れ上がる!」
しかし、明らかに身体の内側から力が溢れていた。
兵は拳を握る。
「……力が。」
「身体が軽い……。」
近くに置かれていた鉄製の武器を持ち上げる。
普段なら数人掛かりで扱うような重量。
それを片手で振り回した。
部屋に沈黙が落ちる。
ガルドの口元がゆっくり歪む。
「……これは。」
「使える。」
配下たちも息を呑む。
「ガルド様……。」
ガルドは机の上の瓶を見る。
残された赤い瓶。
あと五本。
「たった一本で、この力か。」
「ならば……使う相手を選べばいい。」
次に、青い瓶へ視線を向ける。
「眠り薬。」
「王の側近、護衛、そして邪魔な者たち。」
「眠ってしまえば、戦うことすらできまい。」
配下が頷く。
「残りは六本。」
「十分でございます。」
最後に黄色い瓶。
「治癒薬……。」
ガルドは笑う。
「負傷した兵が戻れるということか。」
「つまり、こちらの戦力は減らない。」
机の上に並ぶ三色の瓶。
それは小さな薬でありながら、王都を揺るがす力を秘めていた。
ガルドは立ち上がる。
「準備を始めろ。」
「今夜……王城を落とす。」
王城――。
深夜。
王の食事を担当する調理場。
一人の料理人が、震える手で鍋をかき混ぜていた。
その前に立つのは、ガルドの配下。
「分かっているな?」
料理人は顔を青ざめさせる。
「……しかし、そんなことをすれば……。」
配下は机の上に袋を置く。
中から金貨が音を立てて転がり出る。
「これは前金だ。」
「お前の家族が、これからも何不自由なく暮らせるだけの金がある。」
料理人は俯く。
だが、次の言葉で表情が凍る。
「もちろん……断るなら話は別だ。」
「お前の家族がどうなるか……分かっているな?」
料理人の手が震える。
しばらくの沈黙。
そして――。
「……分かりました。」
「言われた通りにします。」
王城――晩餐の間。
何時もの様に料理が並び、王や側近たちは食事を楽しんでいた。
レオンも静かに料理へ手を伸ばす。
しかし――。
その瞬間。
腰に下げた剣が、わずかに震えた。
「……?」
レオンは眉をひそめる。
誰にも聞こえないほど小さな音。
だが、長年剣を握ってきたレオンには分かった。
この剣が、自分に何かを伝えようとしている。
「……どうしました?」
柄へ手を添える。
すると、まるで警告するように、鞘の中で小さく震えた。
レオンの表情が変わる。
「……料理、ですか。」
剣聖として培った感覚。
そして、共に成長してきた剣からの警告。
目の前の料理に、何か異変がある。
レオンは静かに箸を置いた。
「皆様。」
「少々、お待ちください。」
その直後――。
王の側近の一人が、突然椅子にもたれかかる。
「……眠い……?」
次々と、人々の身体から力が抜けていく。
「まさか……。」
レオンは立ち上がる。
腰の剣を抜く。
「誰かが、この場に何かを仕込んだようですな。」
レオンが剣を抜いた、その時だった。
ドォォンッ!!
王城の大扉が轟音と共に吹き飛ぶ。
土煙の向こうから、ゆっくりと姿を現したのは――。
ガルド。
そして、その背後には数十名の配下たち。
「兄上。」
ガルドは薄く笑みを浮かべる。
「随分と無防備ではありませんか。」
王は険しい表情で立ち上がる。
「ガルド……貴様!」
「まさか、この騒ぎはお前の仕業か!」
ガルドは肩をすくめる。
「ええ。」
「少し眠っていただいただけですよ。」
「抵抗されては困りますのでね。」
その時だった。
ガルドの配下たちが、一斉に赤い小瓶を取り出す。
ゴクリ――。
薬を飲み干した瞬間、その身体から凄まじい気迫が溢れ出した。
「おおおぉぉぉっ!」
筋肉が膨れ上がり、石畳を踏み砕くほどの怪力を得る。
一人の兵が柱へ拳を叩きつけると――。
バキィッ!!
王城の石柱に大きな亀裂が走った。
周囲の兵士たちは息を呑む。
「な、何だ……あの力は!」
ガルドは満足そうに笑う。
「これが賢者の薬。」
「実に素晴らしい。」
その視線がレオンへ向く。
「さて、剣聖。」
「眠らなかった貴様だけが、最後の邪魔者だ。」
レオンは静かに剣を構えた。
「……その薬は、シオン様がお作りになったもの。」
「悪事のために使うとは、許し難いですな。」
ガルドは不敵に笑う。
「ならば、止めてみせろ。」
その瞬間、強化された配下たちが一斉にレオンへ襲いかかった。
強化薬を飲んだ配下たちは、怪力を武器に次々とレオンへ襲い掛かる。
「おおおおっ!」
「剣聖を倒せ!」
レオンは一歩も引かない。
「はぁっ!」
鋭い斬撃が走り、一人、また一人と床へ倒れていく。
しかし――。
「黄色い薬を飲ませろ!」
ガルドの号令と共に、倒れた兵へ治癒薬が飲まれる。
「ぐっ……!」
傷は瞬く間に塞がり、兵たちは再び立ち上がった。
レオンは小さく息を吐く。
「……なるほど。」
「これでは、きりがありませんな。」
その時だった。
隠蔽していたジュンが、レオンの耳元で叫ぶ。
「レオンさん!」
「シオン様に伝えてきた!」
レオンは静かに頷く。
「ありがとうございます。」
その直後――。
王城の広間に、ふわりと銀色の光が舞った。
空間が静かに揺らぐ。
誰もが、その異変へ視線を向ける。
光の中から、一人の少女がゆっくりと姿を現した。
純白のドレス。
銀色の髪。
優雅に揺れる日傘。
シオン・ド・ラ・ローザ。
「お待たせいたしましたわ。」
その一言だけで、広間の空気が変わる。
ガルドは目を見開いた。
「お、お前は……!」
シオンは静かに周囲を見渡す。
倒れた側近たち。
荒れ果てた広間。
そして、自らが作った薬を手にするガルド。
「……なるほど。」
「私の薬を、このようなことに使われましたのね。」
静かな口調だった。
だが、その声には冷たい怒りが滲んでいた。
ガルドは思わず一歩後ずさる。
シオンは優雅に微笑む。
「では――。」
「私の薬の、本当の使い方というものを、お見せいたしましょうか。」
その直後――。
広間の中央で空間が静かに揺らいだ。
淡い光が収束し、一人の女性がゆっくりと姿を現す。
最高級のシルクで仕立てられた、真紅のドレス。
銀色の長い髪を揺らし、優雅に立つその姿は、まるで一輪の紅薔薇のようだった。
「お待たせいたしましたわ。」
銀色の長い髪を揺らし、真紅のドレスをまとったシオンが静かに姿を現す。
(第38話へつづく)




