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第25話 『奈落の大迷宮』

その巨大な入口を前に、二人は静かに立っていた。


洞窟の奥からは冷たい風が吹き抜け、どこまでも続く闇が口を開けている。


レオンは眉をひそめた。


「これは……シオン様。前が見えませんな。」


シオンは不思議そうに首をかしげる。


「そうかしら?」


シオンの瞳は、魔界にいた頃から暗闇を昼間のように見通せる。


彼女にとって、この程度の闇は何の障害にもならない。


「あら、失礼しましたわ。」


シオンは軽く指を鳴らした。


パチン。


次の瞬間――。


深淵そのものだった大迷宮が、昼間のような眩い光に包まれた。


壁も天井も、遥か彼方まで続く通路も、その姿を一瞬で現す。


レオンは思わず目を押さえる。


「ま、眩しいっ!」


シオンは優雅に微笑んだ。


「これなら見えますでしょう?」



レオン。


「……シオン様、その明かりは少々加減というものが……。」


二人はゆっくりと迷宮を下り始めた。


通路の幅は十メートルほど。


天井までの高さは二十メートルはあるだろう。


昼間のように照らされた迷宮の中を進んでいると、不意にレオンが足を止めた。


「……シオン様。」


足元には、スライムのような魔物が何体も転がっている。


どれも黒く縮み、すでに息絶えていた。


レオンは恐る恐るその一体を見つめる。


「もしかして……これ、光にやられたのかも?」


シオンはしゃがみ込み、魔物を軽く指でつついた。


「そのようですわね。」


「長い間、闇だけで生きてきた魔物なのでしょう。」


「突然これほどの光を浴びれば、耐えられなくても不思議ではありません。」



レオンは苦笑した。


「明かりを灯しただけで魔物を倒してしまうとは……。」


シオンは首をかしげる。


「少し明るくしただけなのですけれど……やりすぎましたか?」


「では、魔物が死なない程度に少し暗くしますわ。」


シオンは穏やかに微笑んだ。


「ここの魔獣や魔物は、外で暴れ回っていた者たちとは違いますわ。」


「ここから出た痕跡もありませんし、この闇の中でしか生きられないのでしょう?」


「可哀想ですもの。」


「外へ出て人々に危害を加えたわけでもありませんし。」


「……もっとも。」


「私たちの行く手を阻むのでしたら、その時は話が別ですけれどね。」


「では、魔物が死なない程度に少し暗くしますわ。」


シオンは周囲の光を少しだけ和らげた。


洞窟は柔らかな明るさに包まれ、魔物たちも静かに身を潜めていく。


その光景を眺めているうちに、シオンの脳裏へ、ふと天界でのお茶会の記憶がよぎった。


焼きたての甘いケーキ。


芳醇な香りの紅茶。


優雅なティータイム――。


シオンは小さくお腹に手を当てる。


「……。」



「レオン。」


「お腹、空きません?」


シオンはふと足を止めた。


「……そういえば。」

「お茶会がしたくなりましたわ。」



レオンは目を瞬かせる。


「……はい?」



「一度、王都へ戻ってティータイムにいたしましょう。」



レオンは思わず素っ頓狂な声を上げた。


「い、今からですか!?」


「せっかくここまで来たというのに!」


シオンは首をかしげる。


「何か問題でも?」


「いいえ、一度訪れた場所なら、転移魔法陣で簡単に行き来できますわ。」


レオンは固まった。


「……。」


「マジですかーっ!?」


「この旅、面白すぎるーっ!」


シオンは優雅に微笑んだ。


「ふふっ。」


「創造主様を追う旅ですもの。」


「まだ旅は始まったばかりですし。」


眩い光が消える。


次の瞬間、二人は王都・王宮前の花壇にある東屋へ姿を現した。


シオンは周囲を見渡し、満足そうに頷く。


「ほら……。」


「ちょうどいい場所に着きましたわ。」


「ジャストですわ!」


レオンは辺りを見回し、思わず苦笑した。


「では、少々お時間を。」


「お茶の準備をしてまいります。」


そう言うと、レオンは王城へ駆け出した。


その頃、王城では――。


「レ、レオン様?」


「なぜ戻られたのですか!?」


「もう奈落の大迷宮へ向かわれたはずでは……!」


侍女も料理人も近衛騎士も、一斉に騒ぎ始める。


そんな中、レオンは至って真面目な顔で言った。


「シオン様がお茶をご所望だ。」


「至急、最高の紅茶とケーキを頼む!」


城内は一瞬静まり返り――

次の瞬間。


「急げーっ!!」

「パティシエを呼べ!」

「紅茶は最高級の茶葉を!」

「東屋へ運べ!」


ティータイムを終えた二人は、再び転移魔法陣で大迷宮へ戻った。


シオンは王宮へ向かって軽く会釈する。


「今後も、転移魔法陣でちょくちょく寄らせていただければ幸いですわ。」


そう言い残し、二人は再び奈落の大迷宮へと戻っていく。


レオンは辺りを見回した。


「あれ……?」


「少し明るさが落ちていますな。」



シオンも周囲を見渡す。


「本当ですわ。」


「どうやら、私が離れていた間に、光を維持していた魔力が少し薄れたようです。」


「この迷宮が、魔力を少しずつ取り込んだのでしょうね。」


シオンは静かに周囲を見渡した。


「なるほど……。」

「迷宮が、自ら明るさを調整したのでしょうね。」


レオンは首をかしげる。


「調整……ですか?」


「ええ。」


「ここに棲む魔獣たちも、この迷宮も、お互いが生きやすい環境を保っているのでしょう。」


「少し光が強すぎたので、迷宮が魔力を吸収して元の環境へ近づけたのですわ。」


シオンたちは、その後も大迷宮を進み続けた。


観測の仕組みを理解していたため、道に迷うこともなく、罠を見抜き、魔獣たちとも無用な争いを避けながら進む。


そして――。


「あら。」


「ここは……。」


シオンは周囲を見渡し、小さく微笑んだ。


「もしかして、観測者の間ですわ?」

「全く同じ雰囲気ですもの。」

「この禍々しい宇宙転移門といい……。」

「案外、簡単でしたわね。」


その時。


黒い霧が集まり、一人の人影が現れる。


『……我が名は、観測者ネヴァ。』


シオンは目を丸くした。


「え?」


元の世界では、時間差を経てこの映像がモニターへ映し出されていた。


最初の観測者は、その映像を見た瞬間、思わず声を上げる。


『え?』

『この観測者……名前があるの?』


シオンは首をかしげる。


「そういえば……。」


「最初の観測者様は、お名前を名乗りませんでしたわね。」


少し間を置いて、シオンは空を見上げる。

「創造主様……。」


「最初の観測者様には、お名前を付けなかったのですか?」


最初の観測者は、視線をそらしながら頬をかく。


『……。』


『その……。』




ゼルガル。神々。国王。


『付けてもらえなかったんだ。』


このあとシオンが、


「まあ……。」


「創造主様にも、たまにはそういうことがございますのね。」



(第26話へつづく)

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