第13話 『代理魔王採用面接』
まず見えたのは背中。
異様なまでに鍛え上げられた筋肉。
隆起した広背筋は、まるで怒り狂う鬼神の顔のような模様を描いていた。
ゼルガルが思わず呟く。
「誰だこの筋肉ダルマは……」
古参幹部が涙目で答える。
「創業者記念像です」
「嘘だろ」
さらに像が回転する。
ギギギ……
そして正面が見えた瞬間。
ゼルガルの表情が固まった。
「……ん?」
像を見る。
シオンを見る。
像を見る。
シオンを見る。
再び像を見る。
完全一致だった。
ただし、像の方は圧倒的な黄金の輝きを放っている。
先ほどまで石像に見えていたそれは──純金製だったのだ。
「なっ!?」
黄金の光が玉座の間を埋め尽くす。
悪魔たちがどよめいた。
「おお……!」
「創業者様の御姿が……!」
「何百年ぶりだ……!」
ゼルガルは目を見開いたまま、シオンと像を何度も見比べる。
「お、お前……」
「まだお前と言った!」
古参幹部たちが悲鳴を上げる。
ゼルガルは慌てて言い直した。
「お、おぬし……」
「進歩した!」
「生存率が少し上がった!」
ゼルガルの額から汗が流れる。
「シオン……殿?」
「もっとだ!」
「まだ足りん!」
シオンは楽しそうに扇子で口元を隠していた。
ゼルガルはついに観念する。
「……シオン様」
その瞬間、古参幹部たちが一斉に天を仰いだ。
「助かったァァァァァ!!」
「若造が生還した!!」
「まだ首は繋がっているぞ!!」
ゼルガルは訳が分からなかった。
だが一つだけ理解した。
目の前の少女は。
自分が座る玉座よりも、
この魔界そのものよりも、
遥かに上位の存在なのだと。
「ところで」
シオンは優雅に扇子を広げた。
「あなた、お名前は?」
玉座の前に立つ若き魔王は胸を張る。
「余の名は──ゼルガル・ブルードル・バンガルである!」
玉座の間に誇らしげな声が響く。
シオンは数秒沈黙した。
そして。
「……何ですの?」
「は?」
「その、ルールルみたいな名前は」
「ルールルじゃない! ブルードルです!」
古参幹部たちが頭を抱えた。
「まぁ、名前はどうでもよろしいですわ」
シオンは扇子をパタンと閉じる。
「重要なのは一つ」
その瞳が細くなる。
「貴方に、この玉座を任せる価値があるかどうかですわ」
ゼルガルも玉座から立ち上がった。
「余は魔王だ」
「ならば証明してみせよう」
玉座の間の中央。
二人が向かい合う。
古参悪魔たちは震えていた。
「終わった……」
「若造が蒸発する……」
「骨も残らん……」
だが、次の瞬間。
ゼルガルの目が鋭く光った。
「ッ!」
ドォン!!
漆黒の魔力砲。
予備動作すらない、神速の一撃。
「魔王様が先手を取った!?」
しかし、シオンは微動だにしない。
(ほぅ)
その瞬間、シオンの思考速度だけが加速した。
世界が止まる。
いや──止まったように見えた。
空中を進む魔力砲。
ゆっくり。ゆっくり。ゆっくりと。
まるで蝶が飛んでいるかのようだった。
「なるほど」
シオンは一歩だけ横へ動く。
レーザーが通過する。
そして。
「では採用試験を始めましょうか」
ボコン。
ゼルガルの額に扇子が当たった。
「ぐふっ!?」
ドゴッ。
「ぶへっ!?」
ベシッ。
「痛い!」
バシッ。
「だから痛い!」
古参幹部たち。
「創業者様の伝統面接だ……」
「懐かしい……」
「あの時、私は三日寝込んだぞ!」
十分後。
ゼルガルは床に大の字になっていた。
額は真っ赤に腫れ上がっている。
だが、シオンは満足そうだった。
「ふむ。悪くありませんわね」
全員。
「え?」
ゼルガル本人も驚く。
「余は負けたぞ……?」
「当然ですわ」
シオンは即答した。
「ですが、先ほどの一撃……あれは私の気配を感じ取って先に動いたのでしょう?」
ゼルガルは黙る。
「勘だけは良いようですわね」
古参幹部たちがざわついた。
創業者様に褒められた。それだけで事件だった。
シオンは玉座へ近づき、優雅に腰掛ける。
「正直なところ、私はもう働きたくありませんの」
全員。
「ですよね〜」
「私の理想は、旦那様とお茶を飲み、花壇の花々を見て、甘味を味わい、優雅に暮らすことですの!」
全員。
「知ってます」
「ですので」
シオンはゼルガルを見る。
「ルールル」
「ゼルガルだ!」
「どちらでも結構ですわ」
全員。
「この際、ルールルで」
「貴方を正式に代理魔王として雇用します」
玉座の間が静まり返った。
「条件は一つ」
シオンの笑顔が深くなる。
古参幹部たちの震えが収まっていった。
「残業禁止、週休二日、有給取得推奨、パワハラ禁止、部下の使い捨て禁止。それと、当然ですけれど、これから私が暮らす世界への攻撃も禁止ですわ。──ホワイト化の徹底ですわ」
ゼルガル。
「……魔界だぞ?」
古参幹部たち。
「始まった……」
「第二次魔界改革だ……」
「若造よ、頑張れ……」
ゼルガルはまだ知らなかった。
自分が今から戦う相手が、人間でも神でも魔獣でもなく──創業者による地獄の経営改革であることを。
「貴方、ここの責任者になるからには、人一倍働いていただきますわ。ただし、部下を残業させるのは却下ですの。責任者が最後まで残るのは当然ですわね?」
(第14話へつづく)




