第27話 『二倍の重力地』
シオンは平然と辺りを見回しながら、小さく微笑んだ。
「どうやら、この先は重力が二倍になっているようですわね。」
レオンは歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。
「これが……異世界の試練。」
シオンは優雅に日傘をくるりと回した。
「転移門の先が安全とは限りませんもの。」
「旅とは、こういうものですわ。」
レオンはふと振り返り、自分たちが通ってきた転移門へ足を向けた。
「……あれ?」
門の中へ一歩踏み出す。
しかし、何も起こらない。
光が揺らぐことも、景色が変わることもなく、ただ静寂だけが流れていた。
「戻れない……?」
レオンは何度か試してみるが、結果は同じだった。
シオンも転移門へ手をかざし、その魔力の流れを静かに確かめる。
「やはり、一方通行のようですわね。」
「これまで訪れた世界も同じでしたもの。」
「転移門は次の世界へ進むための道であって、来た世界へ戻る道ではありませんの。」
レオンは転移門を見つめ、小さく息を吐いた。
「つまり、一度進めば後戻りはできない……。」
シオンは穏やかに微笑む。
「だからこそ、旅は面白いのですわ。」
二人の前には、赤黒い大地がどこまでも広がっていた。
遠くでは巨大な岩山が連なり、空気は重く淀んでいる。
そして、その大地の遥か先から――。
ズシン……。
ズシン……。
大地を震わせるような足音が、ゆっくりと近づいてきていた。
ズシン……。
ズシン……。
大地を震わせる重い足音が近づいてくる。
レオンは思わず剣へ手を掛けた。
「何か来ます!」
しかし、岩陰から姿を現したのは、巨大な魔獣ではなかった。
「……え?」
身長は一メートルにも満たない。
だが、その身体は岩を削り出したように分厚く、肩幅は人間の倍近くある。
腕は丸太のように太く、全身を覆う筋肉は、まるで鋼鉄そのものだった。
彼らは巨大な戦槌や斧を軽々と肩へ担ぎながら、重力など意に介さぬ様子で歩いてくる。
「ドワーフ……。」
レオンは驚きの声を漏らした。
シオンは静かに頷く。
「この世界は重力が二倍。」
「その環境で長い年月を生きてきた種族ですもの。自然と身体も、このような姿へ進化したのでしょう。」
ドワーフたちはシオンたちの前で立ち止まる。
その鋭い眼差しは、初めて見る旅人をじっと見据えていた。
髭を胸元まで蓄えた一人のドワーフが、一歩前へ出る。
どうやら十人ほどいる集団の長らしい。
彼はシオンとレオンを上から下まで眺めると、目を丸くした。
「……お前たち、この世界の者じゃねぇな?」
その一言を合図にしたかのように、後ろにいた九人のドワーフたちが一斉に身を乗り出した。
「どこから来たんだ!?」
「何しに来た!?」
「転移門を通ってきたのか!?」
「背が高い、何者だ!?」
「腹は減ってねぇか!?」
「その剣は誰が打った!?」
「その服はどこの国のもんだ!?」
「旅人か!?」
「魔物は見たか!?」
「酒は飲めるか!?」
十人全員が、我先にと質問を浴びせ始める。
あまりの勢いにレオンは口を開く暇もなく、ただ目を白黒させるばかりだった。
一方のシオンは、口元に扇を添え、くすりと笑う。
「ふふっ……ずいぶんと賑やかな方々ですこと。」
次々と飛んでくる質問に、シオンは慌てることなく優雅に微笑んだ。
「皆様、お気持ちはよく分かりましたわ。」
「ですが、今度はこちらから一つ、お聞きしてもよろしくて?」
十人のドワーフは一斉に口を閉じる。
「……おう。」
「この辺りに街や村はありますの?」
先頭のドワーフは胸を張った。
「街じゃねぇが、俺たちの村ならすぐ近くだ!」
「鍛冶と鉱石掘りで暮らす、ドワーフの村だ!」
シオンは嬉しそうに微笑む。
「まあ。それでしたら、少し立ち寄らせていただいてもよろしくて?」
するとドワーフたちは顔を見合わせた。
「もちろん構わねぇ。」
「……と言いたいところだが、今から森へ薬草採りに行くところなんだ。」
「村へ案内するのは、その後でもいいか?」
シオンは軽く頷いた。
「もちろんですわ。」
「でしたら、私たちもご一緒してよろしいかしら?」
「薬草採りくらいでしたら、お手伝いできますもの。」
ドワーフたちは目を丸くする。
「旅人が薬草採りを手伝うだって?」
「変わったお嬢さんだな!」
豪快な笑い声が森へ響く。
こうしてシオンとレオンは、ドワーフたちと共に森へ入り、薬草採取を手伝うことになった。
「では、参りましょう。」
シオンの一言で、一行は森へ向かって歩き始めた。
ドワーフたちは慣れた足取りで、重い大地をものともせず進んでいく。
シオンもまた、日傘を差したまま、まるで普段と変わらぬ優雅な足取りだった。
しかし――。
「はぁ……はぁ……。」
後ろからレオンの荒い息遣いが聞こえてくる。
「くっ……。」
二倍の重力は想像以上だった。
一歩踏み出すたびに足が鉛のように重く、全身へ疲労が蓄積していく。
気づけば、レオンだけが少しずつ遅れ始めていた。
シオンは足を止め、振り返る。
「レオン、大丈夫ですの?」
「だ……大丈夫です。」
そう答えるものの、その額には大粒の汗が浮かんでいた。
先頭を歩いていたドワーフの長が豪快に笑う。
「無理もねぇ!」
「長旅の疲れが出てるのか?!」
「その剣の輝き!相当の重さがあるんだじゃないのか?。」
「慣れてねぇ奴には、歩くだけでも一苦労な足場だからな。」
そう言うと、長は表情を少し引き締めた。
「急ぐ理由もあるんだ。」
「仲間が昨日、狩りの最中に魔獣にやられてな。」
「傷を治す塗り薬を作るため、この森へ薬草を採りに来たんだ。」
その言葉に、シオンの微笑みが静かに消える。
「それは一刻を争いますわね。」
「急ぎましょう。」
一行は歩調を速め、薬草の群生地を目指して森の奥へと進んでいった。
レオンの苦しそうな様子を見たシオンは、足を止めると、そっと右手をかざした。
「仕方ありませんわね。」
「少しだけ、お手伝いしましょう。」
シオンが指先を軽く動かす。
すると、淡い銀色の光がレオンの身体をふわりと包み込んだ。
「これは……?」
「反重力魔法ですわ。」
「あなたの身体を包むように、重力を少しだけ打ち消しておりますの。」
その瞬間――。
「えっ!?」
レオンは思わず目を見開いた。
先ほどまで鉛のように重かった足が、嘘のように軽い。
身体にのしかかっていた圧迫感も消え、呼吸まで楽になっていた。
「す、すごい……!」
「さっきまでが嘘みたいです!」
レオンは軽やかに歩き出し、あっという間にシオンの隣へ並ぶ。
その様子を見ていたドワーフたちは、一斉に目を丸くした。
「お、おい……。」
「その剣、軽くなったのか?」
「そんな輝く剣、見たことも聞いたこともねぇぞ……。」
シオンは何事もなかったかのように微笑んだ。
「旅は快適な方がよろしいでしょう?」
そう言うと、再び日傘をくるりと回し、優雅な足取りで森の奥へと歩き始めた。
レオンは軽やかに歩き出し、あっという間にシオンの隣へ並ぶ。
その様子を見ていたドワーフたちは、一斉に足を止めた。
「な……何だ、今のは……。」
「さっきまで息を切らしてたじゃねぇか。」
「急に別人みてぇに軽々と歩き始めたぞ……。」
長はレオンとシオンを何度も見比べる。
「おい……お嬢さん。」
「今、何をした?」
シオンは扇で口元を隠し、上品に微笑む。
「ほんの少し、お手伝いをしただけですわ。」
ドワーフたちは顔を見合わせる。
「まさか……。」
「昔話に出てくる『魔法』ってやつじゃねぇだろうな……。」
誰かがそう呟くと、周囲は一瞬静まり返った。
だが、すぐに別のドワーフが首を振る。
「馬鹿言え。」
「あの剣だ。」
「あの輝く剣がおとぎ話に出てくる『魔法の剣』なんじゃねぇのか?」
「そうでもなきゃ、急にあんな軽々と歩けるようになるわけがねぇ。」
その言葉に、ドワーフたちは一斉にレオンの剣へ視線を向けた。
誰もが、まるで伝説の宝を目にしたかのような表情を浮かべていた。
(第28話へつづく)




