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第29話 『草原の試練と贈り物』

草原を歩きながら、レオンは軽くなった身体にすっかり慣れていた。


「反重力魔法って、本当に便利ですね。」


シオンは小さく微笑む。


「ええ。」


「ですが、ずっと頼っていては、あなたのためになりませんわ。」


そう呟くと、誰にも気づかれないほど静かに指先を動かした。


レオンを包んでいた反重力魔法が、ほんのわずかに弱まる。


「……あれ?」


レオンは首を傾げる。


足が少しだけ重くなった気がした。


しかし、それは気になるほどではない。


シオンは何事もなかったかのように歩き続ける。


(これから先は、もっと過酷な世界も待っていますもの。)


(今のうちに、この世界の重さに慣れていただきませんと。)


その横顔には、優しい微笑みが浮かんでいた。


それは決して意地悪ではない。


大切な旅の仲間を、一人前の剣士へ育てたいという、シオンなりの親心だった。


草原を進むにつれ、周囲の景色が少しずつ変わり始めた。


背丈ほどあった草は腰の高さまで低くなり、その一本一本が鋼のように太く硬い。


レオンは剣の柄を握り直す。


「何だか……空気まで重く感じます。」


シオンは静かに頷いた。


「この先ほど、この世界の本来の姿なのでしょう。」


その時だった。


ガサッ――。


草むらが大きく揺れる。


低く唸る声とともに、一頭の灰色の獣が姿を現した。


筋肉の盛り上がった四肢。


岩のように硬い肩。


鋭い牙を剥き出しにしたその姿は、普通の狼とは比べものにならない。


重力狼グラビティウルフですわ。」


しかし、それは始まりに過ぎなかった。


ドドドドドッ――!!


大地を揺るがす轟音が響く。


草原を一直線に突き進んで来たのは、全身を岩のような甲殻で覆われた巨大な猪だった。


重甲猪グラビボア……。」


レオンは息を呑む。


シオンは穏やかな笑みを浮かべたまま、一歩だけ後ろへ下がる。


「レオン。」


「まずは、重力狼からですわ。」


「この世界での初めての試練――存分に経験なさい。」


ここからシオンが少しずつ反重力魔法を弱め、レオンは「なぜか身体が重くなっていく」と感じながら戦います。


そして最後にレオンが勝利すると、シオンは心の中で、

「合格ですわ。」

とだけ呟く。



シオンはレオンの背中を静かに見つめていた。


(そういえば……。)


ふと、一つの疑問が頭をよぎる。


(もし、レオンが命を落としたとしたら……。)


(魂は、これまで私が見てきた者たちのように、どこか別の世界へ転移するのでしょうか。)


(それとも、新たな命として転生するのでしょうか……。)


シオンは小さく首を傾げる。


(この世界の理は、まだ分からないことばかりですわね。)


その疑問は、風に流されるようにシオンの胸へ静かにしまわれた。


しかし、その何気ない疑問こそが、この旅の真実へと繋がる最初の一歩となることを、この時のシオンはまだ知る由もなかった。


これまで幾度となく繰り返してきた転生。


そして、数え切れないほど経験してきた世界への転移。


そのすべてが、一つの真実へと繋がっていたのである。


そのすべては、偶然でも奇跡でもない。


広大な多次元宇宙を渡り歩く、一つの魂が辿る本来の姿、そのものだったのである。


しかし、その真実を知る者は、まだ誰もいない。


シオン自身でさえも――。



レオン、そろそろ野営の準備ですわ。

シオンは倒れた重甲猪グラビボアの群れを見渡すと、真紅のドレスについた見えない埃をパパッと払い、くすりと微笑んだ。

「……少し数が多かったですわね。」


レオンも周囲を見回す。


「確かに、一頭だけじゃありませんしね。」


シオンは頷く。


「私たちだけでは、とても食べ切れませんわ。」


そう言うと、優雅に指先を掲げた。


「それでしたら――。」


「転移魔法陣で、サムさんのお家の前へ届けて差し上げましょう。」


「村の皆様で召し上がれば、しばらくは食料にも困りませんもの。」


レオンは笑みを浮かべる。


「きっとサムさん、腰を抜かしますよ。」


シオンも楽しそうに微笑んだ。


「ふふっ。それもまた、旅の小さな贈り物ですわ。」


足元に淡く輝く魔法陣が静かに広がる。


次の瞬間、重甲猪グラビボアたちの姿は光に包まれ、音もなくその場から消え去った。


その頃、ドワーフの村では――。


夜明け前の静かな村に、サムの家の前へ巨大な重甲猪グラビボアが次々と現れ、見張りのドワーフが目を丸くして腰を抜かしたことなど、シオンたちは知る由もなかった。


その頃――。


シオンとレオンは、焚き火を囲みながら夕食を楽しんでいた。


鍋の中では、重甲猪グラビボアの肉が香ばしい匂いを漂わせながら、ことことと煮込まれている。


見上げれば、夜空には二つの三日月が静かに浮かんでいた。


幻想的な月明かりが、広大な草原を優しく照らしている。


レオンはその光景に目を奪われ、小さく呟いた。


「この世界も、本当に不思議ですね……。」


シオンは温かなスープを口に運び、優雅に微笑む。


「ええ。」


「だからこそ、旅は飽きませんの。」


二人は焚き火の揺れる炎を見つめながら、次に訪れる世界への旅路について、静かに語り合うのだった。


数日後――。


シオンとレオンの前に、一つの巨大な王都が姿を現した。


幾重にも築かれた堅牢な城壁。


多くの人々で賑わう街並み。


だが、この王都が他の都市と決定的に違うものが、一つだけあった。


王都の中心。


城壁によって幾重にも囲まれた、その最深部には――。


どこまでも続く、巨大な縦穴。


人々はその穴を、畏怖を込めてこう呼んでいた。


「奈落の大迷宮」。


巨大な城壁がそびえ立つ王都の裏門。


シオンとレオンは城壁のはるか上空から都を見おろしていた。



レオン。


シオン様、あの王都中心部が大迷宮ですな。


私の居た街のダンジョンも奈落の大迷宮と言う名が付いていましたが、ここも一緒ですな。




(第30話へつづく)




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