第19話 『やっと来たか』
魔界地下最深部。
観測者の間。
宇宙崩壊の危機は終わった。
神々は床にへたり込み。
悪魔たちは放心し。
騎士たちは状況を理解できずにいた。
その時だった。
部屋の中央に浮かぶ巨大な水晶が、淡く輝き始める。
キィィィン……
澄み渡る鈴の音にも似た音色が、静かに空間へ響いた。
次の瞬間。
水晶の光が人の形を成していく。
それは、まるで透明な結晶を削り出して作られたような、美しい人型だった。
全身は半透明。
身体の内側では、星空のような無数の光がゆっくりと流れている。
足は床に触れていない。
静かに宙へ浮かび、感情を持たぬ瞳でシオンを見つめていた。
神々。
「観測者……。」
誰も、その姿を見たことはなかった。
ただ一人。
観測者だけがシオンを見つめていた。
『やはり。』
『お前だったか。』
静かな声だった。
だが。
その言葉を聞いた瞬間。
シオンの表情が僅かに変わる。
「あなた……」
「私を知っていますの?」
観測者は答える。
『知っている』
『三百京年前から』
神々。
「また途方もない数字が出てきたぞ」
ゼルガル。
「余の頭ではもう理解できん」
観測者は構わず続けた。
『私は観測者』
『だが』
『それは役職名に過ぎない』
空間が静まり返る。
『私は最後の記録係』
『創造主が残した眼』
シオンの瞳が揺れた。
「創造主……?」
観測者。
『そうだ』
『お前が探し続けている者』
『我が創造主だ』
全員。
「え?」
神々。
「え?」
悪魔たち。
「え〜!、、、?」
騎士団長。
「え?」
ルールル、あッ!間違った ゼルガル。
「余も!え? え〜」
観測者は巨大な空間へ映像を投影した。
そこに映ったのは。
無数の宇宙。
まるで夜空に浮かぶ光の球
(シャボン玉のようだった)多次元宇宙。
数え切れないほど存在していた。
神々。
「な、何だこれは……」
『宇宙群、』
『創造主が生み出した世界』
全員。
「作ったの!?」
観測者。
『そうだ』
『お前たちが宇宙と呼ぶものは』
『創造主にとっては一つの作品に過ぎない』
神々。
「スケールがおかしい!」
観測者はさらに続けた。
『だが三百京年前』
『創造主は姿を消した』
シオンが息を呑む。
『誰にも告げず』
『宇宙の外へ旅立った』
「宇宙の……外?」
『そうだ』
『その日から』
『私は待ち続けた』
『そして』
『お前もまた探し続けていた』
シオンは黙っていた。
神々は初めて見る。
いつも余裕を崩さないシオンが。
少しだけ。
寂しそうな顔をしているのを。
『だが』
観測者が言った。
『創造主は一つだけ伝言を残していた』
シオンが顔を上げる。
「伝言……?」
『そうだ』
空間が暗くなる。
無数の星々が消える。
そして。
目の前に一人の人影が現れた。
輪郭はぼやけている。
顔も見えない。
だが。
その存在感だけで。
神々は膝をついた。
悪魔たちは震え。
騎士たちは言葉を失った。
人影が口を開く。
シオンの瞳が大きく開かれる。
『やっと来たか』
その瞬間。
シオンの時間が止まった。
『遅い』
『私はずっと待っていた』
シオン。
「……」
『お前なら必ず辿り着くと思っていた』
『だから安心して出発できた』
シオンの握る扇子が僅かに震えた。
神々は息を呑む。
初めてだった。
神々を叩きのめし。
魔王を黙らせ。
宇宙崩壊すら3ミリで解決した、あのシオンが。
何も言えなくなっている。
そして。
映像は最後にこう告げた。
『次は』
『私を見つけてみろ』
ニヤリ。
そんな悪戯っぽい笑みだけを残して。
映像は消えた。
沈黙。
誰も口を開けなかった。
数秒後。
シオンは静かに目を閉じた。
そして。
ゆっくりと笑った。
「……まったく」
「相変わらず勝手な方ですこと」
だが。
その笑顔は。
神々ですら見たことがないほど優しかった。
その時だった。
観測者の空間全体に警報が鳴り響く。
ビーッ!
ビーッ!
ビーッ!
神々。
「今度は何だァァァ!?」
観測者。
『観測不能領域に反応』
全員。
「は?」
『創造主の足跡を検知』
シオン。
「……え?」
観測者。
『場所を特定』
『座標固定完了』
神々。
「早い早い早い!」
観測者。
『目的地』
『宇宙の外側』
全員。
「行けるわけないだろーーー!!」
だが。
シオンだけは。
ニッコリと微笑んだ。
「面白いですわ」
こうして。
宇宙の境界は静けさを取り戻していた。
神々も、悪魔も、人間も。
ようやく安堵の息をつく。
その時。
シオンはゆっくりと全員を見渡した。
「さて」
「これで終わり……ではありませんわ」
全員の表情が引き締まる。
「私は近いうちに、この宇宙の外へ向かいます」
神々。
「宇宙の……外?」
悪魔たち。
「まさか、本当に行かれるのですか……」
シオンは静かに頷く。
「ええ」
「私が長年探し続けていた、あの御方がおられる可能性がありますもの」
その場に静寂が流れる。
「ですが」
「私が留守にする間、この世界を混乱させるわけにはまいりません」
シオンは扇子を閉じた。
パチン。
「そこで」
「世界の未来について、一度きちんと話し合いますわ」
神々。
「会議……ですか?」
シオン。
「ええ」
「天界、魔界、人間界。」
「これからは三者が手を取り合い、この世界を守る体制を築きますの」
誰も反対しなかった。
神々も、悪魔たちも、人間たちも静かに耳を傾ける。
「開催場所は、この観測者の間。」
「日時は後日、私から正式にお知らせします。」
シオンは騎士団長へ視線を向けた。
「人間界は、国王陛下と信頼できる側近と団長、他数名を。」
「天界は代表者(三至高神)と若手神数名を。」
シオン。
「魔界は……ルールル。」
ゼルガル。
「だからゼルガルだ!!」
シオン。
「どちらでも結構ですわ。」
「それと、古参幹部の皆様も出席なさい。」
古参幹部。
「私達もですか!?」
「……了解しました。」
シオンは満足そうに頷く。
「それと、お茶は天界で用意なさい。」
「ハーブティーで結構ですわ。」
神々。
「そこは我々が担当なのか!?」
「会議……? 結局、お茶会か!!」
シオン。
「今後、この世界の未来を決める大切な会議になりますわ。」
全員。
「はっ!!」
シオンはくるりと踵を返した。
その瞳は。
誰よりも遠く。
宇宙の彼方を見つめていた。
「必ず、お会いしますわ――あの御方。」
その言葉は。
世界ではなく、
宇宙群の果てへ向けられた、静かな宣言だった。
(第20話へつづく)




