第36話 『竜人王家に渦巻く陰謀』
レオンが王城へ向かう頃。
シオンは、街の中に残っていた。
「やはり、この街は少し不自然ですわね。」
シオンは静かに周囲を見渡す。
表向きは普通の街。
しかし、住民たちの表情には不安が浮かんでいる。
その時――。
数人の竜人族が、シオンの前を通り過ぎた。
「……あの女。」
「珍しい薬を売っているな。」
男たちは、先ほどシオンが屋台で見せた品々に目を付けていた。
「王家に渡れば、戦局を変えられるかもしれん。」
「手に入れるぞ。」
それは、ガルドの配下たちだった。
彼らはまだ知らなかった。
目の前にいる女性が、自分たちが想像する遥か上の存在だということを。
シオンの屋台――。
「お嬢さん、見ない顔だな。」
「この街へ来たばかりか?」
隣でカップや皿を売る男は屋台に並べられた瓶へ視線を向ける。
「それで……その薬は、どんな効果があるんだ?」
シオンは優雅に微笑んだ。
「ええ、この街へ来たばかりですわ。」
「ですから、まだ知らない方が多いのでしょうね。」
男は興味深そうに小瓶を手に取り、光へ透かして眺める。
シオンは優雅に微笑んだ。
「ええ。」
「旅をしておりますと、時には必要になることがありますもの。」
シオンは小瓶を順番に手に取る。
「青い瓶は、穏やかな眠りへ導く薬。」
「赤い瓶は、一時的に身体能力を高める薬。」
「そして黄色の瓶は、痛みを和らげるための薬ですわ。」
「……そんなものまで扱っているのか。」
「珍しい薬ばかりだな。」
「これほどの薬を、ただの旅商人が持っているのか?」
その時だった。
「誰の許可で、ここに店を構えた!」
突然、背後から怒声が響く。
振り返ると、数人の男たちが立っていた。
「王都で勝手に商売をするとは、いい度胸だな。」
「これは没収させてもらう。」
男たちはシオンの返事を待つことなく、屋台へ近づく。
並べられていた薬瓶を一つ一つ手に取る。
「これは……高く売れそうだな。」
「全部持って帰るぞ。」
そう言うと、男たちは薬瓶を袋へ詰め始めた。
そして用が済むと、屋台を乱暴に蹴り倒した。
ガタンッ!!
屋台の道具や皿が地面へ散らばる。
シオンは、ただ静かにその光景を見つめていた。
「……薬だけではなく、屋台まで壊していくのですか。」
その穏やかな声には、わずかな冷たさが混じっていた。
その瞬間――。
ジュンの視線が鋭くなる。
(……違う。)
(ただ興味があるだけじゃない。)
男たちの目には、別の目的が宿っていた。
「これは、王家にも役立つかもしれんな……。」
小さな呟き。
しかし、その言葉をシオンは聞き逃さなかった。
「まあ……。」
シオンは静かに笑う。
「薬を必要としている方に渡すのなら良いのですが……。」
「良からぬことに使う方には、少々困りますわね。」
隣でカップや皿を売っていた男が、慌てて屋台を確認する。
「お、お嬢さん……大丈夫かい?」
「こんなの初めてだよ……。」
「俺たちだって、特別な許可なんて取っていないぞ。」
「この王都じゃ、皆こうやって商売してるんだ。」
その言葉を聞き、シオンは静かに目を細めた。
「……そうですの。」
いつもの穏やかな笑顔。
しかし、その奥には確かな怒りが宿っていた。
シオンは怒りを抑えていた。
自分の薬を奪われたことではない。
この人たちの生活を、何とも思わず踏みにじったことに――。
ガルドの執務室――。
数人の配下が、興奮した様子で入ってくる。
「ガルド様!」
「良い物を手に入れましたぜ。」
そう言うと、配下の一人が三色の小瓶を机の上へ並べた。
ガルドは眉をひそめる。
「……これは何だ?」
配下は得意げに笑う。
「旅の商人が持っていた薬でさぁ。」
「王都の外から来たばかりの女で、珍しい薬を売ってやがったんです。」
「赤い瓶は身体能力を一時的に高める薬。」
「青い瓶は眠りを誘う薬。」
「そして黄色の瓶は、傷を癒やす効果があるって話でしたぜ。」
ガルドは小瓶を手に取り、光へ透かす。
「……そんな薬が?」
配下は頷く。
「へぇ。」
「ただの旅商人にしては、随分と良い物を持っていました。」
ガルドは口元を歪める。
「面白い。」
「もし本当に効果があるなら……使い道はいくらでもあるな。」
その頃、王城――。
王の家臣たちと共に、レオンは城内へ招かれていた。
「側近が襲われた……ですか。」
「恐らくは、ガルド殿の配下かと。」
家臣たちは困惑した表情を浮かべる。
王都の中で起きた不可解な騒動。
ガルドとの繋がりとなる証拠。
情報はまだ錯綜していた。
そんな中、レオンの傍には一人の少年がいた。
もちろん、周囲には見えていない。
ジュンである。
「こういう時は、情報が大事だよね。」
ジュンは小さく呟く。
彼はエルフとして身につけた隠蔽能力を使い、王城内を静かに動いていた。
人々の会話を聞き、必要な情報を集めていく。
そして――。
レオンの耳元へ戻る。
「レオンさん。」
「大変なことが分かったよ。」
「向こうで話していた人たち……シオン様の薬を持ち帰ったみたい。」
レオンの表情が少し険しくなる。
「……なるほど。」
「これは、すぐにシオン様へお伝えしなければなりませんな。」
ジュンは頷いた。
「うん。」
「僕が伝えるよ。」
レオンは静かに微笑む。
「助かります。」
「姿を隠して情報を集められるとは……頼もしい力ですな。」
王城から、そう遠く離れていない場所。
そこは、一年を通して濃い霧に包まれる湿地帯だった。
竜人族でさえ、好んで近づく者は少ない。
足元はぬかるみ、視界も悪い。
魔物の気配も絶えず漂う、危険な場所。
しかし――。
その霧の奥には、一つの静かな空間が存在していた。
シオンが展開した結界によって、湿気も冷気も遮断され、快適な空間が保たれている。
小さなテーブル。
椅子。
そして、湯気を立てる紅茶。
まるで高級な宿の一室のような場所で、シオンは優雅にカップを傾けながら考えていた。
「……持ち去られた薬のことは、今は気にする必要はありませんわ。」
「いずれ、向こうから情報を持って戻ってくるでしょう。」
「今は、それよりも――。」
「創造主様の足跡を追うことが大切ですわね。」
その時だった。
結界の外から、小さな気配が近づいてくる。
次の瞬間――。
「シオン様!」
霧を抜け、一人の少年が姿を現した。
ジュンだった。
(第37話へつづく)




