第35話 『竜人族の争い』
翌朝。
三人は、朝霧に包まれた湿地帯を眺めていた。
遠くでは、巨大な龍たちが朝日に照らされながら悠然と空を舞っている。
「さて……。」
シオンは静かに空を見上げる。
「この世界にも、あの御方の足跡が残っているのでしょうか。」
創造主が残した痕跡。
それを探すための旅。
三人は再び歩みを進める。
いや――。
今回は空を。
シオンの魔法により、三人は空中をゆっくりと進んでいく。
「空を歩くというのも、慣れると便利ですな。」
レオンが感心したように呟く。
ジュンは周囲を見渡しながら、
「下に街が見える!」
と声を上げた。
そこには、巨大な城壁に囲まれた竜人族の街が広がっていた。
龍の翼を持つ者、角を持つ者。
今まで見たことのない種族が行き交う、美しい街。
しかし――。
その街には、どこか張り詰めた空気が漂っていた。
竜人族の街へ足を踏み入れた三人。
大通りには、朝から多くの屋台が並び、活気に満ちていた。
しかし――。
「……。」
「……。」
「……。」
シオン、レオン、ジュンの三人は、思わず顔を見合わせた。
並べられている食材。
見たことのない色をした果実。
大きな牙のような貝。
そして、明らかに動いている何か。
「これは……。」
レオンが静かに呟く。
「食材、ですかな?」
ジュンは目を丸くする。
「いや……俺には、どう見ても……。」
「ゲテモノにしか見えないんだけど……。」
シオンは屋台をじっと眺め、少し首を傾げる。
「まあ……異なる世界ですもの。」
「食文化が違うのは当然ですわね。」
そう言いながらも、シオンの表情には少しだけ興味が浮かんでいた。
三人は、まず街の情報を集めることにした。
目的は――創造主の足跡に繋がる可能性のある迷宮の情報。
しかし。
「迷宮、ですか?」
何人かに尋ねてみたものの、返ってくる答えは同じだった。
「そんな場所は、この街にはないよ。」
手掛かりは、簡単には見つからなかった。
そんな中、三人は一軒の屋台へと足を止める。
並べられた見慣れない料理の数々。
「これは……何の肉ですの?」
シオンが興味深そうに眺めていると、屋台のおかみが笑顔で声を掛けた。
「おや? 珍しい姿をしているねぇ。」
「あなたたちは、どこから来たんだい?」
ジュンが答えようとした時、おかみの表情が少し曇る。
「まあ、今はどこから来たって大変だけどね……。」
「この街は、相続争いで大変なことになってるんだよ。」
「王族の争いが広がって、街の外との行き来も減っちまった。」
「おかげで人も少なくなって、治安まで悪くなってね……。」
おかみは深いため息をついた。
「昔は、もっと賑やかで良い街だったんだけどねぇ。」
その時だった。
「おい! 誰の許可を得て、この店を使っている!」
大通りの向こうから、荒々しい声が響く。
三人が振り向くと、数人の竜人族が一人の男を取り囲んでいた。
「やめてください。私はただ、王都への品を届けに来ただけです。」
男は必死に説明している。
しかし、相手は聞く耳を持たない。
「今の王家に仕える者など、この街には必要ないんだよ!」
その言葉に、レオンの表情が変わる。
「……。」
「見過ごすわけには参りませんな。」
レオンはゆっくりと歩み出た。
「そこまでにしていただきましょう。」
レオンは静かに間へ入った。
「何だ、貴様は?」
「見慣れない顔だな……旅人風情が、余計な口を挟むな!」
相手は睨みつけながら、威圧するようにゆっくりと近づいてくる。
しかし、レオンは一歩も動かなかった。
ただ静かに、その男を見つめていた。
だが――。
レオンは静かに剣へ手を添えるだけだった。
その瞬間、周囲の空気が変わる。
「争いをするために剣を抜くのではありません。」
「弱き者を守るために、剣はあるのです。」
その瞬間。
レオンが握った剣から、静かに圧倒的な気配が放たれた。
それは殺気ではない。
相手を傷つけるためではなく、これ以上争うなという意思を込めた、威圧のオーラだった。
空気が震える。
周囲にいた竜人族たちも、本能的に一歩後ずさる。
「……。」
誰もが、その剣士の本当の力量を感じ取っていた。
しばらくして、相手は舌打ちを残しながら、その場を引き下がっていった。
助けられた男は深く頭を下げる。
「ありがとうございます。」
「あなたほどの腕を持つ方がいれば……お願いしたいことがあります。」
「実は私は、アゼル王に仕える者なのです。」
「王都まで、護衛をお願いできないでしょうか。」
レオンは困ったようにシオンを見る。
すると――。
シオンは小さく微笑み、目配せをした。
――行ってきなさい。
レオンは小さく息を吐く。
「……承知しました。」
こうして、レオンは知らず知らずのうちに、竜人族の王位争いへと足を踏み入れることになる。
「助けていただき、ありがとうございます。」
男は深く頭を下げた。
「あなたのようなお方に、このようなお願いをするのは失礼かもしれません。」
「ですが……。」
一瞬、周囲を警戒するように視線を向ける。
「出来れば、王城までご一緒していただけないでしょうか。」
「今の王都は、以前とは違います。」
「王に仕える者でさえ、安心して歩けぬほどになっております。」
レオンは少し困ったように眉を寄せる。
「そこまでの状況なのですか……。」
男は静かに頷いた。
「はい。」
「我々には、あなたのような正しき剣を持つ方が必要なのです。」
レオンが王城へ向かう準備をしている時だった。
シオンは、静かにジュンへ視線を向けた。
「ジュン。」
「はい。」
「レオンについて行ってくださいませ。」
ジュンは少し驚いた表情を浮かべる。
「俺が……?」
シオンは小さく頷く。
「レオンは、とても真っ直ぐな方ですわ。」
「正面から向かってくる相手には、とても強い。」
「ですが……。」
シオンは街の裏通りへ視線を向ける。
「この街の問題は、剣だけでは解決できないようですもの。」
ジュンは意味を理解した。
「裏で動く奴がいる……ってことか。」
「ええ。」
「あなたの力が必要ですわ。」
ジュンは静かに頷く。
「分かった。」
「レオンには見えない場所で、守るよ。」
シオンは微笑んだ。
「それで十分ですわ。」
(第36話へつづく)




