第二話:私の有給休暇を返しやがれですわ
【エラー:魂の転送先が上限に達しました。一時的に管理者領域(天界)へ強制排出す……エラー……エラ……】
「これだから素人は困りますの。──そこを退きなさい、神々様。このバグだらけの天界、私が直して差し上げますわ」
そう言って、神々の最高議事堂のデスクに優雅に腰掛けた私──シオン・ド・ラ・ローザは、お気に入りの扇子をパチンと閉じ、あくび混じりに遠い目をしました。
なぜ、私が神をも恐れぬチート能力を持っているのか。
なぜ、私がこれほどまでにブチギレているのか。
話は、今から遡ること約1万年──私の『最初の人生』にまで遡ります。
そもそも、私は由緒正しき伯爵家のお嬢様でしたの。
ちょっとばかり高飛車で、周囲からは悪役令嬢なんて噂もありましたけれど、中身は至って真面目な普通の少女。
婚約破棄だの国外追放だのという理不尽な破滅フラグを、持ち前の気品と人脈、そしてほんの少しの泥臭い努力で全て叩き潰し、さあ、これから優雅な隠居生活──つまり、私の輝かしい『有給休暇』を楽しもうとした、まさにその時。
天界のシステムエラーによる『暴走馬車』にノーブレーキで跳ね飛ばされ、私の第一の人生はあっけなく幕を閉じました。これが全ての元凶、天界のクソバグ第一号ですわ。
「あら? 手違いで死なせてしまいました。では、お詫びに別の世界へ転生させてあげますね!」
当時の下っ端神は、そんな軽いノリで私を次の世界へ放り込みました。
ですが、天界の『魂管理サーバー』のバグは、そんな生易しいものではなかったのです。
一度バグった私の魂は、なぜか「バグの多い、過酷なナイトメアモードの世界」にばかり強制的にマッチングされるという、最悪のシステムエラーに巻き込まれてしまいましたの。
続く第2の人生は、年中吹雪が吹き荒れる極寒の雪山世界。
ドレスなど1日でボロ布になり、生き残るために低体温症と戦いながら、ナイフ1本で熊を狩る野生味溢れるサバイバル生活を強いられました。おかげさまで、極限状態での体術が身につきましたわ。
第15の人生では一転して、太陽が容赦なく照りつける南国のサトウキビ畑。
毎日汗水垂らして終わりのない農作業に明け暮れ、おかげで私の体幹と背筋は、ラグビー選手をも一撃で消し飛ばすレベルにまでビルドアップされましたわ(今そこの豊穣の神、私のドレスの後ろ姿を見て『広背筋が鬼の顔になってる』とか言いましたこと? 呪いますわよ?)。
さらに酷かったのは第30の人生ですわ。世界の9割が海に沈んだ深海世界なのですが、システムバグのせいで、私が配置されたのは
『水圧で今にも押し潰されそうな最底辺の海底ドーム都市』。
毎日ミシミシと天井から海水が漏れ、住民は絶望して泣き叫ぶばかり。
誰も直さないから、私が【全属性魔法極大適性】の氷結魔法をフル活用して、『漏れてくる海水を片っ端から氷結魔法で殴って凍らせ、巨大な氷の柱にして都市を支える』という、正真正銘のワンオペ人力バリアを完成させましたの。
最終的には漏れる水がなさすぎて海底が干上がりましたけれど、私のせいで生態系が激変したと責める前に、天界の排水トラップの設計ミスを恥じなさい!
第48の人生の硝煙煙る戦場では、目の前でバタバタと倒れていく兵士たちを死なせないために寝る間も惜しんで医学を修め、最終的には「指をパチンと鳴らすだけで、あらゆる部位を瞬時に結合・再生させる」という、超高速治癒魔術を自力で開発せざるを得ませんでした。……ええ、どれだけ力任せに殴って骨を粉砕しても、次の瞬間には元通りにして、もう一度最初から殴れる大変便利な医療(物理)魔術ですわ。
第77の人生の超未来SF世界にいたっては、もはやギャグですわ。自我を持った超巨大暴走AIが、人類を絶滅させようと数千億のドローン兵器でレーザーの嵐を放ってきたのです。
さすがの私もレーザーを素肌で受けるのはお上品ではないと思いましたので、自身の再生速度を最大まで上げて強行突破。ハッキングなんて面倒なことはせず、メインサーバー室の電源コンセントを概念破壊の剣技でバキバキに引きちぎって物理シャットダウンいたしました。これだから論理ばかりに頼る理系は困りますのよ。
そして、直近の第99の人生──。
放り込まれたのは、凶悪な悪魔が跋扈する『SSS級・滅亡寸前の魔界』。
「いい加減になさい!!!」とブチギレた私は、襲いかかってくる魔王の軍勢を、これまでのフルコースでお上品に蹂躙いたしました。
気づけば魔界の王座に座らされ、魔界を完全統一(組織改革)した瞬間、私の魔力があまりに巨大すぎて世界が悲鳴を上げ、サーバーの容量オーバーで『データ強制排除(強制キック)』されてしまいましたのよ。本当に、運営のサーバーの脆弱さにはヘドが出ますわ!
「……と、いうわけですわ」
回想を終え、私は現在の天界の光景へと視線を戻しました。
私の背後に渦巻くチートオーラは、神から『貰った』安っぽいものではありません。
無能な神々が放置したバグのせいで、1万年もの間ブラック労働を強制的に生き抜かされた結果、生き残るために『なってしまった』怒りと血と汗の結晶なのです!
「お分かりいただけましたかしら? 私の奪われた1万年分の有給休暇、および精神的慰謝料。
──今すぐこの手で、天界の全財産(世界システム)から、きっちり耳を揃えて差し押さえさせていただきますわ。フフッ」
私は全宇宙の最高機密データベース『アカシックレコード』を両手でバカッと開き、その因果律の暗号を【全知の賢者コード】で力任せにクラッキングして、新たな「世界の理」を上書きいたしました。
【全宇宙絶対遵守決定事項:シオン・ド・ラ・ローザの全履歴を『有給休暇』とする。
なお、全神々は、彼女が満足して老衰するその日まで、24時間体制で最高級のハーブティーを献上し、システムのエラー修正(サビ残)に励むこと】
「さあ、神々様。世界の最高機密データベースも、私の有給を認めてくださいましたわ。
言い訳はもう通用いたしません。
……そこを退きなさい、自称・全知全能の神々様。今日から私がこの天界の『CEO』ですわ。2日目の徹夜(サビ残)の始まりですわよ?」
シオン様の怒りは天をも貫く。
こうして、ブラック企業ならぬ「ブラック天界」の構造改革が、今度こそ本当に幕を開けるのでした。
(つづく)




