第30話 『深淵の眠る王都と晩餐』
シオン。
夜に一度、迷宮入口まで降りてみましょう。
創造主様の足跡はシッカリと有りますわ。
隠れて、入ってドワーフに見つかると面倒です、正面から入って私達を認識させる必要がありますわ。
レオン。
確かに、迷宮で噂になると、逆に魔物と間違われる可能性も有りますからな。
シオンとレオンが朝になり正門へ近づくと、左右に立っていた二人の門兵が槍を交差させ、その行く手を塞いだ。
どちらも身長は一メートルにも満たないドワーフ。
しかし、その鋭い眼光からは、百戦錬磨の戦士であることが伝わってくる。
門兵の一人が眉をひそめた。
「止まれ。」
「お前たち……何者だ?」
もう一人の門兵は、シオンとレオンを見上げ、目を丸くする。
「で……でかい。」
「こんな大女と大男、見たことがねぇぞ……。」
周囲の門兵たちも次々と集まり始める。
「どこの国の者だ?」
「何しに王都へ来た?」
「武器を持っているな……。」
門兵たちは警戒を強め、二人を取り囲んだ。
やがて隊長格と思われるドワーフが前へ出る。
「身元が確認できるまで、お前たちには同行してもらう。」
その言葉と同時に、門兵たちが一斉に槍を構えた。
レオンは反射的に剣へ手を伸ばしかける。
だが、シオンは静かに手を添えて、それを制した。
「シオン。」
「ここは、大人しく従いましょう。」
その穏やかな一言に、レオンも静かに手を離した。
門兵たちに槍を向けられても、シオンは表情一つ変えなかった。
日傘を静かに閉じると、一歩前へ出る。
「ご安心なさい。」
「私たちに、この王都で争う意思はありませんわ。」
門兵の隊長が鋭く問いかける。
「ならば、何をしに来た!」
シオンは穏やかに微笑んだ。
「奈落の大迷宮を制覇するためですわ。」
その一言に、門兵たちの空気が凍りつく。
「……何だと?」
「今、奈落の大迷宮と言ったのか?」
シオンは静かに頷く。
「レオンが私達は冒険者です。」
「私は剣聖レオン。」
「そして、この御方は賢者シオン・ド・ラ・ローザ様です。」
「奈落の大迷宮の最深部を目指し、この王都へ参りました。」
門兵たちは互いに顔を見合わせた。
次の瞬間――。
「ぶはははは!」
「何百年も誰一人として二階層へ辿り着けねぇ迷宮だぞ!」
「賢者だの剣聖だの、面白い冗談じゃねぇか!」
門の前は、ドワーフたちの豪快な笑い声に包まれた。
だが、その笑いの中で、ただ一人。
門兵の隊長だけは笑っていなかった。
彼はシオンの落ち着いた瞳を見つめ、小さく眉をひそめる。
「……この女、冗談を言っている目じゃない。」
門兵隊長は腕を組み、しばらく考え込んだ。
やがて、小さく息を吐く。
「まあ、悪く思うな。」
「身元が確認できるまで、お前たちは王都で足止めだ。」
レオンは静かに頷く。
「分かりました。」
隊長は続ける。
「本来なら宿でも取らせたいところだが……。」
「いや、それは駄目だ。」
「どこの誰とも知れん者を、王都で自由に歩き回らせるわけにはいかん。」
周囲の門兵たちも深く頷く。
隊長は少し考えると、二人へ視線を向けた。
「幸い、この執務室の隣に空き部屋がある。」
「夜は鍵を掛けさせてもらうが、牢へ入るよりは、ずっとましだろう。」
「監視は付けるが、部屋の中では自由にして構わん。」
シオンは優雅に一礼した。
「お気遣い、ありがとうございますわ。」
その落ち着いた態度に、門兵隊長は少しだけ表情を緩めた。
「話の分かる者で助かった。」
「では、付いて来てもらおう。」
こうしてシオンとレオンは、門兵たちに案内され、王都の門楼にある執務室へと足を運ぶのだった。
案内された部屋は、想像以上に質素だった。
壁は分厚い石造り。
床も冷たい石畳。
窓には太い鉄格子がはめられ、重厚な鉄の扉が外界を隔てている。
「……倉庫と変わりませんね。」
「……さっき話を聞く限りでは、誰も二階層まで辿り着いたことがないのでしょう?」
「それなら、王都へ立ち寄らず、最初から迷宮へ直接入れば良かったですな。」
レオンが苦笑すると、シオンは部屋を見回し、優雅に微笑んだ。
「ですが、雨風はしのげますもの。」
「広さも十分ですわ。」
「ですけど、さっきの……。」
「私は、いつから賢者になりましたの?」
レオンは苦笑した。
「とっさに名乗っただけです。」
「シオン様は、どんな肩書きでも違和感がありませんからな。」
シオンは小さく肩をすくめる。
「困ったものですわ。」
そう言うと、シオンは見えない埃をパパッと払い異空間の転移陣を開き手を伸ばした。
「さて。」
「そろそろ夕食にいたしましょう。」
次の瞬間。
大きな鍋が湯気を立てたまま、転移陣から現れる。
中では、重甲猪の肉が野菜とともに、とろとろになるまで煮込まれていた。
部屋いっぱいに、食欲をそそる香りが広がる。
やがて、その匂いは廊下まで流れていった。
「……何だ、この匂い。」
「腹が減るな……。」
見張りの門兵たちが思わず部屋を覗き込む。
シオンは気づくと、にこやかに微笑んだ。
「よろしければ、ご一緒にいかがです?」
門兵たちは顔を見合わせる。
「い、いいのか?」
シオン。
「もちろんですわ。」
「異空間魔法の施された袋から4人分の皿、コップを、取り出した。」
「二人で食べるより、大勢の方が美味しいですもの。」
やがて鍋は部屋の中央へ運ばれ、門兵たちも輪になって腰を下ろした。
一口食べた瞬間――。
「う、美味ぇ!」
「こんな肉料理、初めて食べたぞ!」
「このスープも絶品じゃねぇか!」
「賢者様のその不思議な袋ぁ、一体どうなってるんだ?」
「あんなデカい鍋まで入っちまうのか!」
部屋中に歓声が響く。
つい先ほどまで警戒していた門兵たちは、いつしか笑顔で鍋を囲み、酒も交えながら賑やかに食事を楽しんでいた。
その光景を見つめながら、シオンは静かに微笑んだ。
「やはり、美味しい食事は、人と人との距離を縮めてくれますわね。」
それから一週間が過ぎた。
シオンとレオンは門兵たちと食事を共にし、時には雑談を交わしながら穏やかな日々を送っていた。
しかし、身元を証明できるものは何一つなく、王都への正式な入城許可は下りないままだった。
そんなある日――。
門の外が、にわかに騒がしくなる。
「サムの村の者たちだ!」
荷馬車を引いた数人のドワーフが、王都へやって来たのだ。
彼らは興奮した様子で門兵たちへ話しかける。
「大変だ!」
「俺たちの村に、神の使いが現れたんだ!」
「瀕死だった仲間が、一晩で傷一つなく治っちまった!」
「しかも翌朝には、村長サムの家の前に、重甲猪が山のように積まれていたんだ!」
(第31話へつづく)




