第22話 『第一の宇宙・剣聖レオン編』
魔界地下最深部。
観測者の間。
巨大な扉が、ゆっくりと開き始めた。
ゴゴゴゴゴ……
扉の向こうには、見たこともない空。
どこまでも広がる蒼い大地。
その世界を見つめながら、観測者は静かに告げる。
『第一の宇宙。
名を──剣界。
創造主が最初に作り、足跡を残した世界。
この世界のどこかに、次の座標へ進む鍵がある』
シオンは優雅に扇子を閉じる。
パチン。
「それでは、行って参りますわ」
ヒールの音が静かに響く。
コツ…コツ…コツ。
シオンがそのまま巨大な扉をくぐった瞬間――景色が一変した。
「やはり、この扉も宇宙を繋ぐ転移門でしたのね……」
シオンは静かにそう悟る。
目の前には、どこまでも続く広大な草原。
見上げた空には、この宇宙でしか存在しないかのような虹色の光が、ゆっくりと揺らめいていた。
風が草原を駆け抜ける。
その静寂を切り裂くように――
遠くの地平線の彼方から、巨大な何かが激突したような轟音が響き渡る。
ドォォォォン!!
「逃げろーー!!」
「魔獣の群れだ!!」
数百人の騎士たちが、巨大な魔獣の群れに追い詰められていた。
シオンは立ち止まる。
「あら、こんなの初めて見ますわね。
お困りのようですわ」
騎士たちは叫ぶ。
「来るな!!
君まで死ぬぞ!!」
シオンは首を傾げた。
「そうですの?」
次の瞬間。
パチン。
扇子を閉じる音だけが響く。
すると、遠くの空から――
キュュュュューン!!
ズドォン!!
光が大地を包み込む。
数百はいた魔獣たちは、一瞬で跡形もなく消え去った。
静寂。
騎士たちは言葉を失う。
「…………」
一人が震えながら口を開く。
「終わった……のか?」
シオンは服についた見えない埃をパパッと払う。
「終わりましたわ」
それから、さらに数週間。
シオンは王都へ向かう旅路の途中でも、魔獣の群れを見つけるたびに、まるで道端の小石でも払いのけるかのように、何事もなく消し去っていった。
本人にとっては、旅の障害物を片付ける程度のこと。
退屈しのぎにすらならない、あまりにも些細な出来事だった。
しかし、この世界の人々にとっては違う。
何十年、あるいは何百年もの間、人々を苦しめ続けてきた魔獣の群れや災厄が、わずか一か月足らずで次々と姿を消していったのである。
各地の村や町では、「銀髪の日傘を差した令嬢が災厄を消し去った」という噂が瞬く間に広がり、その話はやがて王都にも届いた。
その頃、王都では──。
兵士も役人も、この奇跡を起こした救世主の来訪に沸き立っていた。
「ぜひ王城へお越しください!」
「剣聖様にも会っていただきたい!」
「本日は世界最強を決める剣術大会が開催されております!」
シオン。
「剣術大会?」
兵士。
「はい!
優勝者には剣聖への挑戦権が与えられます!」
シオン。
「そう。面白そうですわね」
その一言が、なぜか大会参加の意思表示として受け取られてしまった。
シオンが事情を確認する間もなく、
「特別参加者をご案内しろ!」
「貴賓席ではない! 選手控室だ!」
「衣装係を呼べぇ!」
と、周囲は勝手に盛り上がっていく。
「……見学のつもりでしたのですけれど」
誰一人、その呟きを聞いている者はいなかった。
気が付けば、シオンは大会参加者として控室に案内されていた。
会場──。
審判が声を張り上げる。
「特別参加者、シオン殿!」
会場がざわつく。
「誰だ?」
「見たことがないぞ」
そして、決勝戦。
剣聖が姿を現した。
会場全体が歓声に包まれる。
「剣聖様だ!」
「無敗の英雄!」
剣聖は静かにシオンを見つめた。
「……女性か」
審判が告げる。
「なお、公平を期すため、魔法の使用は禁止とします!」
会場から歓声が上がる。
シオンは微笑んだ。
魔法禁止。
もっとも――。
シオンの魔法は詠唱もなければ魔法陣も現れない。
仮に使ったとしても、この世界の誰一人、それが魔法だと気付くことはできないだろう。
「構いませんわ」
試合開始。
剣聖が消えた。
神速。
誰の目にも映らない速さ。
カン!!
鋭い斬撃がシオンへ届く。
しかし。
透明な障壁が、その剣を弾き返した。
剣聖。
「……!」
再び斬る。
カン!
カン!
カン!
何百。
何千。
何万という斬撃。
だが、一太刀たりとも届かない。
シオンは一歩も動かなかった。
「あら、もう終わりですの?」
剣聖は息を切らしながら最後の構えを取る。
「これが……我が生涯、最高の一太刀だ!!」
ズドォォォォン!!
土煙が舞う。
会場が静まり返る。
煙が晴れる。
そこには、髪一本乱れていないシオンが立っていた。
シオン。
「私の肌、丈夫ですのよ! これで終わりましたの?」
剣聖は剣を地面に突き立て、肩で息をしていた。
「何故だ……。何故、この大会へ出た」
シオンは不思議そうに答える。
「受付の方に案内されましたので」
会場中が固まる。
「えぇぇぇぇぇーーっ!?」
剣聖は苦笑した。
「……この大会は、魔獣から世界を守る剣士を育てるためのものだ」
シオンは首を傾げる。
「魔獣?」
「ああ」
「あの山から王都へ向かう途中にいた野獣の皆様ですの?」
剣聖。
「……そうだ」
シオンは笑顔で答えた。
「全部、お掃除して参りましたわ」
沈黙。
そして、会場全体が大混乱に包まれた。
「全部!?」
「一人で!?」
「だから今日は魔獣警報が止んだのかーーっ!!」
剣聖は空を見上げ、小さく笑う。
「百年。百年間、私はこの世界を守るために剣を振ってきた」
シオンは静かに歩み寄る。
「いいえ。あなた方が百年間守り続けてくださったからこそ、私は間に合いましたの」
その言葉に、剣聖はゆっくりと目を閉じた。
そして静かに膝をつく。
剣聖は静かに名乗る。
「我が名は――レオン・ヴァルハルト。この世界において、剣聖と呼ばれる者だ」
シオンは優雅に一礼する。
ドレスの裾を軽く摘み、見えない埃をパパッと払い、鮮やかなカーテシーを披露した。
「シオンと申しますわ」
そして、シオンはレオンの顔を、まじまじと見つめた。
じーーっ。
数秒。
レオンは少しだけ眉をひそめる。
「……私の顔に、何か?」
シオンは小さく首を傾げた。
「失礼ですが……どことなく、ルールルに似ておりますわね」
レオン。
「……ルールル?」
その瞬間。
遠く離れた世界。
魔界。
魔王ゼルガルが、何故か突然くしゃみをした。
「ぶぇっくしょん!!」
古参幹部。
「魔王様、風邪ですか?」
ゼルガル。
「いや……誰かが、余をルールルと呼んだ気がする……」
(第23話へつづく)




