第14話 『消えたお嬢様と謎の地下遺跡』
シオン様が魔界へと消えてから数時間後。
人間の国の森では、騎士団が次々と目を覚ましていた。
「うっ……」
「ここは……?」
隊長がゆっくりと身を起こす。
周囲には部下たちが折り重なるように眠っていた。
誰も死んでいない。
傷一つ負っていない。
だが。
悪魔たちの姿だけが綺麗さっぱり消えていた。
「何が起きた……?」
隊長の脳裏に、一人の少女の姿がよぎる。
フリルの付いたドレス。
優雅な日傘。
そして。
恐ろしいほど美しい銀髪。
「あの娘は……」
数日後。
王都騎士団本部。
隊長は国王へ報告していた。
「悪魔の軍勢を追い詰めましたが、正体不明の少女が現れました」
「少女?」
「はい」
「彼女が指を鳴らした直後、我々は全員意識を失いました」
会議室がざわつく。
魔女か。
精霊か。
あるいは魔族か。
だが、だとしたら説明がつかない。
「魔族なら、我々は生きて帰れん」
「精霊なら、わざわざ悪魔どもを助ける理由がない」
「まして、あれほどの力を持つ存在が本気で敵対するなら……」
隊長は拳を握り締めた。
「我々がこうして王都へ戻って来られるはずがない」
会議室が静まり返る。
だがその時だった。
若い騎士が慌てて駆け込んでくる。
「た、大変です!」
「何事だ?」
若い騎士は一枚の肖像画を差し出した。
そこに描かれていたのは。
王都でも有名な美しい令嬢。
ローザ伯爵家の一人娘。
シオン・ド・ラ・ローザ。
隊長の顔が引きつった。
「……嘘だろ」
肖像画を見る。
森で出会った少女を思い出す。
再び肖像画を見る。
完全一致だった。
「同一人物です」
会議室が静まり返る。
「待て」
「ローザ伯爵家の令嬢は普通のお嬢様だぞ?」
「はい」
「魔法も使えんはずだ」
「はい」
「では森で軍隊を眠らせた化け物は誰だ」
「わかりません」
誰にも分からなかった。
ただ一人。
王都の自宅で優雅に紅茶を飲む本人を除いて。
その頃、魔界では――
シオン様が去った後の魔王城は大騒ぎだった。
「創業者様がお帰りになられたぞ!」
「第二次魔界改革が始まる!」
「有給申請書を準備しろ!」
ゼルガルは頭を抱えていた。
「何なんだあの人は……」
すると。
一人の工兵悪魔が血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変です!」
「今度は何だ!」
「創業者記念像の裏側で異常を発見しました!」
「像の裏?」
ゼルガルは幹部たちを連れて現場へ向かった。
玉座の後ろ。
黄金に輝く巨大な創業者像。
その背後の壁に。
一本の小さな亀裂が入っていた。
「昨日までこんなものは無かったぞ」
古参幹部も首を傾げる。
「創業者様が埃を払われた時に現れたのか……?」
工兵悪魔が報告する。
「壁の修復を試みたところ、内部が空洞になっていることが判明しました」
「空洞?」
「はい」
その時だった。
ミシッ……
亀裂が広がる。
「下がれ!」
ドゴォォォォォン!!
壁が崩壊した。
舞い上がる砂煙。
その向こうに現れたものを見て、
全員が言葉を失う。
「な……」
「階段……だと……?」
そこには、
遥か地下へと続く巨大な石階段が口を開けていた。
誰も知らない。
古参幹部ですら知らない。
魔界建国以前から存在していたかのような古代建築。
「魔王城の地下に、こんな場所が……」
ゼルガルの額に汗が浮かぶ。
やがて調査隊が結成された。
数時間後。
階段を降り続けた悪魔たちは、
ついに最下層へ到達する。
そして。
誰もが息を呑んだ。
「遺跡……」
いや。
それは遺跡などではなかった。
巨大な地下都市。
果ての見えない回廊。
無数の扉。
そして、
さらに下へと続く深淵。
まるで世界そのものを飲み込む巨大迷宮。
「ダンジョン……」
調査隊の誰かが呟いた。
その瞬間。
ゴォォォ……
闇の奥から風が吹く。
そして。
誰もいないはずの最深部から、
かすかな声が聞こえた。
『……シオン……』
『シオン……』
調査隊全員の背筋が凍り付く。
『ようやく……見つけた……』
ゼルガル
「創業者様へ緊急連絡だ!」
――その頃。
王都のローザ伯爵邸では。
シオンはクッキーを口に運びながら微笑んでいた。
「ルールルも思ったより使えそうでしたわね」
その時。
コン。
窓ガラスを叩く小さな音。
シオンが視線を向ける。
そこには見たことのない漆黒の鳥が止まっていた。
鳥の3本の足、真ん中には、一通の黒い封書。
封蝋には見覚えがある。
魔王の紋章だった。
「……あら?」
封筒を開いたシオンの表情が僅かに変わる。
手紙には、たった一行だけ書かれていた。
『創業者様。魔界の地下で、我らも知らぬ封印遺跡を発見しました』
『中から、貴方の名前を呼ぶ声が聞こえます』
今までの人生で、一度も聞いたことのない報告だった。
優雅に紅茶を飲んでいた手を止めた。
「……は?」
(第15話へつづく)




