第34話 『竜の舞う世界』
世界転移門を抜けた、その瞬間――。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
三人の身体は、何もない大空へと放り出されていた。
眼下には、どこまでも続く広大な湿地帯。
大小無数の沼が陽光を反射し、その遥か上空を、巨大な龍たちが悠然と飛び交っている。
「シオン様ぁぁぁぁっ!! 助けてくださぁぁぁ〜いっ!!」
レオンは手足をばたつかせながら、まるで空で溺れるように絶叫していた。
「空で溺れる人を、初めて見ましたわ……。」
シオンは呆れたように呟く。
レオン?貴方、剣を握れば浮けるんじゃありませんの?
一方のジュンは、落下しながらも冷静に周囲を見渡していた。
(飛べるか……? いや、この身体なら何か――)
自らに宿った力を確かめようと意識を巡らせる。
その時だった。
「グォォォォォォッ!」
一頭の巨大な龍が獲物を見つけたように急降下し、大きく口を開いてジュンへと迫る。
「えっ!? ちょっ……!」
鋭い牙が目前まで迫る。
そのまま丸呑みにされそうになった――。
「朝から元気な子ですこと。」
シオンだけは日傘を優雅に差したまま、まるで散歩でもするかのような足取りで、ゆっくりと大空を降りていくのであった。
ジュンは落下しながら、瞬時に己の能力を発動させた。
「――隠蔽。」
その姿は空中に溶け込むように消え、気配までも完全に断ち切られる。
龍は獲物を見失い、大きく首を振った。
次の瞬間、その黄金の瞳が別の獲物を捉える。
「グォォォォォッ!」
標的は、空中で手足をばたつかせているレオンだった。
「シオン様ぁぁぁっ!」
叫んでいたレオンは、迫り来る龍を見据えると、その表情を一変させる。
「おのれ……!」
空中で体勢を立て直し、剣を抜き放つ。
「我が剣、貴様ごときに屈するものか!」
龍は大口を開けたまま、一気にレオンへ襲い掛かった。
その時だった。
レオンの手に握られた剣が、突如として虹色の輝きを放つ。
「これは……!」
溢れ出した光はレオンの全身を優しく包み込んだ。
次の瞬間。
落下していたはずの身体が、ぴたりと止まる。
「なっ……宙に浮いている?」
まるで見えない大地に足をつけているかのような感覚。
レオンは静かに剣を構えた。
「これが……お前の新たな力か。」
龍は構わず、大口を開けて突進してくる。
「はぁぁぁぁぁっ!」
一歩踏み込むように空を蹴り、すれ違いざまに剣を一閃。
虹色の軌跡が大空を駆け抜ける。
――ズバッ!
龍の口から突き出ていた巨大な牙が、左右まとめて鮮やかに斬り飛ばされた。
その光景に、シオンとジュンは思わず目を見開いた。
「まあ……。」
シオンの口元に、自然と微笑みが浮かぶ。
「剣が、レオンを認めましたのね。」
姿を隠したまま落下していたジュンも、思わず声を上げる。
「す、すげぇ……!」
「凄いものを見た!」
その瞳は興奮に輝いていた。
「空を蹴って……龍の牙を一太刀で斬り飛ばしたぞ!」
一番驚いていたのは、レオン本人だった。
「これは……。」
ただ剣を握っているだけで、不思議と空中でも自在に身体が動く。
まるで大地を踏みしめているかのように、空を駆けることができるのだ。
やがて三人は、湿地帯の中にぽつりと広がる小さな草原へと降り立った。
目の前に広がる光景は、思わず息を呑むほど美しかった。
果てしなく続く湿地と大小無数の沼地。
その上空を、幾頭もの巨大な龍が悠然と舞っている。
まさに、竜人族の世界と呼ぶにふさわしい絶景であった。
シオンは、目の前に広がる絶景を満足そうに眺めた。
「せっかく、こんな素晴らしい景色ですもの。」
「新たな仲間が出来たお祝いを、ここでいたしましょう。」
「賛成です!」
ジュンが元気よく手を挙げる。
レオンも苦笑しながら頷いた。
「先ほどまで龍に食べられそうになっていたとは思えませんな。」
シオンは、いつものように何もない空間へ手を差し入れる。
すると異世界領域から、テーブル、椅子、調理台、食器棚、かまど、冷蔵庫、観葉植物、絨毯まで、次々と取り出しては配置していく。
「あれも必要ですわね。」
「これも置いておきましょう。」
あっという間に、一軒の家にも負けないほど快適な空間が出来上がっていく。
そして最後に、シオンは指先を軽く鳴らした。
「──バリアコート。」
透明な結界が周囲を包み込み、外界と完全に遮断する。
龍が襲ってこようと、魔物が近づこうと、一切干渉できない完全防御の住居が完成した。
シオンは満足そうに振り返り、優雅に微笑む。
「さて。」
「今日は何をいただきましょうか?」
ジュンは口をぽかんと開けたまま、その光景を呆然と見つめていた。
「……。」
言葉が出ない。
つい先ほどまで何もなかった草原に、次々と家具や調理器具が並び、一瞬にして快適な住空間が出来上がっていく。
「す、住む気満々だ……。」
思わず漏れた一言に、レオンは苦笑いを浮かべる。
「ジュン殿。」
「もう驚くのは諦めたほうが楽ですぞ。」
ジュンは目の前に広がる光景を見つめたまま、思わず本音を漏らした。
「……ついてきて、本当に良かった。」
その一言に、シオンは優しく微笑み、レオンも静かに頷く。
グラスを手にしたシオンが、ゆっくりと掲げた。
「それでは。」
「新たな仲間と、新たな旅路に。」
「「乾杯!」」
三人のグラスが、心地よい音を立てて重なる。
夕日に染まる湿地帯の向こうでは、巨大な龍たちが悠然と空を舞っていた。
その雄大な景色を眺めながら、三人は笑顔で晩餐のひとときを楽しむのであった。
(第35話へつづく)




