第28話 『語り継がれる者たち』
薬草を採り終えた一行は、夕暮れ前にドワーフの村へと辿り着いた。
村では、多くのドワーフたちが不安そうな表情で一軒の家を囲んでいる。
「戻ったぞ!」
長の声に、一人の女性ドワーフが駆け寄った。
「急いで!」
「もう限界なんだ!」
家の中へ入ると、一人の若いドワーフが寝台に横たわっていた。
全身には魔獣の鋭い爪痕。
傷口は黒く変色し、呼吸は浅く、今にも途絶えそうだった。
村一番の薬師が採ってきた薬草を見つめ、悔しそうに拳を握る。
「これだけあれば薬は作れる……。」
「だが、この薬草は半日ほど天日で乾かさなければ効き目が出ない。」
「……それまで、この者がもつかどうか。」
家の中に重苦しい沈黙が流れる。
誰も言葉を発せなかった。
苦しそうに息をする怪我人を見つめ、シオンは小さな革袋を開いた。
中から白い錠剤を一粒取り出し、薬師へ差し出す。
「こちらをお使いくださいませ。」
薬師は錠剤を手に取り、不思議そうな顔をする。
「これは……薬か?」
「ええ。旅の途中、もしもの時に備えて持ち歩いている常備薬ですわ。」
「傷の痛みを和らげ、悪化を抑える程度のものです。」
「皆様のお薬が出来上がるまでの間なら、きっと時間を稼げますわ。」
薬師は戸惑いながらも頷いた。
「飲ませればいいんだな?」
「ええ。」
薬師は錠剤を砕いて水に溶かし、慎重に怪我人の口へ流し込む。
しばらくすると、荒かった呼吸が少しずつ落ち着き始める。
「おお……。」
「さっきより呼吸が楽になってるぞ。」
部屋にいたドワーフたちは驚いた表情を浮かべた。
薬師も安堵の息をつく。
「これなら……薬草が乾いて薬を調合するまで、何とか持ちこたえてくれるかもしれん。」
シオンは静かに微笑み、小さく頷いた。
怪我人の容態がひとまず落ち着いたのを見届けると、シオンは髭をたくわえたドワーフの長へ向き直り、優雅に一礼した。
「一つ、お願いがございます。」
「今夜だけ、こちらの村で宿をお借りできませんこと?」
髭のドワーフは豪快に笑った。
「そんなことか!」
「お前さんたちは恩人だ!」
「俺の部屋が空いてる。好きに使ってくれ!」
そう言うと、胸をどんと叩く。
「俺はこの村のまとめ役、サムだ!」
「改めて、よろしくな!」
シオンは優雅に頭を下げる。
「私はシオン・ド・ラ・ローザ。」
「こちらは旅の仲間、レオンですわ。」
「よろしくお願いします、サムさん。」
サムは満足そうに頷いた。
「よし! 今夜は俺の手料理と酒でもてなしてやる!」
夜も更け、食卓には空になった酒瓶が何本も並んでいた。
豪快に笑っていたドワーフの長、サムが、ふとレオンの腰に差した剣へ視線を向ける。
「なあ、レオン。」
「さっきから気になってたんだが……。」
サムは身を乗り出した。
「あの剣、どこで手に入れた?」
「誰が鍛えた?」
「見たこともねぇ輝きを放ってやがる。」
「それに、昼間、お前さんが急に軽々と歩けるようになったのも、その剣と何か関係があるんじゃねぇのか?」
矢継ぎ早の質問に、レオンは苦笑する。
「実は、この剣は……。」
一度シオンへ視線を向ける。
シオンはワイングラスを傾けながら、静かに微笑んでいた。
その様子を見たレオンは、ゆっくりと口を開く。
「この剣は、魔剣です。」
その一言で、部屋の空気が凍りついた。
「……は?」
サムは酒杯を持つ手を止める。
「い、今……何て言った?」
「魔剣です。」
「意思を持ち、共に成長する剣なんです。」
サムはレオンの剣を凝視したまま、しばらく言葉を失う。
やがて震える声で呟いた。
「……伝説は、本当だったのか。」
宴も終わり、村は静かな夜に包まれていた。
レオンは旅の疲れもあって、すでに深い眠りについている。
シオンは窓から夜空を見上げ、小さく微笑んだ。
「少し、夕涼みをして参りますわ。」
誰にも気づかれぬよう、静かに宿を後にする。
月明かりに照らされた村は、昼間とは違う穏やかな表情を見せていた。
やがてシオンは、怪我人が眠る家の前で足を止める。
中からは苦しそうな寝息が聞こえていた。
シオンはそっと扉を開き、寝台の傍らへ歩み寄る。
「……もう、大丈夫ですわ。」
静かに右手をかざす。
「──全知全能の賢者コード。」
その声とともに、淡い虹色の光が部屋いっぱいに広がった。
「賢者高度治癒魔法。」
光は怪我人の全身を優しく包み込み、深く裂けていた傷口は、まるで時間が巻き戻るかのように塞がっていく。
砕けていた骨は元に戻り、失われていた血肉も再生する。
やがて苦しそうだった表情は安らぎへと変わり、呼吸は穏やかになった。
身体には、傷跡一つ残っていない。
シオンは満足そうに微笑む。
「これで、明日の朝には元気に目を覚ましますわ。」
そう呟くと、何事もなかったかのように部屋を後にし、静かな月明かりの中を部屋へと戻っていった。
夜が明ける前。
東の空がわずかに白み始めた頃、シオンとレオンは静かに旅支度を整えた。
まだ村人たちは眠りについている。
「お世話になりましたわ。」
シオンは小さく微笑み、ドワーフの村へ一礼する。
二人は誰にも見送られることなく、次なる旅路へと歩き出した。
そして朝――。
怪我人の様子を見に来た薬師は、その場で息を呑んだ。
「な……何だ、これは……。」
全身を覆っていた深い傷は跡形もなく消え去り、死の淵をさまよっていた男は、まるで何事もなかったかのように目を覚ましていた。
「身体が……痛くない。」
その声を聞き、村中のドワーフたちが集まってくる。
薬師も、村の長サムも、誰一人として目の前の光景を信じられなかった。
「そんな馬鹿な……。」
「こんな奇跡、あり得ねぇ……。」
やがてサムが静かに呟く。
「……あの二人だ。」
「あの旅人たちが、神の使いだったんだ。」
その日を境に、ドワーフの村には一つの言い伝えが生まれた。
夜明け前に村を去った銀髪の淑女と、一振りの魔剣を携えた若き剣士。
二人は神の使いとして現れ、命を救い、何も求めることなく旅立っていった。
その物語は、何代にもわたり、ドワーフたちの間で語り継がれていくことになる。
(第29話へつづく)




